ヤン・ファン・エイク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| ヤン・ファン・エイク | |
|---|---|
『ターバンの男の肖像』 (ヤン・ファン・エイクの自画像の可能性がある)、1433年
|
|
| 本名 | Jan van Eyck |
| 生誕 | 1395年頃 |
| 死去 | 1441年 ブルッヘ |
ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck, 1395年頃 - 1441年)は、初期フランドル派の画家。
兄のフーベルト(ヒューベルト)・ファン・エイクとともに油彩技法の大成者として知られる。フィリップ2世(豪胆公)の宮廷で活躍した。フーベルトの事績は不詳で、確実な作品もないが、現存のヤンの作例は兄との合作も含まれている。代表作「ヘントの祭壇画」は、1426年のフーベルトの死去に伴い、弟ヤンが引き継いで完成させたものである。北方絵画の特色である徹底した写実表現はファン・エイクの作品にも顕著で、たとえば「宰相ロランの聖母」では、手前に描かれている聖母子と寄進者の像だけでなく、宗教的主題とは直接関係のない窓外の風景までがどこまでも細かく描き込まれているのに一驚させられる。
目次 |
[編集] 生涯
ヤン・ファン・エイクの生涯については詳しいことは伝わっていない。ヨハン3世 (バイエルン公)の宮廷画家であったようで、 1422年から1424年の間、エイクに対して支払いをしたという記録が残っている。[1]
1425年にヨハン3世が亡くなるとフィリップ3世 (ブルゴーニュ公)の下で働くようになる。
[編集] 代表作
-
『ヘントの祭壇画』(シント・バーフ大聖堂, 兄フーベルト・ファン・エイクの未完成作品の後を継ぎ1432年完成)
-
『アルノルフィーニ夫妻像』(ロンドン・ナショナル・ギャラリー, 1434年)
-
『受胎告知』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー, 1434年 - 1436年)
[編集] 関連文献
- 元木幸一編『西洋絵画の巨匠12 ファン・エイク』 小学館 2007年
[編集] 関連項目
- ロヒール・ファン・デル・ウェイデン - 同時期の画家
- バーテルミー・デック
[編集] 参照
- ^ Châtelet, Albert, Early Dutch Painting, Painting in the northern Netherlands in the fifteenth century, pp. 27-8, 1980, Montreux, Lausanne, ISBN 2882600097