カホキア

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世界遺産 カホキア墳丘群州立史跡
アメリカ合衆国
カホキアのモンクス=マウンド
カホキアのモンクス=マウンド
英名 Cahokia Mounds State Historic Site
仏名 Site historique d'Etat des Cahokia Mounds
登録区分 文化遺産
登録基準 (3),(4)
登録年 1982年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
地図
カホキアの位置
使用方法表示
カホキア墳丘群州立史跡
IUCNカテゴリIII(天然記念物
地域 アメリカ合衆国イリノイ州
最寄り コリンズヴィル
面積 8.9 km²
運営組織 イリノイ州歴史保存局

カホキア (Cahokia) は、イリノイ州セントルイス郊外にあるミシシッピ文化期(A.D.700年~1600年頃)にアメリカ先住民が築いた大遺跡。1213世紀当時の政治、宗教の中心地であり、人口は1万人に達したと考えられている。防御用と推定される柵で囲まれた遺跡の中心部分には、「中央広場」を囲んで20基ほどのマウンドがある。そのうち最大のものは広場の北側にあるモンクス=マウンド英語版 (Monk's Mound) で、大きく2段の階段状になっており、その規模は長さ316m、幅241mの長方形で高さは30.5mである。底面積の大きさでは、エジプトのピラミッドテオティワカンの「太陽のピラミッド」を上回る。遺跡の中心部を囲んで北側、東側、西側にも広場を囲むようにしてマウンドが築かれ、マウンド数は合計120基ほどである。マウンドの機能はミシシッピ文化共通の特徴でもあるが、基本的には神殿と考えられる。また、発掘調査によって墓としても使用されたことが判明している。墓は被葬者の身分によって様々なタイプがあった。副葬品には、貝殻ビーズ、バイ貝ホラ貝の容器、真珠、打ち出し細工を施した銅板などが見られる。主人に殉死した従者の遺体が見られる墓もある。1450年頃から衰退に向かうが、人口過密と伝染病が原因と考えられている。 1982年に「カホキア・マウンド州立史跡」として世界遺産に登録された。

関連項目[編集]

世界遺産[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
Chronological Tables of Mississippian ceremonial centers.JPG
Map of majar Mississippian ceremonial centors.JPG

外部リンク[編集]