ゲイ・タウン

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サンフランシスコ市内のゲイ・タウン「カストロ通り

ゲイ・タウンとは、同性愛者が集まる地域、ゲイを対象としたショップやゲイバーなどが多い所、または多くのゲイレズビアンが住んでいる地域のことである。日本の新宿二丁目堂山町は、世界的に知られるゲイ・タウンである。

目次

日本のゲイ・タウン[編集]

概略[編集]

日本では、東京・新宿二丁目と大阪・堂山が2大ゲイ・タウンとして知られている[1]。東京の二丁目以外のゲイ・タウンは上野浅草が比較的大きく、歴史も古い。新橋も近年は急速にゲイバーが増えている(後述)。池袋渋谷などその他のエリアにはゲイバーなどがいくらかあるが、それほど多く集まっているわけではなく、ゲイ・タウンではなくゲイ・スポットと呼んだほうが実態に近い。

大阪はキタ(堂山)だけではなくミナミ難波)や新世界にもゲイ・タウンがある。そのほか名古屋女子大小路伏見駅)、博多住吉春吉)・小倉紺屋町)、札幌すすきの南西)、広島流川)、那覇桜坂)などにも比較的多くのゲイバーがあり、ゲイタウンの規模は都市の人口に概ね比例している。日本においてゲイ・タウンは大きなターミナル駅の駅前や中心街から、ある程度離れた場所にできていることが多く、その方が人目に触れたくないゲイには都合がいい。

世界のゲイ・タウンにはゲイのシンボルである「レインボー・フラッグ」を掲揚し、街を盛り上げようとしている所もある。新宿二丁目でも2000年から「レインボー祭り」が開催されている。

近年、新宿2丁目などのゲイ・タウンには異性愛女性客や一般向けチェーン店が急増し、ゲイの居場所が奪われつつある。そこに2008年に開通した地下鉄副都心線新宿3丁目駅開設が追い打ちをかけ、撤退に追い込まれるゲイバーが続出。ゲイ・タウン2丁目の存続を危ぶむ声が上がり始めている[2]。一方で豪州ではゲイバーへの女性客の入店を制限することが認められた。その理由は異性愛女性がゲイを捕食し、ヘテロにしようとして不安におとしいれるからというものだった[3]

歴史[編集]

衆道も参照

江戸時代中期(元禄年間)頃には陰間茶屋(上方では若衆茶屋)といわれる、少年たちが男色を売る、今でいう売り専バーに近い形態のゲイバーがあり、遊女ならぬ色若衆と呼ばれる少年たちも現れた[4]。売色衆道は室町時代後半から始まっていたとされるが、江戸時代に流行し定着した[4]。少年を置いた遊郭は京、大坂、江戸に多数あり、江戸では芝居小屋が多かった日本橋葭町(現日本橋人形町1-3丁目)、堺町・葺屋町 (現日本橋人形町3丁目)、今の上野に近い湯島天神門前町、芝神明門前(現港区芝大神宮)などに陰間茶屋が集中した[詳細 1]。京は宮川町、大坂は道頓堀などが有名だった[4]

江戸時代前半は盛んだった衆道や男色も、江戸時代後半は「寛政の改革」を始めとした3大改革などの影響で下火になる。それでも風俗としての男色は幕末まで絶えることなく続き、隅田川で若衆を侍らせた船遊びをする光景が維新直前まで見られた[4]。 

日本近代に入った頃には薩摩藩で衆道が盛んだったことなどを除き、それまでの衆道文化は大きく衰退する。それでも戦前の一時期、上野の森に男娼が屯していたことは知られており、大正年間には発展場があったとみられ、江戸川乱歩一寸法師」には深夜の浅草公園に屯すゲイが生々しく描かれている[5]。また昭和初年にはゲイバーも出現している[4]。戦後直後から高度経済成長期頃までは上野公園が「男娼の森」と呼ばれ、同性愛者が集まる場所として風俗雑誌などで時折り取り上げられることがあった(後述)。戦後の日比谷公園も発展場になっていて、信濃町駅最寄の権田原(ごんだわら)という公園のような場所も1960年代当時、東京で最も有名な発展場だった[6]。そして1960年代半ば頃からは新宿二丁目にゲイバーが集まり始め、それ以降は東京では二丁目がゲイタウンとして注目されるようになっていった。大阪も後に堂山がゲイタウンとして注目を集めていく。

以下では地域ごとのゲイタウンの詳細について記す。

日本の主なゲイ・タウン[編集]

東京[編集]

新宿二丁目[編集]

詳細は、「ゲイ・タウンとしての新宿二丁目」参照

二丁目のメインストリート「仲通り(なかどうり)」を中心にゲイバーなどが密集している。ただ実際は新宿三丁目や五丁目など、二丁目周辺にもゲイバーなどのゲイスポットが点在しており、ゲイタウンの範囲は「二丁目を中心としたエリア」ということになる。また二丁目から離れた歌舞伎町西新宿(新宿駅西口)、北新宿・大久保代々木(新宿駅南口)エリアなど比較的広範囲にゲイスポットがある。2008年の地下鉄副都心線の新宿三丁目駅開設をきっかけに、ゲイタウンの存続を危ぶむ声も上がり始めている(後述)。

