カリストゥス2世 (ローマ教皇)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
カリストゥス2世
第162代 ローマ教皇
Pape Calixte II.jpg
教皇就任 1119年2月1日
教皇離任 1124年11月13日
先代 ゲラシウス2世
次代 ホノリウス2世
個人情報
本名 ギー・ド・ヴィエンヌ
Guy de Vienne
出生 1065年/1068年?
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国ブルゴーニュ伯領 カンジェー
死去 1124年12月13日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国ローマ教皇宮殿
その他のカリストゥス

カリストゥス2世(Callixtus II, 1065年/1068年? - 1124年12月13日)は、ローマ教皇(在位:1119年 - 1124年)。ブルゴーニュ伯ギヨーム1世の四男で、元の名はギー・ド・ヴィエンヌ(Guy de Vienne)。兄に伯位を継いだルノー2世エティエンヌ1世、およびガリシア伯ライムンドカスティーリャアルフォンソ7世の父)が、姪にフランスルイ6世の王妃アデル・ド・サヴォワがいる。

1122年に神聖ローマ皇帝ハインリヒ5世との間でヴォルムス協約を結び、叙任権闘争の決着を図った。この協約の承認を求めて、カリストゥス2世が翌1123年に召集した第1ラテラン公会議は、第4コンスタンティノポリス公会議以来2世紀半ぶりに開催された公会議であり、また西方地域で開催された最初の公会議であった。

関連項目[編集]