陽暉楼

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陽暉楼
監督 五社英雄
脚本 高田宏治
原作 宮尾登美子
出演者 緒形拳
池上季実子
浅野温子
音楽 佐藤勝
撮影 森田富士郎
編集 市田勇
製作会社 東映
俳優座映画放送
配給 東映
公開 日本の旗 1983年9月10日
上映時間 144分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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陽暉楼』(ようきろう)は1983年9月10日に公開された日本映画。配給は東映カラーワイド。上映時間は144分。

概要[編集]

鬼龍院花子の生涯』に次ぐ五社英雄宮尾登美子コンビによる二本目で、土佐高知遊廓を舞台に侠客の世界に生きる父と遊女となった娘との愛憎を描く[1]

あらすじ[編集]

逸話[編集]

1981年フジテレビ大改革の象徴的な位置付けとして新設されたのが、毎週二時間の新作時代劇を放送するという前代未聞のプロジェクト時代劇スペシャル」であったが[2]、『鬼龍院花子の生涯』で芸能界に復帰した五社が、10年ぶりに手掛けたテレビ時代劇『丹下左膳 剣風!百万両の壺』(1982年10月22日放送)の後は、視聴率が低下した[2]1983年、起死回生の賭けとして企画されたのが五社の代表作『三匹の侍』の13年ぶりのリメイクだった。フジのディレクター岡田太郎佐藤正之が中心となって準備し、大野靖子の脚本も完成、キャスティングも終了し、平幹二朗加藤剛長門勇丹波哲郎のオリジナルキャストの特別出演も決定し、長門はの稽古に入ってみんなノリノリだった[2]。ところが東映岡田茂社長から五社に「『陽暉楼』を撮ってくれ」との要請がきた[2]。五社は芸能界に復帰させてくれた岡田社長に強い恩義を感じており、また宮尾登美子ワールドに挑戦してみたいという欲求もあり、『三匹の侍』のリメイクは断り、岡田社長の方を取った[2]。さらに五社の盟友・佐藤正之も一緒に東映へ行った。大野靖子ら関係者は激怒し、五社は勿論、大野や岡田太郎、能村庸一プロデューサーらに侘びを入れたが、それは修羅場だったといわれる[2]。結局「時代劇スペシャル」は復活ならず3年で終了。五社のテレビ界復帰も閉ざされたが、五社はこの後、本格的に映画監督として巨匠の階段を昇っていく。五社にとっても人生を賭けたターニングポイントとなったのが本作であった[2]。五社は「これから一匹狼として映画界を生き抜いていく」と決意し本作の撮影前に全身刺青を彫った[3]

キャスト[編集]

スタッフ[編集]

映像ソフト化[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ぴあシネマクラブ 邦画編 1998-1999』 ぴあ1998年、682-683頁。ISBN 4-89215-904-2
  2. ^ a b c d e f g 能村庸一春日太一 『時代劇の作り方 プロデューサー・能村庸一の場合辰巳出版2011年、56-73頁。ISBN 978-4-7778-0864-9
  3. ^ 春日太一 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 文藝春秋2013年、408-409頁。ISBN 4-1637-68-10-6

外部リンク[編集]