教皇子午線

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教皇子午線(きょうこうしごせん)は、クリストファー・コロンブスの「アジア」到達[1]の知らせに、ローマ教皇アレクサンデル6世1493年に設定したポルトガルスペイン両国の勢力分界線。アフリカヴェルデ岬西方の子午線で、大西洋アゾレス諸島ヴェルデ諸島の間の海上を通過する経線の東をポルトガル、その西をスペインの勢力圏とした。

脚注[編集]

  1. ^ 1492年。実際にはアジアではなく、ヨーロッパ人にとっては未知の大陸(「新大陸」)であった。

関連項目[編集]