ポセイドーン

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ポセイドーンの肖像画
ポセイドーンの石像

ポセイドーン古典ギリシア語Ποσειδῶν, Poseidōn)は、ギリシア神話の海を司るである。イオーニア方言系ではポセイダーオーンとも呼ばれる。また、地下水の支配者でもあり、泉の守護神ともされる。エンシノガイオスという名もある。日本語では長母音を省略してポセイドンとも呼ぶ。

目次

[編集] 概説

古くはペラスゴイ人に崇拝された大地の神(特に地震を司る)であったと思われ、異名の1つに「大地を揺らす神」というものがある。また、との関わりが深く、競馬の守護神としても崇められた。故にその象徴となる聖獣は馬、牡牛イルカであり、聖樹はである。水を操って座礁した船を救ったり、荒れた海を静める事ができる反面、海をかき混ぜれば嵐を起こせる三叉の矛(トリアイナ)を武器とするとされ、真鍮の蹄と黄金のたてがみを持った馬、またはヒッポカムポスの牽く戦車に乗る。ポセイドーンの宮殿は大洋の中にあり、珊瑚と宝石で飾られているとされる。

トロイア戦争ではトロイアの王ラーオメドーンが城壁を建造した際の報酬を踏み倒した事を根に持っていたためにアカイア側に属している。

また、大地の神であった特質からデーメーテールの夫の位置にいる事もあったようで、ピガリアではデーメーテールとの婚姻も伝えられている。ポセイドーンの名前の意味も、「ポシス=ダー(大地の夫)」からきているとされているが、ジョン・チャドウィックは「ダー dā という語彙はギリシア語には1度しか現れないし『大地』という意味でもない」としてこの説を斥けている。

[編集] 家系

神話では、クロノスレアーの子。ハーデースの弟でゼウスの兄。オリュンポス十二神の1柱である。ネーレーイデスの1人であるアムピトリーテーを后とし、トリートーンオーリーオーンペーガソスなど多数の子がいる。

[編集] 物語

ホメーロスの『オデュッセイア』ではキュクロープスポリュペーモスはポセイドーンの子といわれる。ポリュペーモスをオデュッセウスが奸計を用いて盲目にしたところから、ポセイドーンが怒ってオデュッセウスが放浪することになったという。

アテーナイの支配権をめぐりアテーナーと争ったといわれる。2人がアテーナイの民に贈り物をして、より良い贈り物をした方がアテーナイの守護神となることが裁定で決まり、ポセイドーンは三叉の矛で地を撃って塩水の泉を湧かせたが、アテーナーはオリーブの木を生じさせた。これによってアテーナイはアテーナーのものとなったという。この結果に納得がいかなかったポセイドーンはアテーナイに洪水を起こしたが、ゼウスが仲介に入ってアテーナイのアクロポリスにアテーナーの神殿を、エーゲ海に突き出すスニオン岬にポセイドーンの神殿を築き、2人は和解した。アテーナイのアクロポリスには、この塩水の泉が枯れずに残っていたといわれる。この他にも、ゼウスやヘーラーディオニューソスとも領有地争いを起こしている。

ゼウスと同じくらい好色で、妻のアムピトリーテーがいるにも関わらず姉のデーメーテールに惚れて交わったり、怪物になる前のメドゥーサを愛人としていた事もある。聖獣である馬はアムピトリーテーへの贈り物として創造した物であり、その美しさは彼女を喜ばせ、ポセイドーンの求愛を見直すきっかけとなった。

実力は高く、一度はヘーラーとアテーナーの力を借りてゼウスを縛り上げ、オリュンポス山から追放しかけた事もあったが、結局は失敗に終わった。その後、ラーオメドーンに1年間仕えさせられる事になり、彼の為にトロイアの城壁を築いた。

[編集] 評価

プラトーンは対話編の中で上記の話について、神々が己にふさわしい地を知らないはずがなく、このような争いがあったとは思われないと批判している。対話編『クリティアス』の中ではポセイドーンは伝説の島アトランティスを自らの割り当ての地として引き受け、その中心に人間の女たちに生ませた子を住まわせたとしている。

ギリシア彫刻の多くにおいて堂々とした威厳ある壮年の男性の姿で描かれる。アルテミシオン沖で発掘された古代盛期の青銅像が著名である。この像ではポセイドーンは裸体で三叉の矛を持った立像となっている。

ローマ神話におけるネプトゥーヌス(ネプチューン)と同一視された。古代ローマでは、はじめの神として崇拝され、また競馬の神とされた。ローマでは競馬場の近くにネプトゥーヌスの神殿が建てられた(紀元前25年)。祭日ネプトゥーナーリアは7月23日に行われた。

[編集] 関連項目

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