  • 現在、約450軒ほどのゲイバーがあるといわれている[7]。通常のゲイバーや売り専バー、イベントを行うクラブ、ゲイグッズを扱うゲイショップ、同性同士で利用可能なホテルなどが占める。
  • ゲイ・イエローページ「Gclick」(2013年)だと、2丁目エリアにあるゲイバーは274、売り専バー17、売り専・出張専門28、マッサージ(整体院含む)43、発展場15、ゲイ系トータルでは402店(西新宿・歌舞伎町・代々木・北新宿含めず)となっている[8]。それに加えて、ゲイ出版社など非店舗系のゲイ企業や、ビアンバー30店ほどがある。因みに西新宿はゲイ系店舗が18、歌舞伎町は17、北新宿・大久保は14、代々木は9店立地している[内訳 1]
  • 以前はゲイポルノ映画館が2丁目ではないが、歌舞伎町や駅東口などに数軒あったが閉店した。東口駅前の一般映画館、新宿武蔵野館ではゲイ映画が比較的よく公開される。伊勢丹メンズ館や新宿マルイメンはニ丁目に近接したエリアにあることが成功した一因と言われ、ゲイ御用達となっている。
  • ゲイ・タウンとしての新宿二丁目の歴史は、1960年代半ばから始まると言われ、空家となった元赤線の店などを利用してゲイバーが営業を始め、徐々にその数を増やしていったとされる。その後もディスコやクラブなどが増え続け、今日に至っている。
  • 文学・映画・テレビなどでも二丁目は登場し、新宿二丁目を舞台にした比留間久夫の小説『YES・YES・YES』、二丁目でもロケが行われた中島丈博監督の『おこげ』(1992年)、新宿二丁目のゲイバーがモデルの店が出てきてゲイの苦悩を全編に渡って描いた日本テレビ系連続ドラマ『同窓会』などがあった。
  • 2008年に地下鉄副都心線新宿三丁目駅が開設したことで、二丁目界隈でミニバブルが発生。ゲイバーが入る不動産家賃が上昇し、折からの不況もあって経営難に陥り、閉店する店が増えた。異性愛者向けの店舗も激増しており、ゲイカルチャーの衰退やゲイタウンとしての存続を危惧する声が上がっている。薔薇族2代目編集長の竜超氏は「消える新宿二丁目」(彩流社)で、「ゲイの街二丁目は、今や風前の灯」にあるとして、警鐘を鳴らしている[2]

上野・浅草[編集]

上野浅草エリアは都内では新宿二丁目に次ぐゲイタウンである。男らしい野郎系や年配者、ふくよかな人が集まる店が多い(若い人の店もある)。

上野

上野駅入谷口界隈にゲイ・タウンがあり、同駅と昭和通り首都高高架)に挟まれた上野7丁目と、高架の外側(浅草側)の東上野3・4・5丁目を中心としたエリアにゲイバーなどが多く集まっている。上野エリア全体ではゲイバーだけで95軒に達っし、発展場が10、マッサージが15、ゲイ系店舗トータルでは123店になる[内訳 2]。この内、高架を挟んで近接したこのエリアだけで102店(上野7丁目58、東上野3~5丁目44)が集中している。このほか上野駅から少し離れた御徒町駅稲荷町駅周辺などにもゲイ系店舗がいくらか点在している。また駅前の一般向け書店でもゲイ雑誌やゲイ写真集が比較的大きなスペースで置かれていることがある。

上野がゲイタウンとして注目され始めた歴史は二丁目より古い。戦前の一時期に「上野公園」に男娼がたむろしていたという研究があり[9]、戦後初期から1970年代初頭の同性愛資料や風俗雑誌などに上野の森などが男娼の街や発展場として取り上げられている[10]。上野・浅草にゲイが集まったのは近代以降、東京で最初に栄えたのが上野・浅草だったことや、江戸時代(元禄年間)に陰間茶屋が集まった湯島天神付近や日本橋葭町に近かったことなどが関係しているとみられる。戦後は交通の要衝が新宿にシフトしていく過程で、二丁目が注目を浴びるようになったものと思われる。

ゲイ・ポルノムービーを放映していた大蔵映画系の『世界傑作劇場』は発展場としても有名だったが、2009年に一旦閉館し、上野特選劇場に運営が統合され2010年にリニューアルオープンしている。そのほか発展サウナの上野大番と24会館が有名。浅草に最初に出店したのは大番だったが、後から24会館が浅草に出店(大番の南側)。それに対抗して浅草24方面への客をブロックすべく大番が上野駅の南側に出店したのも束の間、24会館も浅草大番への客をブロックしようと上野駅の北側に出店して対抗した。発展旅館ではほかに鶯谷の一条も60-70年代頃から続いている。

