ケレスティヌス2世 (ローマ教皇)

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ケレスティヌス2世(Caelestinus II, ? - 1144年3月8日)は、第165代ローマ教皇(在位:1143年9月25日 - 1144年3月8日)。イタリアのチッタ・ディ・カステッロ出身。教皇に選出されてわずか5ヶ月と13日後の1144年3月8日に亡くなり、ラテランの墓地に葬られた。

ケレスティヌス2世はピエール・アベラールの下で神学を学んだ。教皇としての主要な働きの一つは、フランス国王ルイ7世から恩赦を得て、3年にわたって続けられていたキリスト教の禁止命令を解くことだった。


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