倉敷チボリ公園

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チボリ・ジャパン株式会社
Tivoli Japan Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 〒710-0813
岡山県倉敷市寿町12番1号
設立 1990年2月20日
業種 サービス業
事業内容 遊園地の経営及び設計並びに運営のコンサルティング
代表者 代表清算人 坂口正行
資本金 160億9000万円
発行済株式総数 32万1800株
特記事項:2009年1月1日解散。現在は清算中。
  
倉敷チボリ公園(倉敷駅北口より)
入口

倉敷チボリ公園(くらしきチボリこうえん)は、岡山県倉敷市寿町(JR倉敷駅北口前)にあった公園、都市型テーマパーク

1997年(平成9年)、旧倉敷紡績倉敷工場跡地に開園。デンマークコペンハーゲンにある世界最古のテーマパークで、数々の童話を世に送り出したハンス・クリスチャン・アンデルセンが頻繁に訪れた事でも知られる「チボリ公園」をモデルとしており、園内にはデンマークやアンデルセンをイメージしたアトラクションや庭園、ショップ、レストラン、劇場などが点在していた。

敷地面積は約12ヘクタール。2008年11月の時点では、園内には20のアトラクション、13の土産物店、14のレストランがあった。

運営は、岡山県などが出資する第三セクターチボリ・ジャパン株式会社が行っていた。経営難のため、2008年12月31日の営業終了(正確には2009年1月1日の午前1時)をもって閉園し、11年の短い歴史の幕を閉じた。

目次

[編集] 園内

シンボルは中央の「プレーネン広場」に接した「チボリタワー」と観覧車「チボリバルーン」。また「アンデルセンホール」や「カルケバルン劇場」などのホールがあり、アンデルセンホール前に「チボリ湖」と称する池が存在していた。アトラクションとしてはロイヤルコペンハーゲンのティーカップをイメージした「ロイヤルティーカップ」、北欧神話主神オーディンから名付けられたジェットコースター「オーディンエクスプレス」などがあった。開園当時は企業の後援を得たレストランも複数存在したが、利用者の低下に伴い末期には僅かとなっていた。なお、自前の駐車場は確保できなかった。

[編集] 沿革

[編集] 誘致から開園まで

1987年に、岡山市制100周年記念事業として、岡山市北長瀬の岡山操車場跡地(現在岡山ドーム、アクションスポーツパーク岡山、JR北長瀬駅などが立地)に計画され、1990年2月に誘致のため、岡山県と岡山市により第3セクターのチボリ・ジャパン社が設立された。

しかし同年8月にチボリ・ジャパン社のずさんな経営が発覚。また地元の反対などに見舞われたことなどから、推進派だった当時の岡山市長・松本一が1991年1月に辞職の上市長選に再出馬したが、見直しを掲げる候補の安宅敬祐に敗れた。最終的に新市長の安宅は撤退することを決めた。また、同時期に倉敷駅北側に立地するクラボウ倉敷工場(旧万寿工場)が閉鎖されることが明らかになる。

9月、長野士郎岡山県知事(当時)が渡邊行雄倉敷市長(当時)にチボリ受け入れを要請し、1993年6月土地所有者のクラボウが倉敷工場跡地へのチボリ受け入れを決定した。9月には、倉敷市議会も倉敷工場跡地へのチボリ誘致を決定した。しかし、公園の経営そのものには参加せず、100億円の建設費用の助成を行うこととなった。

1994年4月に中核企業の阪急が撤退したため岡山県単独で建設されることになるが、その後も計画は順調に進み、1995年9月に着工し、1997年7月18日に開園した。 

[編集] 開園後

年度別 倉敷チボリ公園入園者数
年度 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007
入園者数(人) 2,986,471 2,941,021 2,380,300 1,819,548 1,340,072 1,162,175 1,091,068 1,105,065 910,196 819,603 752,538

(注)1997年度は7月から3月までの9ヶ月間の入場者数。

開園直後のお盆期間には東京ディズニーランドに次いで多い入場者数を記録し、開園後の数年間は200万人台の入園者数を誇っていたものの、年々利用者数は減少した。2001年4月には、経営の立て直しを期待して民間から起用された髙谷茂男が社長に就任し、業務の見直しによる経費の大幅な圧縮・削減や、より庶民的なイベント企画などが取り組まれた結果、入園者の激減には歯止めがかかり、年間110万人前後で横ばいとなった。しかし、2005年9月に髙谷が退任(10月に岡山市長に当選)する前後から状況は再び暗転し、2005年度からはついに100万人以下に割り込む状況となった。

この状態を立て直すために、2007年4月に入場料金などの料金改定を行うなどの再建計画を行って来たが、同月にチボリ・ジャパン社はデンマークのチボリ・インターナショナル社との運営契約の更新を断念した。これにより、「チボリ」の名称が2009年1月1日をもって使用出来なくなることとなった。

岡山県はその後、2009年以降は県民ないし倉敷市民の公園として活用する方向で検討し、チボリ・ジャパン社長の坂口正行は公園面積を3分の1に縮小し残りの土地を三井不動産開発主導でアウトレットモールを誘致する考えを示した。また、5月にはチボリ・ジャパン副会長の伊原木一衛天満屋会長)が取締役会の席でデンマークのチボリ社と再契約の上で完全民営化する提案を出す[1]など、さまざまな提案がなされた。

しかし、こういった計画はどれも具体的なものにはならず、2008年5月に新倉敷市長となった伊東香織も、具体案は打ち出せなかった。 2008年8月6日、チボリ・ジャパン社取締役会において、坂口社長が前述した自らの提案は県や市の支援を得られず実現出来ないと表明。同年12月31日付での事業廃止ならびに同社解散を全会一致で可決した。これにより同日のカウントダウンをもって閉園することが決定[2]。同年8月26日の株主総会で87%の賛成(反対12%、棄権1%)を得て正式決定した。2009年1月1日以降は清算会社となり、現取締役が清算人となる。今後は土地所有者のクラボウ側に出来るだけ現在の施設や緑地を存続するように要請する方針[3]。10月14日には、チボリバルーンなどの遊具について売却を行う事と決定した[4]

なお最終年度(2008年度)は閉園間際の駆け込み需要のため初めての黒字となった[5]

[編集] 成人式

開園後2000年より恒例となっていた当園での倉敷市の成人式も2008年12月の閉園により中止、2009年(平成21年)成人式は倉敷マスカットスタジアムで行われることが決定した[6][7]。市は1999年成人式まで行われていた倉敷、玉島、児島地区の3地区分散開催をも検討していたが2000年以降実施していたチボリ公園での一括の成人式の参加率が軒並み7割を超えるものだったことから一か所での式開催に踏み切ったものと思われる。

[編集] 脚註

[編集] 外部リンク

第18回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 『おとぎの国の迷い道~倉敷チボリ公園破綻の構図~』 岡山放送制作

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