御徒町にあったゲイショップでゲイビデオ制作も手がけていた「アテネ上野店」(現在閉店)も有名で、ここのオーナーはゲイ雑誌アドン創刊時に出資したことで知られる[11]。かつては大宝(大宝サウナ)、双美家、大泉といった、1950年代から70年代の東京の発展旅館黎明期の旅館群があった[12]

多様なゲイが集まるが、デブ専やフケ専の間では聖地とされている[13]

浅草

一方、少し離れた浅草は、東京メトロ/東武浅草駅つくばエクスプレス浅草駅に挟まれた2・3丁目エリアを中心にゲイバーなどが集まっている。店名が「おきな」、「お富」、「雷」、「風じん」など、江戸情緒を感じさせる店もあり、フケ専の店が多い。東京での発展サウナの草分け的な浅草大番や、浅草24旅館(後の24会館)が1970年代からの歴史があり有名。現在(2013年時点)ゲイバーは67店、ゲイ関連店舗トータルでは80店が立地している[8]

浅草はフケ専の間では聖地とされている[13]

新橋[編集]

新橋は戦後初のゲイバー「やなぎ」(1945年)が烏森神社参道に開店したことで知られる。現在は主に新橋駅南西の烏森口の3・4丁目エリアにゲイバー等が集まっており、土地柄からビジネスマンや年配者の店が比較的多い。かつてはゲイバーの数は多いといえなかったが、近年は急激に数を増やし、「Gclick」によるとゲイバーの数は66店(3丁目29、4丁目28)、ゲイ関連店舗はトータルで74店になる。1998年のBadiのイエローページにはゲイバーは15店しかなかったことを考えれば驚異的な伸びといえ、新宿二丁目、上野・浅草エリアに次ぐ第3のゲイタウンとして急浮上している。かつて発展旅館「銀座ビジネスイン」があった。

池袋[編集]

池袋は西口と東口に約半々ずつゲイバーがいくらか集まったエリアがあり、かつては都内で新宿二丁目、上野・浅草に次ぐ第3のゲイエリアと呼ばれた[14]三島由紀夫肉体の学校」(1963年)には池袋の「ヒアンシンス」というゲイ・バアが登場する。この作品は映画化もされているが、モデルとなる店があったか等については不明である。かつては南池袋に1958年に開店した「西武園」(後西武苑)という発展旅館があった[15](2000年前後閉店)。またその頃、東池袋の日勝地下映画館も発展場として有名だった。

1976年には発展旅館の「陣屋(JIN-YA)」(旧泉)もオープンしており、浅草・上野・新宿「大番会館」、浅草「24会館」と並び70年代から続く歴史がある。1990年代になると「クラブハウス」などのビデオボックスや、ゲイショップ「BIG GYM」池袋店がオープンしている。

現在、西口は東京芸術劇場周辺やロサ会館のある北口エリアなどに19店、東口は明治通りの北側の歓楽街を中心としたエリアなどに13店のゲイ関連店舗があり、トータルでは35店となっている。内訳はゲイバー21、発展場は4、マッサージ5、ショップ系3、出張2店などである[8]

その他(東京)[編集]

中野・新中野

中野中央線沿線(都内)では新宿に次ぐゲイスポットである。かつて老舗ビデオボックス「ロン」(丸ノ内線新中野)が有名だった。2012年で21回目を数える「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」は1992年に中野サンプラザの会議室で始まった。またゲイ雑誌G-men」編集部は中野区内にある。現在はゲイ関連の25店があり、内訳はゲイバー6、発展場4、マッサージ9、出張・売り専5店などとなっている。かつてミニシアター中野武蔵野ホールでは一般のゲイ映画がよく単館上映されていた。中野を始め、新宿から出ている中央線や小田急線京王線沿線の街には昔からゲイが多く住むことで知られる。

渋谷

渋谷は西・東口などにゲイバー等が点在しており、現在ではゲイバー8、売り専・マッサージが5、トータルで15店である。円山町に「千雅」という1975年に開店した発展旅館があり、ここは、後の直木賞作家・胡桃沢耕司薔薇族に「ノンケ紳士のゲイホテル潜入記」(1975年11月号)を書いたことがきっかけで有名になった[16]

その他

その他のエリアではゲイ関連店が、西新宿(新宿駅西口)18店(ゲイバー2、他はショップ・マッサージ等)、歌舞伎町17店(ゲイバー4、ショーパブ2、売り専7、発展場・マッサージ各2)、北新宿・大久保14店(発展場6、マッサージ6、売り専・エステ各1)、高田馬場10店(売り専5、マッサージ3、発展場・エステ各1)、代々木(新宿駅南口)9店(発展場3、マッサージ3、売り専2等)、蒲田(ゲイバー4、発展場1)・大井町(東大井、ゲイバー5)・八王子(ゲイバー4、マッサージ1)各5店、高円寺4店(ゲイバー2、発展場1、エステ1)、赤羽(ゲイバー1、発展場1)・六本木(ショーパブ1、発展場1)各2店などとなっている。

