桑名正博
| 桑名 正博 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出生 | 1953年8月7日(58歳) |
| 血液型 | A型 |
| 学歴 | 甲南高等学校(兵庫県)中退 |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 職業 | 歌手 俳優 タレント |
| 活動期間 | 1971年~ |
| 事務所 | アベノス、吉本興業 |
| 共同作業者 | THE TRIPLE X |
桑名 正博(くわな まさひろ、一時期芸名・桑名 将大、1953年8月7日- )は、ミュージシャン・俳優、実業家。血液型はA型。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 生い立ち
1830年創業の廻船問屋「桑文」の7代目の跡取りとして生まれる。妹はミュージシャンの桑名晴子。家庭には女中が2名おり、家族4人で700坪の邸宅に住んで育った。
家が広かったせいかお化けが怖くて夜ひとりで便所に行けず、晴子を起こして自分が用を済ますあいだ戸の外で待たせ、便所の中から「おるか~? おるか~?」「歌ったい」と声を出させ、便所の間中怖がっていた、と晴子が証言している。
甲南中学校2年のとき引きこもりになり、義務教育であるにも拘らず留年を経験。のち退学処分を受け、公立の中学校に移ってから卒業。高校から再び甲南に進んだが、入学式だけ出席して中退した[1]。
[編集] バンド活動
1971年ファニー・カンパニー結成。翌1972年に「スウィートホーム大阪」でデビュー。 1973年『ファニー・カンパニー』、1974年『ファニー・ファーム』と2枚の名アルバムを残し、同年解散。
1998年から2002年までは「THE TRIPLE X」というバンドを中心にして活動していた。
[編集] ソロ活動
1975年にソロ活動を開始し、1976年、RCAからアルバム『Who are you?』をリリース。1979年カネボウ化粧品キャンペーンソング『セクシャルバイオレットNo.1』などが代表作。いわゆる「ロック歌謡」と呼ばれたジャンルがブームだったのもこの頃である。しかし、「桑名節」と言われるほど、桑名の歌声は今もなお色あせない魅力を持つ。
[編集] 転落
1977年にコカイン所持で逮捕(いわゆる「芸能界大麻汚染」)され、懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受けた。ちなみに妹・晴子も、1981年12月に大麻取締法違反の容疑で逮捕されている。
[編集] 現在
かつては東京に拠点を置いて芸能活動をしていたが、1990年から家業を継ぐために出身地の大阪に拠点を戻した。家業は業界では名のある中堅企業「桑名興業」である。
2000年5月、桑名興業社長に就任。現在では社長業が多忙なため、東京で芸能関係の仕事は滅多にしない。2003年10月に吉本興業入りを表明。
ただし、最近は「トリビアの泉」の回答VTRにて『まんが日本昔ばなし』『燃えよドラゴン』のテーマ曲等、本来ならカラオケにはならないように思われつつ、実はカラオケになっている曲を歌うためだけに出演することがたまにある。
[編集] 人物
現在の本業は家業である桑名興業の社長であり、音楽活動は副業的に行っている状態である。
俳優としては、1980年に根津甚八、大竹しのぶと共演した『恋人たち』(TBS)での根津の不良の弟"ロク"役などで強い印象を残している。その他ドラマでは大阪弁をしゃべる気さくな役柄が多い。また、コメンテーターやリポーターなど幅広い活躍を続けている。
その荒っぽい言動や、逮捕で騒がれたことがあることから破天荒なイメージが先行しているが、現実には行動的な社会活動家として多くの足跡を残しており、障害のある子供への支援事業や、海外の戦地の子供たちへの支援活動やチャリティ或いは捨て犬の里親探しの財団を設立するといった地道な活動を、約20年に渡ってコツコツと続けている。現在の音楽活動はそのために行っている傾向が強い。本人のシャイな性格と、売名行為と中傷されることを嫌い、社会活動を行っていることを積極的にアピールすることはないが、その姿勢や活動に賛同する、西城秀樹、松本孝弘、河村隆一その他多数の芸能人がチャリティに協力している。
[編集] 家族
妹は同じくミュージシャンである桑名晴子。若い頃から非常に仲が良く、お互いライブなどに参加しデュエットする事も多い。
1980年に歌手のアン・ルイスと結婚するも、1984年離婚。二人の間には長男・美勇士がいる。また、再婚した女性(桑名栄子)との間に次男・桑名錬がいる。
2011年10月31日、美勇士に娘が誕生した。桑名にとっても、元妻のルイスにとっても初孫となる。
[編集] 逸話
