ヘーパイストス

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ヘーパイストス像
ギリシア神話
Zeus Otricoli Pio-Clementino Inv257.jpg
主な原典
イーリアス - オデュッセイア
神統記 - ギリシア悲劇
ビブリオテーケー - 変身物語
オリュンポス十二神
ゼウス - ヘーラー
アテーナー - アポローン
アプロディーテー - アレース
アルテミス - デーメーテール
ヘーパイストス - ヘルメース
ポセイドーン - ヘスティアー
ディオニューソス
その他の神々
カオス - ガイア - エロース
ウーラノス - ティーターン
ヘカトンケイル - キュクロープス
タルタロス - ハーデース
ペルセポネー
ヘーラクレース - プロメーテウス
ムーサ - アキレウス
主な神殿・史跡
パルテノン神殿
ディオニューソス劇場
エピダウロス古代劇場
アポロ・エピクリオス神殿
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ヘーパイストス古希: ΗΦΑΙΣΤΟΣ, Ἥφαιστος, Hēphaistos)は、ギリシア神話に登場するである。古くは火山の神であったと思われるが、後に鍛冶の神とされた。オリュンポス十二神の一柱。神話ではキュクロープスらを従え、自分の工房で様々な武器や道具、宝を作っているという。その象徴は円錐形の帽子武具金床金鎚矢床である[1]

その名前の語源は「炉」・「燃やす」という意味のギリシア語に由来するといわれているが、インド神話の火の神・ヤヴィシュタに由来するともいわれる。古くから小アジア及びレームノス島シチリア島における火山帯で崇拝された神といわれる。

ローマ神話ではウゥルカーヌス(Vulcānus)に相当する。あるいは、ローマ神話名を英語読みしたヴァルカン(Vulcan)や、日本語では長母音を省略してヘパイストスヘファイストスとも呼ばれる。

概説[編集]

ゼウスとヘーラーの息子で第1子。ゼウスは前妻であるテミスとの間にホーライ3姉妹やモイライ3姉妹などをもうけた。ゼウスが前妻との間に立派な子を儲けていたことに焦ったヘーラーが、正妻としての名誉を挽回するべく産んだ子供であるとされる。ところが、生まれたヘーパイストスは両足の曲がった醜い奇形児であった。これに怒ったヘーラーは、生まれたばかりのわが子を天から海に投げ落とした。その後、ヘーパイストスは海の女神テティスエウリュノメーに拾われ、9年の間育てられた後、天に帰ったという[2]。へーパイストスはその礼として、テティスとエウリュノメーに自作の宝石を送っている。あるいはヘーラクレースが乗る船を嵐で目的地よりかなり離れたコス島に漂流させて彼を妨害した為、ゼウスから罰せられそうになったヘーラーをかばおうとしたためにゼウスに地上へ投げ落され、1日かかってレームノス島に落ち、シンティエス人に助けられたといわれており、この時に足が不自由になったとされる[3]

神々の武具を作ることで有名なヘーパイストスだが、自ら戦うこともあり、『イーリアス』ではヘーラーに命じられてアキレウスを襲う河の神と対決し、決して弱まらぬ炎を放って巨大な河そのものを瞬時に沸騰・蒸発させ、河の神スカマンドロスを屈服させている[4]。ゼウスがアテーナーを産んだ時、ゼウスが痛みに耐えかねてヘーパイストスに命じて斧(ラブリュス)で頭を叩き割ったことでも有名である[5]

一般にはゼウスとヘーラーの息子とされるが、ヘーラーが1人で生んだという伝承もある[6]。それによればヘーラーはゼウスと対立し、ゼウスと交わらずに1人で生んだという[7]。またゼウスは男性ながら、美貌と才気を兼ね備えた女神アテーナーを出産したが、ヘーラーの生んだヘーパイストスは醜い子供だったので、これにより正妻としての面目を失ったヘーラーは、対抗してティーターンの力を借り、自分も1人で子テューポーンをもうけたという[8]

なお、ヘーラーが一人で生んだのはアレースとする伝承もある。詳しくはフローラを参照。

ヘーパイストスの妻はアプロディーテーとも[9]カリス[10]アグライアーともいわれる[11]。一説には天上の妻はアプロディーテーであり、地上の妻はカリスであるという[12]

ヘーパイストスの子供にはアテーナイの王エリクトニオス[13]テーセウスに退治されたペリペーテース[14]アルゴナウタイの1人であるパライモーンなどがいる[15]

アプロディーテーとの結婚[編集]

