ロスチャイルド家

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ロスチャイルド家の紋章、五本の矢はロスチャイルド五兄弟を示す
Schloss Hinterleiten(ドイツ語) オーストリアの ニーダーエスターライヒ。1887年建造。オーストリアの分家によって建てられた別荘
Waddesdon Manor(英語) イギリスのバッキンガムシャー。1889年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘
Château de Montvillargenne(フランス語) フランスのオワーズ。1900年建造。フランスの分家によって建てられた邸宅
Chateau de Ferrieres(英語) フランスのセーヌ・エ・マルヌ。1854年建造。フランスの分家によって建てられた別荘。フランスにおいて19世紀の最も大きな別荘であり、30 km² の面積を占める

ロスチャイルド (Rothschild) は元来ユダヤ系ドイツ人の一族であり、18世紀からヨーロッパの各地で銀行を設立し、現在に至っている。現在、ロスチャイルド家が営む事業は主にM&Aのアドバイスを中心とした投資銀行業務と富裕層の資産運用を行うプライベート・バンキングが中心である。ドイツ語読みでロートシルトと呼び習わすこともある(赤い盾の意味)。

目次

[編集] 歴史

[編集] 基礎

初代のアシュケナージ(アシュケナジム)・タルムードのユダヤ系ドイツ人であるマイアー・アムシェル・ロートシルト(1744-1812年)がドイツフランクフルト・アム・マインで開いた古銭商・両替商に端を発し、ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世との結びつきで経営の基礎を築いた。ヨーロッパに支店網を築き、彼の5人の息子がフランクフルトロンドンパリウィーンナポリの各支店を担当、相互に助け合いながら現在のロスチャイルドの基盤を築いた。

特にロンドンのネイサン(1777-1836年)とパリのジェームスが成功を収めた。ネイサンはナポレオンが欧州を席巻する中で金融取引で活躍し、各国に戦争の資金を融通した。また、ワーテルローの戦いでナポレオン敗退の報をいち早く知ると、英国債の空売りによる暴落を誘導後に一転買占めた取引で巨額の利益を得て、英国金融界での地位を確固たるものにした。一方、ジェームスは当時の成長産業だった鉄道に着目し、パリ~ブリュッセル間の北東鉄道を基盤に事業を拡大していった。

パリのロスチャイルドは、1870年に資金難にあえぐバチカンに資金援助を行うなどして取り入り、その後ロスチャイルド銀行は、ロスチャイルドの肝いりで設立されたバチカン銀行(正式名称は「宗教活動協会」、Instituto per le Opere di Religioni/IOR)の投資業務と資金管理を行う主力行となっている。

ロンドンのロスチャイルドは、政府にスエズ運河買収の資金を提供したり、第一次世界大戦の際にパレスチナでのユダヤ人居住地の建国を約束させる(バルフォア宣言:後のイスラエル建国につながる)など、政治にも多大な影響力を持った。特に保守党トーリー党)のディズレーリとの政商関係が有名。

[編集] 日露戦争

日本日露戦争を行う際、膨大な戦費をまかなうため日英同盟を根拠にして外貨建て国債をロンドンで発行した。当時世界最大の石油産出量を誇っていたカスピ海バクー油田の利権を持つロスチャイルド家は購入を断わったが、ニューヨークのクーン=レーブ商会の銀行家でユダヤ人のジェイコブ・シフを紹介した。そして、ジェイコブ・シフが支援を申し出たため、外債募集に成功した。日本は戦争に勝ったがロシアから賠償金を獲得できず、ジェイコブ・シフに金利を払い続けた。この為に、「日露戦争で最も利益を得たのはジェイコブ・シフ」と言われている。その後、ジェイコブ・シフ率いるクーン=レーブ商会は一時はジョン・モルガンモルガン財閥と並立する存在になった。

