クレメンス11世 (ローマ教皇)

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クレメンス11世の硬貨

クレメンス11世(Clemens XI, 1649年7月23日 - 1721年3月19日)はローマ教皇(在位、1700年-1721年)。本名はジョバンニ・フランチェスコ・アルバーニ(Giovanni Francesco Albani)。フランスに興ったジャンセニスムを弾劾し、中国の典礼論争においてイエズス会の文化適応政策を批判。

[編集] 概説

クレメンス11世の事跡の中でもっとも有名なものは、1713年教皇勅書「ウニゲニトゥス」(Unigenitus)である。これは初めてジャンセニスムを公的に弾劾したものであった。これは「ガリカニスム教会」ともいわれ独自路線を歩んでいたフランスの教会に大きな論議と反発を呼び起こすことになる。これはパスキエ・ケネル(Pasquier Quesnel)の著作から抜き出した101のテーゼを誤謬と断定し、ジャンセニスムを否定した。これはジャンセニスムが浸透していたフランス教会とフランス国家の反発を生み、フランス政府が勅書への署名を拒否することでフランスにおける効力を無効とするという20世紀以前によくみられる教会への政府による干渉の一例となった。

また、中国での宣教において論議となっていた典礼論争において、イエズス会が認めていた孔子と先祖への崇敬を偶像崇拝として禁止した。教皇が結果的に多くの政治問題に巻き込まれたしまったことは教皇庁の精神的権威を失墜させることになった。たとえば教皇が神聖ローマ帝国皇帝カール6世をスペイン王として認めたことも大きな論議を呼んだ。しかし、個人的には教皇は人格者であり、ぬきんでて優れた学者でもあった。ちなみに新井白石との対話で知られるジョバンニ・シドッチはこのクレメンス11世に日本渡航の許可を願っている。

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