カルロス・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ

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カルロス・ハビエル・デ・ボルボン=パルマ・イ・オランヘ=ナッサウCarlos Javier de Borbón-Parma y Orange-Nassau, 1970年1月27日 ナイメーヘン - )は、イタリアの旧諸侯パルマ公爵家の家長で、名目上のパルマおよびピアチェンツァ公(2010年 - )[1][2][3]。またスペインカルリスタ王位請求者(2010年 - )。全名はカルロス・ハビエル・ベルナルド・シクスト・マリアCarlos Javier Bernardo Sixto María)で、パルマ公としてはカルロ5世Carlo V[1]、カルリスタの王としてはカルロス・ハビエル2世Carlos Javier II)と呼ばれる[4][5]。またオランダ女王ベアトリクスの甥であり、オランダ王室の成員と見なされている。

経歴[編集]

パルマ公およびカルリスタ王位請求者のカルロス・ウゴと、その妻でオランダ女王ユリアナの娘であるイレーネの間の第1子、長男として生まれた。オランダ、スペイン、フランス、イングランド、アメリカ合衆国を転々としながら幼少期を過ごしたが、1981年に両親が離婚した後は、母と弟妹たちと一緒にオランダに移り、祖母ユリアナ女王の住むスーストダイク宮殿で育った。ウェズリアン大学で政治学を、ケンブリッジ大学人口統計学および哲学を学んだ。学業を終えるとABNアムロ銀行に入社してアムステルダム本店に勤務し、ユーロ通貨導入の準備事業に関わった。その後、欧州公共政策顧問会社(EPPA)所属の公共政策コンサルタントとしてブリュッセルで勤務している。

1996年に父カルロス・ウゴにより、パルマ公位継承者の帯びるピアチェンツァ公(Principe di Piacenza)に叙爵され[6]、2003年にカルリスタ王家の儀礼称号としてマドリード公(Duque de Madrid)を授けられた[7]。ただし上記の称号はいずれも父の主張する形式的な王位・公爵位に依拠した叙爵に過ぎず、現存する国家政府の元首(君主)が認めたものではない。2010年の父の死に伴い、カルロスは名目上のパルマおよびピアチェンツァ公を称した[8]

しかし1996年、カルロスとその弟妹は伯母のベアトリクス女王により、父方から受け継いだブルボン=パルマ公子(:Prins de Bourbon de Parme[9] の称号および王家の殿下(Zijne Koninklijke Hoogheid)の敬称を法的に認められ、兄弟姉妹はオランダ貴族の序列において最高位を占めることになった。カルロスとその弟妹はオラニエ家にも狭義のオランダ王室にも属さないが、ユリアナ女王の外孫として広義のオランダ王室の成員に数えられている[10]。カルロスはオランダ王室の行事に出席することも多い。

2010年6月12日にウェイク・バイ・ドゥールステーデユトレヒト州南部)において、オランダ公共放送NOSブリュッセル特派員のアンネマリー・フアルテリー・ファン・ウェーゼル(Annemarie Gualthérie van Weezel, 1977年 - )と民事婚を挙げた。アンネマリーはオランダ下院議員・欧州理事会理事・駐ルクセンブルク大使を務めた政治家ハンス・フアルテリー・ファン・ウェーゼル(Hans Gualthérie van Weezel, 1941年 - )の娘である。宗教婚はカルロスの父カルロス・ウゴが2010年8月に死去したため延期され、同年11月20日にブリュッセルイクセル区のラ・カンブル修道院(Abbaye de la Cambre)にて執り行われた。

子女[編集]

妻アンネマリーとの間に娘を1人もうけている。

  • ルイサ・イレーネ・コンスタンセ・アンナ・マリア(2012年 - )

また1997年生まれの非嫡出子(男子)が1人いる。

脚注[編集]

  1. ^ a b LL.AA.RR. Il Duca e la Duchessa di Parma e Piacenza – Website of the Royal and Ducal House of Bourbon-Parma (Italian)
  2. ^ "Duke of Parma and Piacenza" is the extended and more formal title of the duke
  3. ^ イタリア語ではカルロ・サヴェリオ・ディ・ボルボーネ=パルマCarlo Saverio di Borbone-Parma)と呼ばれる。
  4. ^ Mensaje al Pueblo Carlista de S.M.C. Don Carlos Javier II de Borbón, Rey de Las Españasblogspot El Carlismo contra Globalizatión (Spanish)
  5. ^ El primogénito de Carlos Hugo de Borbón – Nuevo pretendiente carlista a la corona de España – website news agency Europa Press (Spanish)
  6. ^ Almanach de Gotha (182nd ed.). Almanach de Gotha. (1998). pp. 55. ISBN 0-9532142-0-6. 
  7. ^ Palabras de S.A.R. el Príncipe Don Carlos Hugo de Borbón Parma en al acto de imposición de cruces de la Orden de la Legitimad Proscrita, celebrado el domingo día 28 de septiembre de 2003 en Arbonne”. House of Bourbon-Parma. 2008年7月30日閲覧。 (Spanish)
  8. ^ La Dinastia – Website of the Royal and Ducal House of Bourbon-Parma (Italian)
  9. ^ The 14th list of nobility determined by royal decree on 9 June 2004 (Stb.307)”. 2012年9月23日閲覧。 Website of the High Council of Nobility in the Netherlands (Dutch)
  10. ^ Members of the Dutch Royal House and the royal family”. 2012年9月23日閲覧。 Postbus 51 – Website of the Dutch Government Information Service (in Dutch)

外部リンク[編集]

先代:
カルロ・ウーゴ
パルマ公家家長
2010年 -
次代:
-
先代:
"カルロス・ウゴ1世″
カルリスタの王
2010年 -
次代:
-