その他の関東[編集]

横浜(通称:野毛《または桜木町》)

横浜ではJR横浜市営地下鉄桜木町駅京急日の出町駅に挟まれた野毛町宮川町を中心としたエリアが、昔から比較的大きなゲイタウンとして知られている。とりわけ平戸桜木道路大岡川に囲まれた歓楽街一帯、および、野毛坂(野毛坂動物病院のある交差点)周辺に多くの同性愛者向け施設が点在している。その数は53店ほどになり、ゲイバー37(野毛21、宮川14)、出張・売り専・マッサージ6、発展場4店などとなっている[8]。店によっては日の出町駅から行った方が近い。異性愛者向けの歓楽街としての顔の方が大きいので、通り過ぎただけではここがゲイ・タウンであるとは気づきにくい。発展旅館の童安寺が古くからの歴史があり(1970年代には既にあった)有名。

その他

埼玉県では大宮浦和西川口川越、千葉県では千葉市などにもゲイバーなどがある。Gclickによると埼玉県内にはゲイ関連店舗が24ヶ所、千葉県には15ヶ所、茨城県には8ヶ所、栃木県は5ヶ所、群馬県は4ヶ所ある。別のソースでは、ゲイバー・売り専ホスト数は、西川口3、浦和2、川越2、千葉市5、群馬県高崎市3店などとなっていた[17]

大阪[編集]

堂山[編集]

詳細はゲイタウンとしての堂山参照

大阪では堂山が新宿二丁目と並びゲイタウンとして有名である。堂山町は梅田駅の東側に位置し、新御堂筋とJR大阪環状線高架に直角に囲まれた南東エリアで、この界隈を中心にゲイバーなどが集まっている。高架の北側や地下鉄中津駅南などにも売り専やマッサージなどが点在している。堂山は通称であり、所在地でいうと堂山町を中心に神山町・兎我野町・万歳町、高架北側の中崎町・中崎西・鶴野町・黒崎町、梅田芸術劇場近くの中津1丁目・豊崎、堂山町南側の曽根崎曽根崎新地などに広がる。

現在はゲイバー154、マッサージ・エステ30、出張・売り専22、ゲイショップ10、アパレル3、ゲイ関連店舗トータルで230店ある[内訳 3](非店舗系のゲイ系企業やビアンバー含めず)。この内、新御堂筋とJR高架に囲まれた堂山、神山、兎我野、万歳町のコアエリアだけで183店が集中している。コアエリアはゲイバーや発展場が多く、高架北側や中津には売り専やマッサージが多い。

1980年代頃の堂山は「クリストファー」というゲイディスコと「GYM」という発展サウナが有名だった。クリストファーの客層は10代-20代中頃までで、当時の大阪のゲイの若者の多くはクリストファーでデビューし、そこで夜遊びを覚えてGYMに通った[18]。「東梅田ローズ」も年配者が比較的多い発展映画館として有名だった。

現在、ゲイサウナの北欧館や大吉梅田寮が有名であり、豊崎にはKOカンパニーの本拠がある。ゲイに特化した街というわけではなく、ストレート向けの店などにゲイバーが混在しているところが二丁目と異なる。国内初のゲイポルノ専用映画館として有名だった梅田ローズ劇場(旧・東梅田ローズ)は2011年に閉館した(但し2012年に新世界に「日劇ローズ」として復活)。

ミナミ(難波4丁目を中心としたエリア)[編集]

大阪はキタ(堂山)に対して、ミナミにも比較的大きなゲイタウンがあり、年配者の店が多く、若専の店は少ない。

御堂筋と2つの高速道路高架[注記 1]に囲まれたトライアングルにある、難波4丁目を中心としたエリアにゲイバーが多く集まっている。ここは1932年に開館した大阪歌舞伎座難波千日前)の裏にあり、所在地でいうと難波4丁目と難波中1丁目を中心に、元町1・2丁目、道頓堀2丁目、日本橋駅に近い千日前1・2丁目と日本橋1・2丁目、東心斎橋1・2丁目と西心斎橋などに点在している。

現在、ゲイ関連店舗トータルで60店になり、内訳はゲイバー42、出張・売り専・マッサージ7、発展場5となっている[内訳 4]。この内、高架(阪神高速1号環状線)を挟んで隣接した難波4丁目と難波中1丁目エリアだけで43店が集中している。心斎橋には複数の女装系の店を含めて、ゲイバーなどが6店ほどある。小さく個性的でアクの強い店が多いのがミナミの特徴といわれる[4]。かつて「ADAN」というゲイサウナが有名だった。

因みに、難波ゲイタウンの中心からやや北の道頓堀は、江戸時代に歌舞伎などを演じる「道頓堀五座」などの劇場ができ始め、「陰間」(少年)が接待したり、若衆茶屋が集まっていたことで有名だった。

ゲイビデオ黎明期の1980年に設立されたゲイビデオメーカー「Y.B.SPORTS」は、このエリアに比較的近い南船場にあった。大阪に本拠を構える商業ゲイ雑誌がなかったこともあり、難波ゲイ・タウンの歴史について知るのは非常に難しい。

