王様と私

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王様と私
The King and I
監督 ウォルター・ラング
脚本 アーネスト・レーマン
原作 マーガレット・ランドン
製作 チャールズ・ブラケット
出演者 ユル・ブリンナー
デボラ・カー
音楽 リチャード・ロジャース
オスカー・ハマースタイン2世
アルフレッド・ニューマン
撮影 レオン・シャムロイ
編集 ロバート・L・シンプソン
製作会社 20世紀フォックス・スタジオ
配給 20世紀フォックス
公開 アメリカ合衆国の旗 1956年6月28日
日本の旗 1956年10月26日
上映時間 133分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
タイ語
興行収入 21,300,000ドル(北米興収)
8,500,000ドル(北米配収)
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王様と私』(おうさまとわたし、The King and I)は、マーガレット・ランドン1944年に発表した小説Anna and the King of Siam』(アンナとシャム王)を原作として、1951年に初演されたミュージカル作品、また1956年に製作されたアメリカ映画ロジャース&ハマースタインのミュージカル、ミュージカル映画として名高い。

映画『王様と私』は、同原作で1946年に製作された映画『アンナとシャム王』(Anna and the King of Siam)のミュージカル・リメイク。原作は、1951年初演のミュージカル(ガートルード・ローレンスユル・ブリンナー出演)、1956年製作の映画のほかにも、繰り返しリメイクされている。

19世紀のタイ国王ラーマ4世の王太子(後のラーマ5世)の教育係として雇用されたイギリス婦人アンナ・レオノーウェンズ(1831年11月5日 - 1915年1月19日)が、文化の違いに悩まされながらも、しだいに理解を深めて行く過程を描いたもので、いわゆるウェスト・ミーツ・イースト(West meets East)ものである。

あらすじ[編集]

1860年代のこと、夫を亡くしたイギリス人女性、アンナ・レオノーウェンズは、王子・王女の家庭教師として、タイ王国首都バンコクの王宮に迎えられた。アンナは、封建的なタイ王室に近代の風を取り込もうとして、伝統としきたりを重んじる頑迷な王様と対立してしまう。しかし、衝突と対立を繰り返すうち、次第に二人は引かれ合うようになる。

映画作品の特色・受賞歴[編集]

映画『王様と私』は公開当時、シネマスコープ20世紀フォックス社によって開発されたワイド・スクリーン)を活用したミュージカル映画として、全世界で好評を博した。

本作は、アカデミー作品賞、監督賞など9部門にノミネートされた。作品賞の受賞は逃したものの、「シャムの王様」役のユル・ブリンナーはアカデミー主演男優賞、衣裳のアイリーン・シャラフはアカデミー衣裳デザイン賞、美術のライル・R・ウィラー、ジョン・デ・キュアらはアカデミー美術賞、また、ミュージカル映画音楽賞、録音賞の5部門で獲得した。

また、本作はゴールデングローブ賞 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門) を獲得し、「アンナ」役のデボラ・カーはゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ミュージカル・コメディ部門) を受賞した。

映画のキャスト[編集]

ほか

タイ王国における作品の扱い[編集]

「王様」のモデルは、タイ仏教の改革と列強諸国との外交に努めたタイ国王・ラーマ4世(在位:1851年 - 1868年)とされる。王が、イギリスからアンナ・レオノーウェンズ(Mrs. Anna Leonowens)を家庭教師に招き入れ、西洋の教育を子弟に行った。

アンナは、この体験を元にして、1870年に「The English Governess at the Siamese Court」(シャム宮廷のイギリス人女性家庭教師)を、1873年には「Siamese Harem Life」(シャムの後宮生活)を著した。両書を元に、マーガレット・ランドンが小説『Anna and the King of Siam』(アンナとシャム王)を創作、これがミュージカルや映画の原作となった。

アンナの著書には創作と誇張が多い[要出典]。タイには不敬罪が存在するため、上演・上映が禁じられている。

実際のレオノーウェンズとタイ国王[編集]

フィクションでは、夫を無くしたイギリス在住の婦人が教育係として請われて、初めて東洋に足を踏み入れることになっているが、実際のレオノーウェンズはインド生まれで生涯の大半をインド、東南アジアで暮らしており、東洋の文化には慣れていた。また、教育係 (goveness) ではなく、単なる英語教師を募集していたのを見て応募したものであり、ラーマ4世との関係もそれ程深いものではなかったと言われる。王太子(後のラーマ5世)が即位後、奴隷制を廃止するのはレオノーウェンズの教育(アンクル・トムの小屋の話をした)の影響の様に描かれるが、単なる時代の流れへの対応と見られている。

なお、レオノーウェンズの息子ルイはその後タイに定住し実業家となっており、王族の娘と結婚している。彼の残した会社は現在でも存在する。

舞台版[編集]

1951年セント・ジェームズ劇場で初演。この初演は3年間で1246公演のロングランを記録した。1952年トニー賞では作品賞・主演女優賞など5部門を受賞。初演より王様役を務めたユル・ブリンナーは、1985年に他界するまで4,625回の主演公演を務めた。[1]

1996年の再演では、ルー・ダイアモンド・フィリップスドナ・マーフィーで主演を務めた。[2]

2015年版では、渡辺謙の王様役、ケリー・オハラのアンナ役での上演が決定している。[2]

日本版[編集]

1965年に日本初演。初演から王様役を務めた松本幸四郎[3]は、1991年にイギリスロンドンウエストエンドサドラーズ・ウェルズ劇場の公演も出演し、スーザン・ハンプシャーと共演した。[1]

2012年の再演からは、一般財団法人映画演劇文化協会が運営する「ハロー・ミュージカル! プロジェクト」として全国各地で上演。2011年の公演決定発表時は、貴城けいがマリア役を務める予定だったが、病気療養により降板し、紫吹淳が代役となった。[4]

主なキャスト

アニメ版[編集]

本作をほぼ忠実にアニメ化した。

脚注[編集]

  1. ^ a b シアターリーグ>ミュージカル>王様と私
  2. ^ a b 「王様と私」ブロードウェイ公演 渡辺謙出演(シアターリーグ、2014年7月3日)
  3. ^ 初演当時の芸名は市川染五郎
  4. ^ 貴城けいがミュージカル『王様と私』を降板(シアターガイド、2011年11月29日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]