イーリアス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
イーリアスの表紙(1572年・Rihel社)
ギリシア神話
Zeus Otricoli Pio-Clementino Inv257.jpg
主な原典
イーリアス - オデュッセイア
神統記 - ギリシア悲劇
ビブリオテーケー - 変身物語
オリュンポス十二神
ゼウス - ヘーラー
アテーナー - アポローン
アプロディーテー - アレース
アルテミス - デーメーテール
ヘーパイストス - ヘルメース
ポセイドーン - ヘスティアー
ディオニューソス
その他の神々
カオス - ガイア - エロース
ウーラノス - ティーターン
ヘカトンケイル - キュクロープス
タルタロス - ハーデース
ペルセポネー
ヘーラクレース - プロメーテウス
ムーサ - アキレウス
主な神殿・史跡
パルテノン神殿
ディオニューソス劇場
エピダウロス古代劇場
アポロ・エピクリオス神殿
ウィキプロジェクト

イーリアス』 (: Iλιάς, : Ilias, : Iliad) は、ホメーロスによって作られたと伝えられる長編叙事詩で、最古期の古代ギリシア詩作品である。

序説[編集]

ギリシア神話を題材とし、トロイア戦争十年目のある日に生じたアキレウスの怒りから、イーリオスの英雄ヘクトールの葬儀までを描写する。ギリシアの叙事詩として最古のものながら、最高のものとして考えられている。叙事詩環(叙事詩圏)を構成する八つの叙事詩のなかの一つである。

元々は口承によって伝えられてきたもので、中世日本において琵琶法師たちが『平家物語』を演じたような格好で歌われていた[要出典]。『オデュッセイア』第八歌には、パイエーケス人たちがオデュッセウスを歓迎するために開いた宴に、そのような楽人デーモドコスが登場する。オデュッセウスはデーモドコスの歌うトロイア戦争の物語に涙を禁じえず、また、自身でトロイの木馬のくだりをリクエストし、再び涙を流した[要出典]

『イーリアス』の作者とされるホメーロス自身も、そのような楽人(あるいは吟遊詩人)だった。ホメーロスによって『イーリアス』が作られたというのは、紀元前8世紀半ば頃のことと考えられている。『イーリアス』はその後、紀元前6世紀後半のアテナイにおいて文字化され、紀元前2世紀アレキサンドリアにおいて、ほぼ今日の形にまとめられたとされる[1]

構成[編集]

ムーサへの祈り[編集]

ホメーロスの叙事詩は朗誦の開始において、「ムーサ(詩神)への祈り」の句が入っている。それは、話を始める契機としての重要な宣言と共に、自然な形で詩のなかに織り込まれている。『イーリアス』では、最初の行は次のようになっている。

μῆνιν ἄειδε θεὰ Πηληϊάδεω Ἀχιλῆος (ラテン文字転写:Menin aeide, thea, Pele-iadeo Achileos)

言葉の順番に意味を書くと、次のようになる。

怒りを 歌ってください 女神(ムーサ)よ ペーレウスの息子であるアキレウスの(怒りを)……

ホメーロスの劇的構成というのは、この最初の一行より始まっており、なぜアキレウスが怒っているのかという聴衆の興味を引きつけた後、できごとの次第を息も継がせぬ緊迫感で展開する。

ポイボス・アポローンの銀弓[編集]

先の戦いで、アカイア勢(ギリシア軍)はトロイエ側にささやかな勝利を収め、戦利品を手に入れた。しかし、その戦利品のなかには、光明神ポイボス・アポローン神官であるクリューセースの娘クリューセーイスもまた含まれていた。戦闘の混乱のなかでアカイア勢に捕らわれた娘を返して貰おうと、神官クリューセースはアカイア軍の陣地を貢物を携え訪れるが、傲ったアカイア勢はクリューセースを侮辱する。

目的を果たせず、海辺を一人戻るクリューセースは、自らが仕える神アポローンに祈り、「アカイア軍に報いを」と求める。ムーサの言葉は劇的に転回し、クリューセースがこう祈るや、オリュンポスの高みより、ポイボス・アポローンが銀弓を手に空を飛び、アカイア軍の陣地の上空に至るや、数知れぬ矢を射かけ、アカイア軍陣地は、神の送る疫病に悲鳴をあげて倒れる兵士たちの修羅場と変ずる。

しかし、雄壮なアポローンの活躍を活写した後、なお、なぜアキレウスは怒っているのか、その理由は不明である。こうして、詩は更に続いて行く。

物語のあらすじ[編集]

翻って、このようにアキレウスが怒りを抱いたというのは、一体、戦いのどのような時点であったのか。それは、パリス(イーリオス王プリアモスの王子)に奪われたヘレネーを取り戻すべく、ヘレネーの夫メネラーオスをはじめとするアカイア族(ギリシア勢)がイーリオスに攻め寄せてから十年の歳月が流れたときのことであった。

