オトラント

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オトラント
Otranto
オトラントの風景
行政
イタリア国旗 イタリア
Flag of Apulia.svg プッリャ
Coat of Arms of the Province of Lecce.svg レッチェ
CAP(郵便番号) 73028
市外局番 0836
ISTATコード 075057
識別コード G188
分離集落
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 5,632 [1](2012-01-01)
人口密度 74.0 人/km2
文化
住民の呼称 idruntini または otrantini
守護聖人 beati martiri idruntini
祝祭日 8月14日
地理
座標 北緯40度9分0秒 東経18度29分0秒 / 北緯40.15000度 東経18.48333度 / 40.15000; 18.48333座標: 北緯40度9分0秒 東経18度29分0秒 / 北緯40.15000度 東経18.48333度 / 40.15000; 18.48333
標高 15 (0 - 101)[2] m
面積 76.15 [3] km2
オトラントの位置
オトラントの位置
レッチェ県におけるコムーネの領域
レッチェ県におけるコムーネの領域
Flag of Italy.svg ポータル イタリア
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オトラントイタリア語: Otranto)は、イタリア共和国プッリャ州レッチェ県にある、人口約5600人の基礎自治体コムーネ)。サレント半島東岸に位置する港町で、イタリア共和国最東端のコムーネである。

アドリア海の入口にあたる、サレント半島とアルバニアとの間の海峡は、この町の名に因みオトラント海峡と呼ばれる。

名称[編集]

標準イタリア語以外の言語では以下のような名を持つ。

先頭のOにアクセントがあるためオートラントとも表記される。

地理[編集]

位置・広がり[編集]

レッチェ県東部のコムーネで、市街の南東約5kmにあるパラシャ岬イタリア語版(オトラント岬 Capo d'Otranto の名でも知られる)がイタリア共和国の最東端である。オトラント市街は、県都レッチェの南東約35km、州都バーリの南東約175km、首都ローマの東南東約540kmに位置する。

東は、アドリア海オトラント海峡)に面しており、海峡の対岸はアルバニアである。オトラントは、アルバニア・ヴロラの西南西約92km、ギリシャ・ケルキラの北西約135kmにあたる。

隣接コムーネ[編集]

歴史[編集]

古代ローマ時代には街の谷あいに開けたHydrusという急流が出ていて、その名から来たHydruntumと言う名前で知られていた。東ローマ帝国ゴート人、その後のノルマン人オートヴィル朝)、ズヴェヴィア家(ホーエンシュタウフェン朝)、アンジュー=シチリア家アンジュー朝)、アラゴン家の統治の中心だった。

1480年にはオスマン帝国に占領され、市民が大量に殺戮された(オトラントの戦い)。この占領にはオスマン帝国によるイタリア征服の意図があったとされるが、1481年スルタンメフメト2世の急死でオスマン軍は撤退した。

文化・観光[編集]

名所としては、カテドラーレ、その中の1163年から1165年にかけて作られたモザイク、フリードリヒ2世に備えて強化された城、東ローマ時代のサン・ピエトロ教会、その側にはアリミーニ湖などがある。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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