ソロン

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ソロン

ソロンSolon, 紀元前639年頃 - 紀元前559年頃)は、古代アテナイ政治家・改革者で、ギリシャ七賢人の一人に挙げられる。紀元前594年、ソロンの改革と呼ばれる国制改革を通して、貴族と平民の対立解消を図ったが、失敗に終わった。

両親とも名家の出身であるが、決して富裕ではなかった。人格の高さが評価されて、紀元前594年アルコンに就任して借財の帳消しと借財による市民の奴隷化を禁止するなどの改革を行った。市民を財産によって4階級に分け、それぞれに見合った参政権を与えたが、かえって貴族と市民の対立に油を注いだと言われている[誰によって?](ただし、対立の根幹はそれ以前から続く社会的矛盾によるところが大きく、改革は対立の名目に使われただけとする説もある)。ソロンの改革を中途半端であるとする友人ペイシストラトスとの対立によって引退後は事実上の亡命生活に入った。

オリエント各地を見聞して知識を深めて帰国し、アテナイの市民に広めたと言う。その際にアトランティス伝説を提唱し,この伝説はプラトンに引継がれた。

プラトンはソロンの遠縁にあたる。プラトンとの系図については、クリティアス (プラトンの曾祖父)参照。

[編集] 主な改革

  1. 「重荷降ろし(seisachtheia)」…奴隷化された市民を解放して、返済不能時の奴隷化を定めた借財契約を無効化して借財を帳消しにした(紀元前593年頃)。
  2. 貨幣制度・度量衡の統一…一般にはアテナイ最初の貨幣を作ったとされているが、近年では考古学の研究によれば、それはソロンの引退後であったと考えられている。むしろ、彼の時代において古代ギリシア最大の経済都市であったアエギナ貨幣圏から離脱して台頭著しいコリントス貨幣圏に参加した事が後のアテナイの経済的飛躍につながったと言われている[誰によって?]
  3. 評議会改革…資産に応じて4身分に分けて政治的責任の割合を定めなおした。
    4身分制
    1. 貴族(Pentakosiomedimnos)
    2. 騎士(hippeis)
    3. 自作農(zeugital)
    4. 貧困層(thétes)
  4. 農産物の輸出禁止…アテナイは食糧自給率が低いにも関らず、相場の高い都市への農産物の輸出を企む者が後を絶たなかったために、特産品で重要な輸出品であるオリーブ油以外の農産物の輸出を禁じた。
  5. 農業保護…代表的な農産物であるオリーブイチジクなどの植え過ぎによる生育不良を防止するため、距離を離して植えるように定めた。また、生垣や灌漑などに用いる溝、ミツバチの巣(蜂蜜用)の設置にも距離を設けさせて隣人とのトラブルを事前に防いだ。また、畜産保護のために家畜を襲うオオカミを射止めたものには報奨金を出した。
  6. 井戸の設置基準を定める。
  7. 居留外国人の市民権獲得条件を緩和する代わりに臨時徴税や工芸産業への従事等を義務付けた(これによって難民状態にあった技術者などを招き入れて保護を与え、窯業などを盛んにした)。

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