フォルモスス (ローマ教皇)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
フォルモスス (ローマ教皇)

フォルモススFormosus, ? - 896年4月4日)は、第111代ローマ教皇(在位:891年896年)。

枢機卿であったときに、東フランクアルヌルフイタリア王として戴冠する。しかし、時の教皇ヨハネス8世の反発を買い、破門に処せられている。教皇に就任すると、896年にイタリアに侵攻したアルヌルフに対して西ローマ皇帝として戴冠した。しかし、このような行為は大きな反発を招き、反対派に擁立されたボニファティウス6世に位を追われた。

死後も教皇ステファヌス7世によって墓が暴かれ、遺体がテヴェレ川に流されている。フォルモススの名誉が回復されたのは、教皇ロマヌスの時代であり、教皇テオドルス2世の時代にテヴェレ川から遺体が引き揚げられ、バチカンに葬られた。

熱心に布教活動を行い、ブルガール人キリスト教に改宗させた。


執筆の途中です この項目「フォルモスス (ローマ教皇)」は、キリスト教に関連した書きかけ項目です。加筆・訂正などをして下さる協力者を求めていますP:キリスト教/PJ:キリスト教)。