ヘーパイストスは、最初はアプロディーテーと結婚した。結婚の経緯には諸説あるが、有名なものは以下である。

オリュンポスの神々に加えられたヘーパイストスであるが、ヘーラーの彼への冷遇は続き、彼は母への不信感を募らせていった。そんなある日、ヘーパイストスからヘーラーに豪華な椅子が届けられた。宝石をちりばめ、黄金でつくられ、大変美しい椅子で、その出来に感激した上機嫌のヘーラーが椅子に座ったとたん体を拘束され身動きが取れなくなってしまった[16]。そこでヘーラーがヘーパイストスに拘束を解くよう命じると『自分を貴方様の実の子であると認め、神々の前で紹介してください』と言った。醜さゆえ自分が捨てた子で認めたくもなかったヘーラーであったが、このままでいるのも恥ずかしい。仕方なく要求に応じヘーラーも認めた。だが、母に疑心暗鬼になっていたヘーパイストスは、ヘーラーが助かりたい一心であり、本心で言った言葉ではないと考え、信用せず拘束を解かなかった。そして、『なら私をアプロディーテーと結婚させてくれますか?出来ないでしょう。軽々しく言わないでください』と言ったのである。ところがヘーラーは助かりたい一心でこれを了承。驚いたヘーパイストスであったが、急いでヘーラーを解放。そして、ヘーパイストスはアプロディーテーと結婚することになったのである。

アプロディーテーの浮気[編集]

ホメーロスの『オデュッセイア』によると、結婚したヘーパイストスとアプロディーテーであったが、アプロディーテーはヘーパイストスの醜さを嫌ったため、神々の中でもその不仲さは評判になっていった。そこに軍神アレースが現れたのである。アレースはゼウスとヘーラーの子であるものの争いの神であり、残虐な性格である事から、神々や人々からの評判はすこぶる悪かった。しかし、オリュンポスの男神の中でも1、2を争う美男子だったのである。そして、この生活に耐えかねていたアプロディーテーはアレースと浮気を始めるのである。当のヘーパイストスは、そんなことはまったく気付かず、実直な彼は仲が悪いのはアプロディーテーの機嫌が悪いだけと、妻を疑うことをしなかった。しかしヘーリオスからこの事実を聞いたヘーパイストスは愛妻に裏切られたことに落胆し、それと同時にアプロディーテーへの激しい憎悪が芽生えた。

ある日、ヘーパイストスは「仕事場に行く。しばらく家には戻れない」と言い家を出て行く。これ幸いと浮気を始めるアレースとアプロディーテーだが、二人で寝床に入ったとたんに特製の見えない網で捕えられてしまい、そして二人は裸で抱き合ったまま動けなくなってしまった。この網は、妻への復讐の為にヘーパイストスが作った特製の網で、彼以外解く事が出来ない物だったのである。何とか解こうとする二人であったが、動けば動くほど体に食い込み、ますます動けなくなってしまった[17]

妻とアレースの密通現場を押さえたヘーパイストスであったが、妻が自分には見せなかった媚態の艶やかなる美しさをアレースに晒したことに激怒、更なる辱めを与えてやろうと考えていた。すると、そこへ伝令の神であるヘルメースが偶然にも通りかかる。ヘルメースがアプロディーテーに片思いしていることを知っていたヘーパイストスは、密通現場を彼に見せれば絶対に興味を持つと考え、ヘルメースを招き入れ密通現場を見せた。彼の目論見通り、ヘルメースは興味を示し釘付けになる。すると、ヘーパイストスは「他の十二神を呼んで来て頂きたい。特に結婚の仲人をして頂いた母上を呼んで来て欲しい」とヘルメースに頼んだ。面白いものが見られると伝令の神であるヘルメースは瞬く間にオリンポス中を駆け巡って触れ回り、十二神をヘーパイストスの神殿の前に連れて来た。

そして、集まった神々を前にヘーパイストスは「これから面白い見世物をご覧に入れましょう」とアプロディーテーとアレースの密通現場を晒したのである。密通現場を見せられた神々は、皆困った顔をしてしまう。と言うのもアプロディーテーとアレースの二人の様が余りにも可笑しくて大声で笑いたかったのだが、神である自分たちが品もなく馬鹿笑い出来なかったことと、結婚を取り仕切ったヘーラーの手前、笑うことが出来なかった為である。ところが、アポローンが「ヘルメース殿、貴殿は以前からアプロディーテーと臥所を供にしたいと申していたそうではないか。丁度良い機会だ、アレースと代わって貰ったらどうだ?」と問うたのに対し、ヘルメースが「入りたいのは山々なれど、私の一物はアレース殿の物と比べ、頑丈でも逞しくもございませぬ」と返したことで我慢してきた神々は思わず吹き出してしまった。アレースは恥ずかしさのあまり、解放された途端逃げるように自領へ去ったが、アプロディ-テーはただその場で微笑んでいた。

神々の笑い声が響く中、この結婚を取り仕切ったヘーラーだけは笑えずにいた。そんなヘーラーに対しヘーパイストスは『母上、貴方様より拝領いたしました花嫁は、他の神々と臥所を共にするふしだらな女にございます。されば、ここにのしを着けてお返し申し上げますので、どうぞお引取りください』と言った。再び神々の前で恥を掻かされたヘーラーはアプロディーテーを連れ、神々の失笑が木霊す中、退散していった。

その後、ポセイドーンの仲介の元、ヘーパイストスはアプロディーテーと離婚し、アレースから賠償を受け取った。そして、アレースはトラーキア、アプロディーテーはクレータ島での謹慎を命じられた。後にアプロディーテーはポセイドーンにこの仲介の礼を与えている。

