キプロス島

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キプロス島
Cyprus
衛星写真(2001年)
地理
場所 北緯35度00分 東経33度00分 / 北緯35.000度 東経33.000度 / 35.000; 33.000座標: 北緯35度00分 東経33度00分 / 北緯35.000度 東経33.000度 / 35.000; 33.000
面積 9251 km2

キプロス島(キプロスとう)は、中東トルコの南にある地中海。地中海ではシチリア島サルデーニャ島に次いで3番目に大きな島である。

地理[編集]

各政治主体による分割支配状況(灰色は国連緩衝地帯)
  • 位置:北緯35度、東経33度
  • 面積:
    総面積:9,250 km2

北キプロス・トルコ共和国の旗北キプロス・トルコ共和国、3,355km²
国際連合の旗グリーンライン (キプロス)346km²
イギリスの旗イギリス主権基地領域アクロティリおよびデケリア254km²
キプロスの旗キプロス共和国5,296km²)

    • 陸地面積:9,240 km2
    • 水域面積:10 km2
    日本の四国(18,296.37 km2)の約半分の面積。
  • 海岸線:648 km
  • 海域
    • 大陸棚:深度 200m までの占有権
    • 領海:12 km
  • 気候:暑くて乾いた夏と涼しい冬がある地中海性の温暖な気候。
  • 地勢:中央に平野、その南北に山地、南の海岸に沿って点在する重要な平野がある。
  • 海抜:

産業[編集]

土地使用[編集]

(1993年試算)

  • 耕地:12%
  • 通年農地:5%
  • 通年牧草地:0%
  • 森林:13%
  • その他:70%
  • 灌漑地面積:390 km2(1993年試算)

自然災害[編集]

穏やかな地震

環境[編集]

現在の問題[編集]

  • 水源の確保。(自然の貯水池がなく、季節によって降雨量が変動する。また海水が地下水に混ざり、北へ行くほど塩分が増す。)
  • 汚水や家庭ごみによる水の汚染。
  • 海岸の変質。

国際協定[編集]

京都議定書など。

歴史[編集]

キプロス島には先史時代から文明があったと考えられている。地中海貿易の中継点として栄え、ペルシャギリシアローマなど、時代ごとの強大な国家の支配下に置かれた。東西ローマ帝国分裂後は東ローマ帝国に属したが、1191年には第3回十字軍に参加したイングランドリチャード獅子心王に占領され、その後テンプル騎士団に譲渡されている。

その後エルサレム王国ギー・ド・リュジニャンに売却され、1489年以後はヴェネツィア共和国領となり、1570年から1571年にかけてオスマン帝国に占領された。1878年、オスマン帝国がロシアに敗北を喫したことを機に、統治権はイギリスに移る。当初はオスマン帝国から貸借を受けイギリスが統治するという形式をとっていたが、1925年にイギリスの直轄統治領になる。第二次世界大戦後は反英テロが活発化し、イギリス本国と対立を深めていたが、1960年キプロスとして独立が承認された。この時に、アクロティリ及びデケリアが成立した。

1974年7月15日に隣国トルコがトルコ系住民の保護を目的に北部を占領。1983年11月15日にトルコ占領地が北キプロス・トルコ共和国として独立宣言し、事実上キプロス共和国の支配下から外れた。1974年のトルコ北部占領時には国際連合が北部(北キプロス)と南部(キプロス共和国)の間にグリーンラインを引き、現在に至る。

関連項目[編集]