ギリシア勢はメネラーオスの兄でミュケーナイ王のアガメムノーンの指揮の下で戦い、イーリオス勢はプリアモスの長子ヘクトールの指揮の下に戦っていた。アキレウスは、友人パトロクロスと共に、ミュルミドーン人たちを率いて戦いに参加していた。このような背景のなかで、神官クリューセースの神アポローンへの祈りの事件が起こったのである。

アキレウスとアガメムノーンの確執[編集]

アポローンの矢による疫病の発生から十日目、アキレウスの発議により集会が持たれた。カルカースによって、アポローンの怒りを鎮める必要があるため、献策がなされた。それは、身の代なしに娘クリューセーイスを神官クリュセースに返すというものだった。クリューセーイスはアカイア勢の総帥アガメムノーンの戦利品となっていた。アガメムノーンはやむを得ず娘を解放することに同意する。

アガメムノーンは娘を失う代償を諸将に求める。それに対し、アキレウスは戦利品を分配しなおすべきでないことを主張し、「わたしには戦う義務はない。しかしあなたがた兄弟のために戦闘に参加している」と述べる。アガメムノーンは立腹し、軽率にも「われらのために戦う戦士は山ほどいる。そなたが義務で戦うというのなら、われらは汝なしでも戦うことができる」と応酬した。そして、クリューセーイスの代償として、アキレウスの戦利品であるブリーセーイスを自分のものにする。

アキレウスはアガメムノーンの仕打ちに怒り、母テティスに祈り、ゼウスがイーリオス勢の味方をすることでギリシア勢を追い詰めさせることを願う。テティスが請け合い、ゼウスに頼み込むと、ゼウスもこの願いを受け入れた。ゼウスの妻ヘーラーは、ゼウスがテティスの願い通りイーリオス勢の味方をするつもりではないかと気付き、ゼウスを難詰したが、息子ヘーパイストスのとりなしで、とりあえず怒りを納めた。

アキレウスはその日以降、集会にも出ず、戦闘にも参加しなくなった。こうしてアキレウスの怒りから始まり、『イーリアス』は劇的な展開において物語を繰り広げて行く。

総攻撃の開始[編集]

ゼウスは、テティスの願いをどのように叶えるのがよいかを考え、ギリシア勢の総大将アガメムノーンを夢でまどわすことにした。アガメムノーンは、ネストールが「オリュムポスの神々は皆ギリシア勢の味方をすることになったから、全軍で攻め寄せればイーリオスを攻め落とせる」と説くところを夢に見た。目が覚めたアガメムノーンは、すぐにでもイーリオスを陥落させることができると思い込み、総攻撃を決意する。しかしゼウスは、ギリシア勢を劣勢に追い込み、アガメムノーンに、アキレウスを怒らせたことを後悔させることが目的だったのである。

ギリシア勢が美々しく隊伍を整えると、イーリオス勢も攻撃準備を完了した。両軍は、まさに激突しようとしていた。

パリスとメネラーオスの一騎打ち[編集]

このときパリスは軍勢の先頭に立ち、「誰でもいいから俺と勝負しろ」と言った。メネラーオスは、仇敵の姿を見るや、喜び勇んで飛び出してきた。しかしパリスはメネラーオスを見ると怖気づき、逃げ出してしまった。これを見たヘクトールは、イーリオスの災厄の種であるパリスの不甲斐なさをなじり、「貴様のような格好ばかりの奴は、さっさとメネラーオスに殺されてしまえばよかったのだ」と責めた。 するとパリスは殊勝にも「私とメネラーオスで一騎打ちをし、勝ったほうがヘレネーと奪った財宝を取ることにしたい」と申し出た。ヘクトールは喜び、ギリシア勢にこの話を申し込んだ。アガメムノーンもこの話を呑み、両軍の戦士が武装をはずして見守る中、両者が一騎打ちを行うことになった。

対峙するパリスとメネラーオス。双方が槍を投げるが、両者共にこれを避けた。次にメネラーオスが剣を抜いて切りかかると、メネラーオスの剣はパリスの兜にあたって砕けた。パリスがくらくらしているところを、メネラーオスが兜を掴んで自軍に引いていこうとした。するとアプロディーテーが兜の紐を切ってパリスの窮状を救った。メネラーオスの手には兜だけが残った。そしてなおも追いすがるメネラーオスから守るために、濃い霧でパリスを隠し、イーリオスに退却させた。

メネラーオスは姿を隠したパリスを探すが、見つけることができない。そこでアガメムノーンはメネラーオスが勝ったとして、ヘレネーと財宝の引渡しをイーリオス勢に申し入れた。

ヘクトールは目の前の出来事に青ざめたものの、誓い通りに戦いの結果を尊重しようとした。しかし、ゼウスはトロイアの運命に基づき、アテーナーに命じてトロイアの武将パンダロスに甘言をささやいた。それは誓いを破り、ギリシア(メネラーオス)への仇討ちをせよ、というささやきであった。

彼が矢を放った結果、メネラーオスは傷を負い、それを契機に再び戦いが始まった。

パトロクロスの出陣[編集]