- 1970年代初めに活動したファニー・カンパニーは、当時「東のキャロル、西のファニカン(ファニー・カンパニー)」と呼ばれ人気を博した。これを仕掛けたのは内田裕也という。しかし「プロとしてやっていくんだ!」「これで成り上がるんだ!」という意識の強いキャロルと比べて、ファニカンのメンバーは桑名も含めてみなノンポリでフラフラしていて「思い出を作って20歳で辞めよう」と考えていて、ライバル扱いされたことは「(キャロルに)ちょっと悪いような気がした」という。イベントで一緒になった時、ぎゅうぎゅう詰めの中古のスバル360で会場に向かうキャロルを、ファニカンの医者の息子だったメンバーの真っ赤なポルシェで追い抜いていたという。仕事が一緒になった時、矢沢永吉に「お前は甘い」と言われ、矢沢が酔って「成り上がりがどうの」と言ったために「そんな金持ってて使い方がわかんないんだったら、俺が使ってやる!」とケンカになったことがあるという[1]。
- セクシャルバイオレットNo.1がヒットし日本各地をコンサートでまわっていた頃に俳優の陣内孝則がザ・ロッカーズ」のボーカルとして 前座をつとめていた。
- 吉田豪のインタビュー『人間コク宝』(2004年、コアマガジン)で桑名は「ファニカンのメンバーはみんなドラッグをやっていた」「大阪万博のときにみんな持ち込んでた。毎日どっかのパビリオンが主催でパーティーやってて、カナダ館のコンパニオンとかとパーティーをやるとドラッグが回ってきた」ブレイク直前で逮捕されたときは「なぜ今ごろ?と思った」「ドラッグで死にかけた」などと話している[1]。
- LIVEなどステージ活動中には現在まで最も長くパートナーを組むキーボード奏者の「小島良喜」にトーク面で頼る 事が多く、「コジやん」「コジマ」「小島良喜」など、やたらとこのキーボード奏者を呼称する事が多い。
- クチ癖として「今日も二日酔いやわ~」「時間のロスや!」などが有る。「時間のロスや!」は2008年7月6日放送の『行列のできる法律相談所』に出演した際 島田紳助から「アン・ルイスさんとは会わないんですか?」「会いづらい?」と桑名自身一番触れられて欲しくない事を尋ねられ、答えに詰まり、つい出たオヤジギャグのダジャレが思いの他世間に広まってしまい、自分でもそれを認識して事あるごとに言うようになった。
- Flashを使ってホームページを作るなどパソコンやプログラミングに精通している。ホームページやYouTubeへの画像投稿や編集などはほとんど自分自身でこなしていると言う。
- 自身のサイトではmo-jaと名乗っている。由来については、「その昔、Kinki-Kidsの堂本剛が大阪で深夜番組をやってて、「先輩をニックネームで呼ぼう」とかいう企画をやっててね。たとえば「桑名さん」って呼んだら堅いし、まさか「桑名!」とは呼ばれへんし、とかでニックネームつけようって。呼び方は堂本が考えるんやけど、その頃、僕、1回ドレッドヘアーやっててんけど、その後、伸ばしてグチュグチュグチュッてカーリーになってる時で(笑)…。そしたら彼が「桑名さん、頭もじゃもじゃやから、(もじゃ)!」ていう話で(もじゃ)になってんね。その後で家の近く歩いてたりすると、中学生くらいの子に「あっ、もじゃだ~!」であんまり言われるんで、ほんだら(まさやん)はよーけおるし、ハンドルネームもmo-ja(もじゃ)にしよっていうことになったんです」と桑名自身が話している。
- 現在、2010年9月頃から始めたTwitterにはまっており、頻繁に家族や知人と連絡を取り合っている。その分、ブログや個人サイトは最近あまり更新していない。
- 島田紳助がまだ売れてない頃から目をかけており、紳助がビックネームになったここ最近でも飲みに誘った帰り際に紳助の付き人にタクシー代5,000円を渡してくれたと紳助自身が語っている。
- 現在の音楽界において、『「どんな曲ですか?」と言われるより、まず「どこのレコード会社ですか?」と言われる」』というレーベルがイニシアティブをとる現状を危惧している。
- 2008年7月6日に『行列のできる法律相談所』に出演した際、1978年に発表した曲「月のあかり」が大阪人のカラオケのスタンダード・ナンバーであり、ある年齢以上の男性であれば、ほとんどの人が歌うことができると報告された。
- 大の犬好きで軽井沢の住居では現在フレンチブルドッグをはじめ、多数の犬と共に生活している。
- 1970年代はちりちりパーマの長髪、1980年代以降は口ひげがトレードマークだった。2000年代に入りヒゲを落とし、金髪がトレードマークとなっていたが、2008年7月6日放送の『行列のできる法律相談所』に出演した際は、総白髪にひげ姿で登場した。
- 外車好きはよく知られており、デビュー当時からカマロなどアメ車をよく運転していたという。なお現在はゲレンデヴァーゲンをマネージャーを兼ねる夫人が運転して、移動する事が多い。
