アデル・ド・サヴォワ
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アデル・ド・サヴォワ(Adèle de Savoie, 1092年 - 1154年11月18日)は、フランス王ルイ6世の2番目の王妃。アデル・ド・モーリエンヌ(Adèle de Maurienne)とも呼ばれ、名前はまたアデライード(Adélaïde)、アリックス(Alix)とも呼ばれる。父はサヴォイア伯ウンベルト2世、母はブルゴーニュ伯ギヨーム1世の娘ジゼルで、ローマ教皇カリストゥス2世の姪に当たる。
1115年にルイ6世と結婚し、7男2女をもうけた。
- フィリップ(1116年 - 1131年) 父王在位中に共同王位についた(1129年 - 1131年)。
- ルイ7世(1120年 - 1180年)
- アンリ(1121年 - 1175年) ランス大司教
- ユーグ(1122年頃)
- ロベール1世(1123年頃 - 1188年) ドルー伯。ドルー家の祖。
- コンスタンス(1124年頃 - 1176年) ブローニュ伯ウスタシュ4世と結婚、のちトゥールーズ伯レーモン5世と結婚
- フィリップ(1125年 - 1161年) パリ司教
- ピエール(1125年頃 - 1183年) クルトネー領主。クルトネー家の祖。
- 女子(夭逝)