アキレウスなしでも優勢に立っていたギリシア勢も、名だたる英雄たちが傷ついたことをきっかけにして総崩れとなり、陣地の中にまで攻め込まれる。これを見たパトロクロスは、出陣してギリシア勢を助けてくれるようアキレウスに頼んだが、アキレウスは首を縦に振らない。そこでパトロクロスはアキレウスの鎧を借り、ミュルミドーン人たちを率いて出陣する。

パトロクロスの死[編集]

アキレウスの鎧を着たパトロクロスの活躍により、ギリシア勢はイーリオス勢を押し返す。しかし、パトロクロスはイーリオスの王プリアモスの息子で、事実上の総大将であるヘクトールに討たれ、アキレウスの鎧も奪われてしまう。

アキレウスの出陣[編集]

パトロクロスの死をアキレウスは深く嘆き、ヘクトールへの復讐のために出陣することを決心する。アキレウスの母テティスはアキレウスのために新しい鎧を用意し、アキレウスに授ける。出陣したアキレウスは、イーリオスの名だたる勇士たちを葬り去る。形勢不利と見てイーリオス勢が城内に逃げ去る中、門前に一人、ヘクトールが待ち構える。

ヘクトールとアキレウスの一騎打ち[編集]

ギリシア勢とイーリオス勢が見守る中、アキレウスとヘクトールの一騎打ちが始まる。アキレウスはヘクトールを追いまわし、ヘクトールは逃げ回ってイーリオスの周りを三度回る。しかし、ついにヘクトールはアキレウスに討たれる。アキレウスはヘクトールの鎧を剥ぎ、戦車の後ろにつなげて引きずりまわす。復讐を遂げて満足したアキレウスは、さまざまな賞品を賭けてパトロクロスの霊をなぐさめるための競技会を開く。

ヘクトールの遺体引き渡しと葬儀[編集]

競技会が終わった後も、アキレウスはヘクトールの遺体を引きずりまわすことをやめない。ヘクトールの父プリアモスはこれを悲しみ、深夜アキレウスのもとを訪れ、息子の遺体を返してくれるように頼む。アキレウスはプリアモスをいたわり、ヘクトールの遺体を返す。ヘクトールの葬儀の記述をもって、『イーリアス』は終わる。

日本語訳書(原典全訳)[編集]

呉訳は七五調を基本とした擬古文で、原文の語法などを生かすことを主眼においている。三巻の翻訳のうち、上巻には、それまでの古典学の解釈の慣例を破り、あえて直訳した箇所などもあり、その苦闘が伺われる。土井訳は終始一貫して日本語の韻文調に訳しており、『イーリアス』の叙事詩としての美しさを伝えようと腐心している。松平訳はこれに対し、現代人にとっての読みやすさを念頭に、原文が韻文であることを敢えて無視し、散文に置き換えている。詳しくは平凡社版の沓掛解説を参照。他に以下がある。
  • 呉茂一訳 『世界古典文学全集 1 ホメーロス』 筑摩書房、初版1964年、復刊2005年ほか、各訳文は散文体
    • 『筑摩世界文学大系 2 ホメーロス』 筑摩書房、初版1971年、各後者は高津春繁訳「オデュッセイア
  • 高津春繁訳 『イーリアス 愛蔵版』 筑摩書房、1969年
  • 小野塚友吉訳 『完訳イリアス』 風濤社、2004年

後世の作品における『イーリアス』の影響[編集]

トロイア戦争を主題にしたギリシア悲劇の多くは、『イーリアス』に基づいている。代表的な作品は、アイスキュロスの『オレステイア』三部作。

古代ローマ期は、詩人ウェルギリウスローマ建国を描いた叙事詩『アエネーイス』は『イーリアス』を下敷としている。作中では、敗れたトロイアの武将アイネイアースが放浪の果てにたどり着いたイタリアでの出来事が語られ、その子孫がアウグストゥスの家系であることを示唆する描写がある。

1987年、マリオン・ジマー・ブラッドリー は『イーリアス』を元にした歴史ファンタジー小説『The Firebrand』を発表した。日本ではファイアーブランド三部作『太陽神の乙女』、『アプロディーテーの贈物』、『ポセイドーンの審判』として1991年に翻訳出版された。この小説はトロイアの王女カッサンドラーを主人公にしたフェミニズムファンタジーである。

2004年に封切りされた映画『トロイ』は、『イーリアス』のかなり自由な翻案である。配給元の大規模な宣伝や人気俳優の起用もあり、映画は興行的には成功を収めたが、アメリカ合衆国の映画批評家からは酷評された。何人かの批評家は「2004年最悪の映画」にこの映画を挙げた。ホメーロスの描く物語とこの映画のストーリーにはごくわずかな共通点しかない。

ダン・シモンズは、2003年に『イーリアス』を翻案した叙事詩的 SF 小説『イリアム』 (Ilium) を発表した。この小説は、2003年の最優秀 SF 小説としてローカス賞を受賞した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 野町啓『学術都市アレクサンドリア』講談社学術文庫, 2009, 250p. ISBN 4062919613