キプロス島
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キプロス島(キプロスとう)は、中東、トルコの南にある地中海の島。地中海ではシチリア島、サルデーニャ島に次いで3番目に大きな島である。
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地理[編集]
- 位置:北緯35度、東経33度
- 面積:
- 総面積:9,250 km2(うち 3,355 km2 が北キプロス・トルコ共和国、254 km2 がイギリス主権基地領域アクロティリおよびデケリア、残りはキプロス共和国)
- 陸地面積:9,240 km2
- 水域面積:10 km2
- 日本の四国(18,296.37 km2)の約半分の面積。
- 海岸線:648 km
- 海域
- 大陸棚:深度 200m までの占有権
- 領海:12 km
- 気候:暑くて乾いた夏と涼しい冬がある地中海性の温暖な気候。
- 地勢:中央に平野、その南北に山地、南の海岸に沿って点在する重要な平野がある。
- 海抜:
- 最低:地中海 0 m
- 最高:オリンポス山 1,951 m
産業[編集]
土地使用[編集]
(1993年試算)
- 耕地:12%
- 通年農地:5%
- 通年牧草地:0%
- 森林:13%
- その他:70%
- 灌漑地面積:390 km2(1993年試算)
自然災害[編集]
穏やかな地震
環境[編集]
現在の問題[編集]
- 水源の確保。(自然の貯水池がなく、季節によって降雨量が変動する。また海水が地下水に混ざり、北へ行くほど塩分が増す。)
- 汚水や家庭ごみによる水の汚染。
- 海岸の変質。
国際協定[編集]
京都議定書など。
歴史[編集]
キプロス島には先史時代から文明があったと考えられている。地中海貿易の中継点として栄え、ペルシャ、ギリシア、ローマなど、時代ごとの強大な国家の支配下に置かれた。東西ローマ帝国分裂後は東ローマ帝国に属したが、1191年には第3回十字軍に参加したイングランドのリチャード獅子心王に占領され、その後テンプル騎士団に譲渡されている。
その後エルサレム王国のギー・ド・リュジニャンに売却され、1489年以後はヴェネツィア共和国領となり、1570年から1571年にかけてオスマン帝国に占領された。1878年、オスマン帝国がロシアに敗北を喫したことを機に、統治権はイギリスに移る。当初はオスマン帝国から貸借を受けイギリスが統治するという形式をとっていたが、1925年にイギリスの直轄統治領になる。第二次世界大戦後は反英テロが活発化し、イギリス本国と対立を深めていたが、1960年にキプロスとして独立が承認された。
