マルティヌス1世 (ローマ教皇)
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| マルティヌス1世 | |
|---|---|
| 第74代 ローマ教皇 | |
| 教皇就任 | 649年7月5日 |
| 教皇離任 | 653年 |
| 先代 | テオドルス1世 |
| 次代 | エウゲニウス1世 |
| 個人情報 | |
| 出生 | 不明 |
| 死去 | 655年9月16日 |
| その他のマルティヌス (曖昧さ回避) | |
マルティヌス1世(Martinus I、? - 655年9月16日)は第74代ローマ教皇(在位649年7月5日 - 653年)。
東ローマ帝国皇帝コンスタンス2世が両性単意論を支持する勅令(デュポス)を発布した際、ラテラン公会議でこれを異端と決議したため、653年に東ローマ帝国のラヴェンナ総督府によって捕縛された上コンスタンティノープルに連行された。裁判の結果、クリミア半島のケルソンに配流され、その地で没する。
彼の逮捕は、7世紀の半ばになってもコンスタンティノープルの皇帝の権威・権力が西方にも及んでいたことを示す一つの例である。
関連項目 [編集]
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