ケレスティヌス5世 (ローマ教皇)
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| ケレスティヌス5世 | |
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| 第192代 ローマ教皇 | |
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| 教皇就任 | 1294年7月5日 |
| 教皇離任 | 1294年12月13日 |
| 先代 | ニコラウス4世 |
| 次代 | ボニファティウス8世 |
| 個人情報 | |
| 本名 | Pietro da Morone |
| 出生 | 1215年 |
| 死去 | 1296年5月19日 |
| その他のケレスティヌス | |
ケレスティヌス5世(Papa Caelestinus V, 1215年 - 1296年5月19日)は、中世のローマ教皇(在位:1294年)。教皇の座を厭い、自主的に退位した。イゼルニア出身、本名はピエトロ・ダ・モローネ(Pietro da Morone)。
禁欲主義を貫き、高徳な修道士であった。前教皇ニコラウス4世の死後、後継者が決まらず2年間の空位の後に教皇に選ばれた。しかし、本人は教皇の座を望まず、自ら「教皇に選ばれた者は、選出を拒否する権利をもつ」という法令を出し、半年で退位した(インドロ・モンタネッリ『ルネサンスの歴史』によれば、全てカエターニ枢機卿の仕組んだことだという)。
退位後、カエターニ枢機卿はボニファティウス8世として即位。前教皇ケレスティヌス5世は捕らえられフモーネ城に閉じ込められて、そこで亡くなった。後に列聖された。
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