ニコラウス5世 (ローマ教皇)

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ニコラウス5世
第208代 ローマ教皇
Nicholas V.jpg
教皇就任 1447年3月6日
教皇離任 1455年2月23日
先代 エウゲニウス4世
次代 カリストゥス3世
個人情報
本名 Tomaso Parentucelli
出生 1397年11月15日
ジェノヴァ共和国 サルザーナ
死去 1455年3月24日
教皇領 ローマ
その他のニコラウス

ニコラウス5世(Nicholaus V、1397年11月15日 - 1455年3月24日、在位:1447年 - 1455年)は15世紀中期のローマ教皇である。イタリアサルザーナ出身、本名はトマソ・パレントゥチェリ(Tomaso Parentucelli)。最初のルネサンス教皇ともされる。

ボローニャで学び、フィレンツェで家庭教師をする。人文主義者と交友を深め、その中にはアエネアス・シルウィウス・ピッコローミニ(後の教皇ピウス2世)もいた。

教皇になるとローマの復興に努める。サン・ピエトロ大聖堂に倒壊の危険があったため、人文主義者アルベルティの助言により修復を行った。芸術面ではフラ・アンジェリコをフィレンツェから招き、バチカン宮殿内を装飾させた。また、バチカン図書館を創立している。

1449年バーゼルに残留する公会議主義者らを解散させ、対立教皇フェリクス5世を廃位させた。1450年聖年には余りに多くの巡礼者が押し寄せたため、宿に泊まれず凍死するものや、疫病の蔓延、サンタンジェロ橋で多数の圧死者が出るなど悲惨な光景もみられた。今後の事故を防止するため、橋周辺の密集した家屋は撤去され、サンタンジェロ広場が造られた。在位中の1453年オスマン帝国の攻撃によりコンスタンティノープルが陥落し、東ローマ帝国は滅亡した(百年戦争終結もこの年)。

1452年、ポルトガル人に異教徒を永遠の奴隷にする許可を与えている。

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