その他の説・補足[編集]

上記以外にも様々な説がある。

  • ヘーパイストスに椅子に拘束され屈辱を味わったヘーラーが解放された後、ヘーパイストスに「我が子である以上、結婚相手を紹介してあげましょう。アプロディーテーなんてどうです」とヘーラーが薦めたとの説がある。その美貌で神々からの求愛を一心に浴びていたアプロディーテーを自分だけで独り占めに出来るとヘーパイストスは了承したのである。実はこれには裏があり、美しいアプロディーテーが醜いヘーパイストスとの生活に耐えかねて、浮気することを見越したヘーラーの謀略であったのである。
  • また、アプロディーテーに手を出そうとしたゼウスに対し、ヘーラーが「神々からの求愛を一心に浴びているアプロディーテーに手を出せば、他の神々から不満の声が挙がる」と釘を刺すと同時に警告、それは困るとゼウスも彼女のことを諦める。しかし、まだ諦めていない他の神々同士で争いになることを恐れたゼウスは、オリンポス十二神の中で最も硬派である我が子ヘーパイストスとアプロディーテーを結婚させることで事態を丸く収めようとしたとの説もある。この場合、ヘーパイストスの怒りを買い、恥をかかされるのは当然ゼウスである。
  • ヘーパイストスの怒りは凄まじく、当初「浮気相手からのお詫びは、一切受け取らない」とアレースの賠償を拒否していたが、離婚の仲介をしていたポセイドーンに「お互いけじめを付けるため、受け取る様に」と言われ、しぶしぶ受け取った。
  • アレースはアプロディーテーと浮気をするとき、従者であるアレクトリュオーンに見張りをさせた。ところがある日アレクトリュオーンは居眠りをしてしまい、ヘーリオスが天に昇っても2人は気付かなかった。このため2人はヘーリオスに見つかり、ヘーパイストスの罠にかかった。アレクトリュオーンは神々の前で大恥を掻かされたことに激怒したアレースの怒りを買い、へ変えられてしまった。それ以来、鶏は太陽が昇ると「ヘーリオスが来たぞ(コケコッコー)」と鳴くようになったと言われている[18]

エリクトニオスの誕生[編集]

結婚後、アプロディーテーに相手にされなかったヘーパイストスは、アテーナーが仕事場にやって来たときに欲情し、アテーナーと交わろうとして追いかけた。ヘーパイストスは処女神であるアテーナーから固く拒まれたが、アテーナーの足に精液を漏らした。アテーナーがそれを羊毛でふき取り、大地に投げると、そこから上半身が人間で下半身が蛇の子供エリクトニオスが誕生した。それを見つけたアテーナーは見捨てはせず、自分の神殿でエリクトニオスを育てたという[19]

ヘーパイストスの仕事[編集]

ヘーパイストスの作ったとされるものには、エピメーテウスの妻となった美女パンドーラー[20]、ゼウスの盾アイギス、ゼウスの雷、自分で歩くことのできる真鍮の三脚器、アポローンとアルテミスの矢[21]、「アキレウスの盾」を含むアキレウスの武具一式[22]、青銅の巨人タロース[23]、ヘーラクレースがステュムパーリデスの鳥退治の際に使った青銅の鉦などがある[24]

また、主神とその妻たる神の間の最初の子が奇形である点から、日本神話における蛭子神との類似性も語られる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ フェリックス・ギラン『ギリシア神話』。
  2. ^ 『イーリアス』18巻。
  3. ^ 『イーリアス』1巻。アポロドーロス、1巻3・5。
  4. ^ 『イーリアス』21巻。
  5. ^ アポロドーロス、1巻3・6。ピンダロス『オリンピア祝勝歌』第7歌35~37。ルキアーノス『神々の対話』。
  6. ^ アポロドーロス、1巻3・5。
  7. ^ ヘーシオドス『神統記』927~928。
  8. ^ ホメーロス風讃歌』第3歌(「アポローン讃歌」)。
  9. ^ 『オデュッセイア』8巻ほか
  10. ^ 『イーリアス』18巻。
  11. ^ ヘーシオドス『神統記』945~946。
  12. ^ ルキアーノス『神々の対話』。
  13. ^ アポロドーロス、3巻14・6。ヒュギーヌス、166ほか。
  14. ^ アポロドーロス、3巻16・1。パウサニアス、2巻1・4。
  15. ^ アポロドーロス、1巻9・16。
  16. ^ ヒュギーヌス、166。パウサニアス、1巻20・3。
  17. ^ 『オデュッセイア』8巻。
  18. ^ ルキアーノス『にわとり』3。
  19. ^ アポロドーロス、3巻14・6。
  20. ^ ヘーシオドス『仕事と日』。
  21. ^ ヒュギーヌス、140。
  22. ^ 『イーリアス』18巻ほか。
  23. ^ アポロドーロス、1巻9・26。
  24. ^ アポロドーロス、2巻5・6。

参考文献[編集]