- 「セクシャルバイオレットNo.1」が大ヒットしコンサートの多かった頃には最も痩せており 身長178cm[2]にして体重が55kgそこそこしかなかった。本人曰く、カマキリのようだった。しかし30代に入ってからは暴飲暴食がたたって太ってしまい、30代後半から40代にかけてはもう少しで90kgに届こうというところまでいった。その後40代後半から体重を落とし70kg半ば程度を維持。50歳を過ぎてから更にダイエットを意識し、五穀米中心の食事で68kgまで痩せた。
[編集] 所属事務所
ウエストポイント → ホットスタッフ・プロモーション → オフィスクワナ → アベノス・吉本興業
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- 哀愁トゥナイト(1977.6.5) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:萩田光雄
- サード・レディー(1978.11.25) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:鈴木茂
- スコーピオン(1979.421) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:桑名正博&Tear Drops,戸塚修
- セクシャルバイオレットNo.1(1979.7.21) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:桑名正博&Tear Drops,戸塚修 カネボウ化粧品キャンペーンソング、オリコン1位獲得。
- THE SUPER STAR(1979.12.1) 作詞:松本隆/作曲:筒美京平/編曲:桑名正博&Tear Drops,鈴木茂
- ダーティーヒーロー(1980.5.1) 作詞:下田逸郎/作曲:桑名正博/編曲:桑名正博&Tear Drops 名義は桑名正博&TEAR DROPS。
- ロンリネス(1980.10.5) 作詞:下田逸郎/作曲:筒美京平/編曲:桑名正博&Tear Drops
- 追跡ハートエイク(1981.3.5) 作詞:糸井重里/作曲:桑名正博/編曲:桑名正博,萩田光雄
[編集] アルバム
- Who are you?(1976.7.5)
- マサヒロ・II(1977.7.5)
- テキーラ・ムーン(1978.7.5)
- ロード・マシーン(1979.1.25)
- No.5(1979.10.6.21)
- コミュニケーション(1979.12.16) セクシャル・バイオレットNo.1を収録、オリコンBEST10入り。
- TEAR DROPS(1980.6.21)
- MILLER DR.(1981.11.21)
- KUWANA(1988.2.5)
[編集] 出演
[編集] 映画
- ションベンライダー(1981年)
- 唐獅子株式会社(1983年)
- コミック雑誌なんていらない(1986年、日活)
- 野獣伝説(1993年)-主演
- 特命係長 只野仁 最後の劇場版(2008年、松竹)
[編集] オリジナルビデオ
- 難波金融伝 ミナミの帝王 恐喝(おどし)のサイト(2004年、ケイエスエス)
- 極道の紋章シリーズ(2000年代・ミュージアム)
[編集] テレビドラマ
- 恋人たち(1980年、TBS)- 六太郎(ロク)役
- ハーフポテトな俺たち(1985年、NTV)
- 明日を殺さないで(1985年、CX)
- となりの女(1986年、TBS)
- 風を愛して(1986年、NHK総合)
- お坊っチャマにはわかるまい!(1986年、TBS)
- な・ま・い・き盛り(1986年、CX)
- ジャングル(1987年、NTV・東宝)- 小日向刑事 役
- 嘘つき(1990年、NTV)
- 花吹雪女スリ三姉妹(1994年、ABC)
- 婚姻関係(1994年、MBS)
- 三番テーブルの女(1996年、CX)
- ラブ&ピース(1998年、NTV)
- バーチャルガール(1999年、NTV)
[編集] ラジオ番組
[編集] CM
- 日産・フェアレディZ(Z32型) -「スポーツカーに乗ろうと思う」のナレーション
- 日産・ルネッサ - 江川卓、内藤剛志と共に出演
- サントリー「ザ・カクテルバー」
- オリバーソース
- 弁護士法人ITJ法律事務所(歌のみ)
[編集] 舞台
- 服部家の人々
- IMAGINE 9.11(2007年8月)
[編集] 親交のある人物
- 島田紳助
- 河村隆一
- 西城秀樹
- 今陽子
- 原田芳雄(息子でギタリストの原田喧太がメンバーとして時たま参加している)
- 安岡力也
- やしきたかじん
- B'z(かつてギターの松本孝弘が自身のバックミュージシャンとして参加していた。その縁で現在もヴォーカルの稲葉浩志を含め、飲み友達である。)