ヴァルデック侯国
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
- ヴァルデック侯国
- Fürstentum Waldeck
-


(国旗) (紋章) - 国歌 : Mein Waldeck

-
首都 アロルゼン 君主号 侯(Fürst) 君主家 ヴァルデック家 面積 1121 km² 人口 61,707人 (1910年) 人口密度 55 成立 ヴァルデック=ピルモント伯の侯位獲得(1712年) 消滅 ドイツ革命による君主制廃止(1918年、以後ヴァルデック州へ)
ピルモントは1921年にハノーファー県へ、ヴァルデックは1929年にヘッセン=ナッサウ県に分割合併連邦参議院での投票権数 1 ナンバープレート W
ヴァルデック侯国(Fürstentum Waldeck)またはヴァルデック=ピルモント侯国(Fürstentum Waldeck-Pyrmont)は、ドイツ中部にかつて存在した侯国(Fürstentum)。ヴァルデックとピルモントの二つの地域からなる。1712年にヴァルデック=ピルモント伯フリードリヒ・アントン・ウルリヒが皇帝カール6世から侯位を獲得して成立した。普墺戦争の結果1868年からプロイセン王国の統治下におかれたが、名目上は独立を保ち1918年のドイツ革命まで存続した。
首都はヴァルデックのアロルゼン(現在のバート・アロルゼン)に置かれた。
君主一覧 [編集]
- フリードリヒ・アントン・ウルリヒ(1706年 - 1712年)
- カール・アウグスト・フリードリヒ(1728年 - 1763年)
- フリードリヒ・カール・アウグスト(1763年 - 1812年)
- ゲオルク1世(1812年 - 1813年)
- ゲオルク2世(1813年 - 1845年)
- ゲオルク・ヴィクトル(1845年 - 1893年)
- フリードリヒ(1893年 - 1918年)
版図 [編集]
南部のヴァルデックと北部のピルモントに分かれていた。ヴァルデックはプロイセン領ヘッセン=ナッサウ州とヴェストファーレン州の州境に位置し、ピルモントはヴェストファーレン州内に飛び地の形で存在していた。ヴァルデック領内の2つの飛び地はヘッセン大公国領である(参照:ウィキペディアドイツ語による1815-1866年のヘッセン大公国版図)。
|
|||||