万里集九

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万里 集九(ばんり しゅうく、1428年10月17日正長元年9月9日) - 没年不詳)は、室町時代禅僧歌人近江国速水氏の出自。

近江国に生まれる。京都臨済宗東福寺永明院で僧となり、京都相国寺雲頂院で修行、大圭宗价に師事する。建仁寺南禅寺の講席、蔭涼軒季瓊真蘂にも師事する。1467年からの応仁の乱で相国寺が焼失すると都を離れ、近江などへ移る。

地方で還俗し、1471年には美濃国に住み、斎藤妙椿とも交友。その後は尾張国三河国へ移り、1485年には太田道灌に招かれて江戸城に滞在する。1486年に道灌が上杉定正に暗殺されると、しばらくは定正に留められるが、後に定正に追われた道灌の子太田資康を見舞っている。

著作に『静勝軒記』、漢詩文集の東国旅行記『梅花無尽蔵』(7巻、永正3年(1506年)完成と言われる)など。