エーゲ文明
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エーゲ文明は古代ギリシアにおける最古の文明。有名なトロイア、ミケーネ、ミノアの三文明のほか、さらに古い段階のキクラデス文明やヘラディック期ギリシア本土の文化などがある。ドイツのシュリーマンのミケーネ遺跡発掘により存在が確認された。
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経緯[編集]
基本的に戦争もなく比較的平和な時代だったと推測される。 それは発掘された王の宮殿からも推測できる。城壁もなく開放的な城の姿は海洋民族の特徴と言える。線文字A、線文字Bなどの高度な文明を残し、古代エジプト文明の影響を受けたとされ、また青銅器文化も栄えた。(線文字Aは未解読)しかし紀元前12世紀頃すべて突然滅亡。原因は未だ解明されていない。貢納王政の衰退とも言われているが、北方ギリシア系ドーリア人、もしくは海の民の侵入との説が有力。三文明滅亡後のギリシアは人口が激減し線文字も人々から忘れ去られていったようである。 エーゲ文明滅亡から古代ギリシア諸ポリス成立までの約400年間は記述による記録も残っていないためこの時期については不明である。そのためその時期を暗黒時代と呼ぶ。
「前1200年のカタストロフ」も参照
エーゲ各文明の比較[編集]
ミノア(ミノス、クレタ)文明[編集]
詳細は「ミノア文明」を参照
ミケーネ文明[編集]
詳細は「ミケーネ文明」を参照
- 全盛期 B.C.1600頃~B.C.1200年頃
- 政治 小国分立
- 発見者 1876年 シュリーマン
- 民族 ギリシア系民族アカイア人
- 中心地 ミケーネ・ティリンス
- 美術 獅子の門 黄金のマスク
トロイア文明[編集]
キクラデス文明[編集]
詳細は「キクラデス文明」を参照
- B.C.3000頃~B.C.2000頃
- 発見者 1899年 クリストス・ツンタス
- 中心地 キクラデス諸島
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