新世界(浪速区恵美須東1丁目を中心としたエリア)[編集]

新世界には大阪で第3のゲイスポットがあり、通天閣の北側(恵美須東1丁目)を中心としたエリアにゲイバーなどが集まっている。因みに難波と新世界は直線距離では1キロ強ほどしか離れていない。現在、ゲイバー25、売り専・マッサージ2、発展場3、ゲイ関連店舗トータルでは32店となっている[8]

2011年の東梅田ローズ劇場の閉館で大阪にゲイ映画館が不在になっていたが、新世界に「日劇ローズ」として2012年に復活した。また開店したのが1950年(昭和20年)代とも、60年(昭和30年)代ともいわれる発展旅館の草分け的存在、「竹の屋」が有名だった[19]。ここには各界の著名人が多数お忍びで訪れたことで知られ、竹の屋の成功に触発され後に全国に発展旅館が増えていった。他に1970年代にできた発展ホテル「ロイヤル」も有名。

大阪の他のエリアでは新大阪駅に近い西中島(売り専・マッサージ5店)や十三などにもゲイ関連店舗が複数立地している[8]

その他の関西[編集]

京都(河原町)

京都は阪急河原町駅を中心としたエリアにゲイスポットがある。同駅から鴨川を挟んだ祇園四条駅周辺などにもゲイバー点在する。因みにここから程近い鴨川沿いにある宮川町は、安土桃山時代には若衆歌舞伎の小屋と茶屋が集まり、「陰間」(少年)が接待をする花街として栄えていた。

現在、京都市内にはゲイバーが17、出張・売り専・マッサージ7、ゲイショップ5、発展場1、ゲイ関連店舗トータルでは30店ある[8]。ゲイビデオ会社大手のKOカンパニーもかつては京都の河原町通の清水町に本社があった(現在ゲイショップと売り専のみ。本社と撮影事務所は大阪に移転)。ゲイショップが多いのは、KOカンパニーとライバル関係にある東京のルミエール系列が近くに3店舗出店しているからである。

三宮

神戸三宮には、三宮駅北口の加納町3・4丁目、下山手通2丁目、大通りを渡った女子大付近の山本通・中山手通などにゲイスポットがある。三宮エリアのゲイバーは15店、ゲイ関連施設トータルでは19ヶ所ほどとなっている。

その他

そのほか姫路には魚町を中心に6店のゲイバーがある[8]


北海道・東北[編集]

札幌(すすきの)[編集]

札幌の歓楽街「すすきの」の南西にゲイバーなどが集まったエリアがある。札幌市電東本願寺前駅に近い南5条西6・7丁目 - 南6条西6丁目エリアに集中しており、取り分けエスエービルには多くのゲイバーが入居している。「Gclick」によるとゲイバーは32店、出張・売り専・マッサージが8店ほどある。かつて発展旅館「三船会館」があった。

北海道の他のエリアには函館市旭川市にそれぞれ2店のゲイバーがある[8]

東北[編集]

宮城県仙台市にはゲイバーが14店あり、ゲイショップが4、発展場が3店ほどある[8]。そのほか青森市は7、山形市5、盛岡市は4、新潟市には3店のゲイバーなどがある。


東海・北陸[編集]

名古屋(女子大小路・伏見駅)[編集]

名古屋の中心繁華街「」の4丁目(女子大小路池田公園)を中心としたエリアにゲイ・タウンがある。所在地でいうと、栄町駅南東の栄4丁目を中心に、そこと隣接した3・5丁目、駅北側の錦3丁目高速高架東側の新栄1丁目にゲイ・バーが多く集まっている。現在、名古屋エリアにはゲイバー63、売り専・出張ホスト11、ゲイ系トータルで92店あるが、この内57店がここに集中している。

栄駅の一つ隣の伏見駅の西側(名古屋駅側)を中心としたエリアにもゲイ・バーなどが25店ほど集まっている。所在地でいうと栄1丁目、錦1丁目などで、栄4丁目から離れるが徒歩圏でもある。栄4丁目を中心としたエリアと、この伏見駅近辺の両エリアだけでゲイ系店舗は82店になる[内訳 5]。そのほか名駅西側(太閤通南口)の椿町などにもゲイバーがいくらかある。発展ホテルのコロナクラブ(1990年代に旧ドンバラ会館から移転建替え)が有名。

その他のエリアでは金山などにもいくらかゲイ系店舗がある。

早くからゲイパレードが行われた札幌や新宿2丁目などと比べると、ややお堅い土地柄で、まだゲイパレードは行われていない(2005年~06年、WADN主催の「世界エイズデー in NAGOYA」開催時のパレードでは、同性愛者によるHIV/AIDSの予防・啓発団体などが運営参加している)。名古屋のゲイシーンは90年代以降、ゲイのクラブイベントが盛り上がりを見せた[20]

その他の東海・北陸[編集]

