ベリー公のいとも豪華なる時祷書

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ベリー公時祷書(1月)

ベリー公のいとも豪華なる時祷書(ベリーこうのいともごうかなるじとうしょ、: Les Très Riches Heures du Duc de Berry)は、中世フランスの王族ベリー公ジャン1世が作らせた華麗な装飾写本である。

概要[編集]

多くの写本を集めたベリー公ジャン1世(1340年 - 1416年)の依頼で15世紀始めにランブール兄弟(リンブルク兄弟とも)によって制作が始まったが、1416年にベリー公とランブール兄弟が死去したため一時中断し、15世紀の終わりになって完成した。シャンティイ城のコンデ美術館の図書館に所蔵されている(非公開)。羊皮紙206葉で、1頁のサイズが29x21cm。

時祷書とはキリスト教徒が用いる聖務日課書で、祈祷文、賛歌、暦などからなる。私的なものであり、各人が趣向をこらして作成することがあった。中でも「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」は国際ゴシックの傑作でもあり、最も豪華な装飾写本として評価が高い。

ベリー公が制作させた(または制作を開始させた)時祷書は6部以上現存している。他にメトロポリタン美術館所蔵「ベリー公の美わしき時祷書」(Les Belles Heures du Duc de Berry)というのもあり、この方が早く(1413年以前)制作され、ランブール兄弟が完成させている。また、「ベリー公のいとも美わしき聖母時祷書」はトリノ市立図書館パリ国立図書館に分蔵されているが、ヤン・ファン・エイク作の画を含むと推定され、美術史上重要である。

歴代所有者[編集]

この時祷書はベリー公ジャン1世の死後、第5代サヴォイア公カルロ1世に継承され、ブルジュ出身の職人ジャン・コロンブの手で1485年から1489年頃に完成したと考えられている。さらに第8代サヴォイア公フィリベルト2世が1504年に没すると、妃マルグリット・ドートリッシュがこれを相続する(サヴォイア公位はフィリベルト2世の異母弟カルロ3世が継承)。

しかしその後、時祷書の行方はしばらくわからなくなる。次に時祷書が姿を現した時には、ジェノヴァの銀行家でありセストおよびベネフロ侯爵、そしてロス・バルバセス侯爵でもあるスピノラ家の所有物であった。何故スピノラ家がこの時祷書を所有していたのかは定かではない。一説によれば、17世紀初頭のスピノラ家当主アンブロジオ・スピノラフランドルからラ・ロシェルマドリードを経てマントヴァ公領継承戦争へと転戦する中で入手したとも言われるが、アンブロジオの代にスピノラ家はスペイン・ハプスブルク家の戦費不払いによって破産を経験しており、このような高価な品の入手が可能であったかどうかは意見が分かれるところである。

ともかくこの時祷書はフランス王ルイ・フィリップの四男オマール公アンリが1855年にジェノヴァで購入する。それからしばらくはシャンティイ城に所蔵されていたが、1897年にはオマール公爵家からフランス学士院に寄贈され、フランス国家の所有となって現在に至る。

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

書籍[編集]

  • 『ベリー侯の豪華時祷書』(中央公論社)大型本 ISBN 4120017443
  • (参考)『ベリー公のいとも美しき時祷書』(岩波書店)大型本 ISBN 4000082256

   これは、トリノとパリに分蔵されている「ベリー公のいとも美わしき聖母時祷書」の図録。

外部リンク[編集]