バーリ
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| バーリ (Bari) |
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| 国 | |||||
| 州 | |||||
| 県 | |||||
| 測地系 | 北緯: 41°8′0″ 東経: 16°52′0″ | ||||
| 標高 | 海抜 1 m | ||||
| 面積 | 116 km² | ||||
| 人口 | 328,458 2004年12月31日 | ||||
| 人口密度 | 2694 人/km² | ||||
| 分離集落 | |||||
| 隣接コムーネ | アデルフィア、 ビトント、 ビトリット、 カプルソ、 ジョヴィナッツォ、 モドゥーニョ、 モーラ・ディ・バーリ、 ノイカッタロ、 トリッジャーノ、 ヴァレンツァーノ | ||||
| CAP(郵便番号) | 70100 | ||||
| 市外局番 | 080 | ||||
| ISTATコード | 072006 | ||||
| IDコード | A662 | ||||
| 住民の呼称 | baresi | ||||
| 守護聖人 | 聖ニコラ (San Nicola) | ||||
| 祝祭日 | 5月9日 | ||||
| 公式サイト | |||||
バーリ(Bari、バリとも)とはイタリア南部プッリャ州の州都、またバーリ県の県都である。
目次 |
[編集] 概要
イタリア南部の都市で、アドリア海に面して海港がある。プッリャ州バーリ県の州都・県都。東地中海の国々と広範囲な貿易をおこなう商業の一大中心地で、イタリア南部の重要な都市のひとつとなっている。 守護聖人はサンタクロースの元ともいわれるミラの聖ニコラオスである。このためイタリアでは彼を一般に「ミラのニコラ」とは呼ばず、「バーリのニコラ」(Nicola di Bari)と呼ぶ。ニコラオスの不朽体はバーリに置かれている。
[編集] 地理
アドリア海に面している。旧市街は岬にあって新旧の港をわけている。ここにサン・ニコラ聖堂(11~12世紀)と大聖堂(12世紀後半)のロマネスク様式の教会がある。隣接する平野には新市街がひろがり、1924年創立のバーリ大学がある。
[編集] 歴史
バーリは古代にはバリウムと呼ばれた。もとはギリシャの植民地で、後にローマの商業の中心地となった。その後はランゴバルド族、東ローマ帝国の支配を受けた。1071年、ノルマン人によって征服されたことで、東ローマ帝国の南イタリア支配が終わり、12世紀前半に成立した両シチリア王国の統治下におかれた。第二次世界大戦中はイタリア海軍の主要な基地となり、多大な被害を受けた。
[編集] 姉妹都市
[編集] バーリ出身の人物
- ニコロ・ピッチンニ:18世紀の作曲家
- グアリーノ・"ウィリー"・モレッティ:アメリカで暗躍したマフィアのメンバー。
[編集] 関連項目
- ASバーリ - バーリを本拠地とするプロサッカークラブ
[編集] 外部リンク
- 公式
- バーリ市公式サイト (イタリア語)
- 観光
- イタリア政府観光局 - プーリア州 (日本語)
- バーリ県のコムーネ
- アックアヴィーヴァ・デッレ・フォンティ , アデルフィア , アルタムーラ , アルベロベッロ , ヴァレンツァーノ , カザマッシマ , カステッラーナ・グロッテ , カッサーノ・デッレ・ムルジェ , カプルソ , グラヴィーナ・イン・プーリア , グルーモ・アップラ , コラート , コンヴェルサーノ , サンテーラモ・イン・コッレ , サンニカンドロ・ディ・バーリ , サンミケーレ・ディ・バーリ , ジョヴィナッツォ , ジョーイア・デル・コッレ , チェッラマーレ , テルリッツィ , トゥーリ , トリッジャーノ , トリット , ノイカッタロ , ノーチ , バーリ , パーロ・デル・コッレ , ビテット , ビトリット , ビトント , ビネット , プティニャーノ , ポッジョルシーニ , ポリニャーノ・ア・マーレ , モーラ・ディ・バーリ , モドゥーニョ , モノーポリ , モルフェッタ , ルーヴォ・ディ・プーリア , ルティリアーノ , ロコロトンド
(2009年バルレッタ=アンドリア=トラーニ県分離予定): アンドリア , カノーザ・ディ・プーリア , スピナッツォーラ , トラーニ , バルレッタ , ビシェーリエ , ミネルヴィーノ・ムルジェ