静岡

静岡県静岡市静岡駅周辺にゲイバーなどが10店、浜松浜松駅周辺にゲイバーなどが8店ある[8]

金沢

金沢市にはゲイバーが9店、売り専・出張・マッサージが3店、発展場が2店あり、喜楽会館が有名である[8]

その他

岐阜市内には3店のゲイバーを始め、ゲイ関連店舗がトータルで7店、三重は四日市などにゲイバー4、トータルで5店ある。


中国・四国[編集]

広島(流川)

広島の中心繁華街・八丁堀に近い、中四国一の歓楽街「流川」にゲイバーが集まるエリアがある。2013年1月時点で、ゲイバーが30店、ゲイ関連店舗トータルでは37店となっている[8]。全国展開していた発展旅館、喜楽会館の本店があることで知られている。

岡山

岡山市はゲイバー13、ゲイ関連店舗トータルで21店ある[8]

その他

香川県高松は、最寄り駅でいうと片原町駅の西側を中心にゲイバーが7店、発展旅館の喜楽会館を含めゲイ関連店舗トータルで11ヶ所ある。愛媛県松山は二番町を中心にゲイバーが9店、発展旅館が1店、高知はゲイバーなどが8店となっている[8]

九州[編集]

博多(住吉・春吉など)[編集]

福岡博多駅西鉄福岡駅天神)に挟まれた住吉春吉などを中心としたエリアにゲイタウンがある。博多の中心繁華街を南北に流れる那珂川の東(博多駅側)の住吉エリアに56店(住吉54、博多駅前2)、那珂川の西(天神側)のエリアに35店(春吉18、渡辺通7、清川7など)のゲイバーを始めとしたゲイ関連施設が集まっており、トータルでは91店ほどになる。同エリアから離れた場所を含めたトータルでは101店になり、内訳はゲイバー62、出張・売り専・売り専バー13、マッサージ10、発展場9、ショップ系6店となっている[8]

その他の九州[編集]

小倉(紺屋町)

北九州市小倉紺屋町にもゲイバーが集まるエリアがあり、「Gclick」によるとゲイバーが21店、発展場が2店、出張・売り専・マッサージが4店、トータルで29店である。九州唯一のゲイ専門映画館「名画座」も有名。

熊本(下通)

熊本下通を中心にゲイバーが7店あり、その他のエリアを含めてゲイ関連施設がトータルで16ヶ所ある。

鹿児島

鹿児島天文館通駅の南側を中心としたエリアなどにゲイバーが10、トータルで14店ある。


沖縄(桜坂)[編集]

那覇ゆいレール牧志駅西口にある歓楽街、桜坂にゲイ・タウンがある。桜坂は国際通りと平和通り(アーケード街)に直角に囲まれた南東エリアで、桜坂劇場や希望の丘公園に近い、桜坂中通りや桜坂通り、グランドオリオン通りを中心としたエリアにゲイ系店舗が29店(2013年1月)ほど集まっている。国際通りの北側や安里駅付近などにもゲイ施設があり、トータルすると36店ほどになる。那覇市全体ではゲイバー25、発展場5、ゲイ系店トータルで39ヶ所、沖縄県全体ではゲイ系店が54ヶ所ある(2013年1月)[8]

日本のゲイタウン・ゲイスポット一覧[編集]

ゲイバー・発展場の店舗数[編集]

ゲイバーの店舗数(ゲイイエローページ「Gclick」《2013年》より. 売り専バー、ビアンバー含めず)

  • 新宿二丁目 - 274
  • 堂山 - 154
  • 上野 - 95
  • 浅草 - 67
  • 新橋 - 66
  • 名古屋(栄4丁目・伏見駅) - 63
  • 博多 - 62
  • ミナミ(主に難波4丁目) - 42
  • 横浜(通称:野毛又は桜木町) - 37
  • 札幌 - 32
  • 広島 - 30
  • 新世界・那覇(那覇市全体) - 25
  • 池袋・小倉 - 各21
  • 京都 - 17
  • 仙台 - 14
  • 岡山 - 13
  • 静岡 - 10
  • 金沢・松山 - 各9
  • 渋谷・浜松・高知 - 各8
  • 高松・熊本 - 各7
  • 中野・姫路 - 6


ゲイ関連店舗トータル(ゲイ・イエローページ「Gclick」《2013年》より. ビアン系含めず)

  • 新宿二丁目 - 402
  • 堂山 - 230
  • 上野 - 123
  • 博多 - 91
  • 名古屋(栄4丁目・伏見駅) - 82
  • 浅草 - 80
  • 新橋 - 74
  • ミナミ - 60
  • 横浜 - 53
  • 札幌 - 51
  • 池袋・広島 - 37
  • 新世界 - 32
  • 京都 - 30
  • 小倉・桜坂(那覇、桜坂+その周辺では36、那覇市全体では39) - 29
  • 中野 - 25
  • 仙台・岡山 - 21
  • 三宮 - 19
  • 西新宿(新宿駅西口)- 18
  • 歌舞伎町 - 17
  • 熊本 - 16
  • 渋谷 - 15
  • 北新宿/大久保・金沢 - 14
  • 高松 - 11
  • 高田馬場・静岡・松山 - 10
  • 代々木 - 9
  • 蒲田・大井町(東大井)・八王子 - 5
  • 高円寺 - 4
  • 赤羽・六本木 - 2


ゲイバー・売り専バーの店舗数(Badi《1998年3月号》「男のイエローページ」による)

  • 新宿二丁目エリア - 263
  • キタ(堂山)- 112
  • ミナミ - 51
  • 名古屋 - 50
  • 上野 - 46
  • 博多 - 38
  • 札幌 - 30
  • 横浜・大阪新世界 - 29
  • 浅草 - 27
  • 京都 - 21
  • 池袋 - 20
  • 那覇 - 17
  • 小倉 - 16
  • 新橋・広島- 15
  • 岡山 - 13
  • 仙台 - 12
  • 静岡 - 11
  • 三宮・熊本 - 10
  • 青森 - 8
  • 金沢 - 7
  • 秋田・高円寺・姫路 - 各6
  • 渋谷・千葉・新潟・岐阜・高知・松山・宮崎・鹿児島 - 各5
  • 蒲田・大井町・八王子 - 各4
  • 函館・八戸・青森・郡山・高崎・西川口・水戸・長野・浜松・大分・長崎 - 各3
  • 盛岡・福島・いわき・宇都宮・小山・中野・赤羽・浦和・川越 ・川崎・松本・沼津・四日市・福井・新大阪・明石・福山・徳島・松江・別府 - 各2
  • その他 - 1店舗のみのエリアは含めず。

発展場の店舗数(Badi《1998年3月号》「男のイエローページ」による)

  • 新宿二丁目エリア - 18 
  • キタ - 12
  • ミナミ ・博多 - 各9
  • 名古屋 - 6
  • 池袋・渋谷・中野・横浜 - 各4
  • 大久保・外苑前・札幌・仙台・那覇 - 各3
  • 上野・高田馬場・静岡・浜松・金沢・新世界・広島・高松・小倉・熊本 - 各2
  • 弘前・新潟・大宮・津田沼・日吉・松山・福山・宮崎・長崎・別府・大分・鹿児島 - 各1

注)[21]

世界の主なゲイ・タウン[編集]

詳細は「List of gay villages」参照

台湾

西門紅樓 南広場
台湾台北市

韓国

フランス

イギリス

ドイツ

スペイン

ギリシャ

米国

カナダ

メキシコ

オーストラリア

脚注[編集]

  1. ^ “「東の新宿、西の堂山」ゲイタウンにみるHIV意識”. 産経ニュースWEST (産経新聞社). (2012年6月16日). http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120616/wlf12061618000018-n1.htm 2012年6月16日閲覧。 
  2. ^ a b 『消える「新宿二丁目」―異端文化の花園の命脈を断つのは誰だ?』(彩流社、2009年)ISBN-13: 978-4779114106
  3. ^ Australian gay bar wins right to ban 'predatory females' ". Nothing To Do With Arbroath. JUNE 11, 2011
  4. ^ a b c d e f 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P132「日本男色史」より。
  5. ^ 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)ゲイリベレーション。
  6. ^ 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P84「クルージングゾーン②ホテル・サウナ」、「現代遺跡・現代風俗91」(現代風俗研究会,リブロポート)より。
  7. ^ 産経新聞2012年7月3日配信「新宿二丁目最大のゲイバーグループ摘発」
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q ゲイ・イエローページ「Gclick」(2013年1月)より
  9. ^ 「同性愛と同性心中の研究」(1985年.小峰研究所.小峰茂之南孝夫共著)「同性愛の一類型(男娼)について:戦前の一時期上野公園に屯した男娼群の観察を通して」
  10. ^ 上野を同性愛者の街として取り上げた戦後直後の記事一覧
    • 「飢餓と淪落の生態 上野に拾う職業諸相」『旬刊ニュース』32号(1947年1月1日,角達也、男娼について)
    • 「上野の人々」『実話新聞』(1947年10月28日 - 男娼について)
    • 「ノガミに生くる人々」『アサヒグラフ』(1948年6月2日)
    • 「狩り込み探訪記:男娼も居る上野の夜」『桃色ライフ』(1949年4月25日,関本喜仲)
    • 「上野の森:夜の生態男と女」『探訪読物』(1949年6月1日,牧竜介,男娼について)
    • 「作家と男娼と強盗」『週刊読売』1953年8月2日(男娼・上野・三島由紀夫について)
    • 「上野駅で街娼手入れ」『読売新聞』(1956年8月24日,男娼について)
    • 「男娼に気をつけろ」『風俗奇譚』(1960年1月)
    • 「上野の森の昼も夜も 禁じられた犯罪・情事のメッカ」『週刊サンケイ』(1960年11月21日,男娼について)
    • 「上野ホモ・ガイド完全レポート:『ホモ生活 上野の24時間』『上野を裸にしてみる・直撃座談会』など」『アドニスボーイNO.8』(1973年,アドニス通信社)
    • 「上野の森で」『性生活報告』(1990年11月,HM生,男娼の森・男娼について)など。
  11. ^ 「伊藤文学さんのところにゲイ雑誌Badiの取材がっ!03」より。
  12. ^ 但しその前に鶯谷に砂川屋という発展旅館が短い間あったといわれているが未検証である。
  13. ^ a b Badi1998年5月号「ゲイ用語の基礎知識」。
  14. ^ Badiより。
  15. ^ Badi1998年3月号の西武苑の広告に「当館は40周年を迎える事に成りました。」とある。
  16. ^ 「つわものどもの夢のあと-渋谷『千雅』物語1」(伊藤文学のひとりごと2005年6月21日)
  17. ^ Badi(1998年3月号)「男のイエローページ」より。
  18. ^ 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)ゲイニューウェーブ・関西ゲイ情報より。
  19. ^ 竹の屋は一説には昭和28年(1953年)開店。竹の屋の前に鶯谷に砂川屋が短い期間あったという説もあるが未検証である。
  20. ^ バディ1997年4月号「WALKIN BADI26名古屋」
  21. ^ 以上の出典Badi(1998年3月号)「男のイエローページ」より。
  22. ^ Gary J. Gates Same-sex Couples and the Gay, Lesbian, Bisexual Population: New Estimates from the American Community Survey (PDF, 2.07 MiB). The Williams Institute on Sexual Orientation Law and Public Policy, UCLA School of Law October, 2006. Retrieved April 20, 2007.
  23. ^ American Community Survey 2000
  1. ^ 阪神高速1号環状線阪神高速15号堺線
  1. ^ 新宿地区のエリア別ゲイ店舗の数
    • 新宿二丁目 402
    • 西新宿 18
    • 歌舞伎町 17
    • 北新宿・大久保 14
    • 代々木 9
    • 新宿地区トータル 460 (「Gclick」2013年1月27日)より。
  2. ^ 上野ゲイ・タウンにある123店の所在地別内訳
    • 上野駅(入谷口)と昭和通りの間 61 
      • 上野7丁目 58 
      • 上野6丁目 1 など
    • 上野駅(入谷口)北側エリア3
      • 北上野1丁目 2
      • 鶯谷駅根岸1丁目 1
    • 昭和通りの外側エリア 49
      • 東上野4丁目18
      • 東上野3丁目 15
      • 東上野5丁目 11
      • 東上野丁目不明 2
      • 元浅草2丁目(荷町駅南東) 3
    • 御徒町駅周辺 7
      • 上野3丁目 4
      • 東上野1丁目 1
      • 台東3丁目 1 など(「Gclick」2013年1月)より。
  3. ^ 堂山ゲイ・タウンにある230店の所在地別内訳
    • 中核エリア:堂山町166、神山町10、兎我野町6、万歳町1
    • 大阪環状線高架北側:中崎/中崎西16、鶴野町3、黒崎町3、茶屋町1、浮田1
    • 梅田芸術劇場近く:中津11、豊崎3
    • 堂山町の南側:曽根崎/曽根崎新地2、南森町1店など(「Gclick」2013年1月27日)より。
  4. ^ 難波ゲイタウンにある約60店の所在地別内訳
    • 中核エリア:難波4丁目 39、難波中1丁目 4
    • 日本橋駅周辺:千日前1・2丁目2、日本橋1・2丁目2
    • 東心斎橋1・2丁目4、西心斎橋1
    • 元町1・2丁目 3
    • 道頓堀2丁目 1(「Gclick」2013年1月)より。
  5. ^ 名古屋エリアのゲイ系92店の所在地別内訳
    • 栄駅を中心としたエリア57店(栄4丁目42店、栄3丁目3店、栄5丁目4店、 錦3丁目2店、新栄1丁目5店、東桜2店)
    • 伏見駅を中心としたエリア25店
      • 栄1丁目(伏見駅南西)10店
      • 錦1丁目(伏見駅北西)7店
      • 名駅南1丁目(伏見駅南)2店
      • 栄2丁目(伏見駅南東)1店
      • 名駅南3丁目3店
      • 上前津1店
      • 大須1店
    • 名駅2丁目1店
    • 椿町3店
    • 太閤1丁目1店など。
  1. ^ 江戸における陰間茶屋があった場所と軒数。
    • 芳町 (現日本橋人形町1-3丁目、13軒)
    • 堺町・葺屋町 (現日本橋人形町3丁目、14軒)
    • 湯島天神 (10軒)
    • 芝神明 (7軒)
    • 麹町平河町天神 (3軒)
    • 神田花房町 (3軒)
    • 木挽町 (3軒)
    • 八丁堀代地 (2軒)
    • 市谷八幡 (2軒)『江戸の下半身事情』(永井義男著,祥伝社新書)より。

関連項目[編集]