[編集] バクー油田

日露戦争の一方で、ロスチャイルド家はロシア石油開発に巨額の投資を行っていた。バクーで大掛かりに油井が掘削されたのは1846年である。1872年にロシアが石油産業の国家独占を廃止し、油井を売却すると、ロスチャイルド家など欧米諸国から石油資本が流入して急速に発展を遂げ、未だペルシア湾の油田が開発されていなかった20世紀初頭には、世界の石油生産の過半を占めた。この時代のバクーは石油産業から近代的工業都市へと発展を遂げ、流入してきたアゼルバイジャン人アルメニア人の政治・経済・文化活動の中心となった。アルフレッド・ノーベルは、二人の兄と1878年に『ノーベル兄弟石油会社英語版』を設立して油田開発、ナフサ精製、輸送などを受け持って巨万の富を築いた。この活況は1920年ボリシェヴィキのバクー制圧まで続いた。

[編集] その他

ロスチャイルド家は多くの企業の設立や資本家の支援を行ってきたことでも知られる。世界最大のダイヤモンド採掘量を誇るデビアス、鉱物メジャー大手のリオ・ティント、イギリスの生命保険最大手のRSA・インシュアランス・グループJPモルガン・チェースモルガン・スタンレーの前身であるジョージ・ピーボディ&カンパニーの創始者であるジョージ・ピーボディなどがある。

[編集] 現在

現在、ロスチャイルド家が営む主な金融グループは3つあり、それぞれ別れて事業を営んでいる。

一つ目はThe Rothschild Groupである。The Rothschild Groupはフランスのパリに本拠を置くParis Orléansを金融持ち株会社とし、その傘下にフランスの投資銀行Rothschild & Cie Banqueやイギリスの投資銀行N・M・ロスチャイルド&サンズやスイスを中心に活動するプライベートバンクRothschild Bankなどをもつ。[1]ヨーロッパを中心に45カ国にオフィスを持ち、事業はM&Aのアドバイスを中心とした投資銀行業務と富裕層の資産運用を行うプライベート・バンキングが中心である。特にM&Aでは取り扱い件数がヨーロッパで一番多い。The Rothschild Groupの金融持ち株会社であるParis Orléansはパリ証券取引所に上場しており、2011年においてその総資産は86.2億ユーロである。[2]

Spencer House(英語) イギリスの ロンドン。スペンサー伯爵家の代々の邸宅。現在、イギリスの分家が99年の契約でこの邸宅を借り、ロスチャイルド家の営む投資事業会社 RIT Capital Partnersの本拠地として使用している

二つ目はEdmond de Rothschild Groupである。Edmond de Rothschild Groupはスイスに本拠を置く金融グループであり、傘下に、スイスを中心に世界中で富裕層の資産運用(プライベート・バンキング)を行うBanque privée Edmond de Rothschildや、フランスを中心に世界中でワイナリーを営むCompagnie Vinicole Baron Edmond de Rothschildなどがある。傘下のBanque privée Edmond de Rothschildスイス証券取引所に上場しており、2010年においてその総資産は123億スイスフランである。[3]

三つ目はRIT Capital Partnersである。RIT Capital Patnersは1980年に設立された、ロンドンのスペンサーハウスに本拠を置くInvestment Trustであり、アメリカやイギリスを中心として世界中の会社に投資を行っている。RIT Capital Partnersはイギリスで最大規模のInvestment Trustであり、イギリスのトップ5の一つに数えられている。[4]RIT Capital Patnersはロンドン証券取引所に上場しており、2011年において総資産は23.8億ポンドである[5]。(Investment Trustはクローズド・エンド型の投資信託の種類の一つである。一般の投資信託と違い、資本市場で資金を集め、その資金をその投資会社の方針により、ヘッジファンドや株式など様々な商品に投資する。世界の中でも特にイギリスで発展している。)

なお、3つの金融グループはそれぞれの分野で傑出した業績を誇るが、それぞれの国においてより規模の大きな競合企業が存在する[6][7][4]

現在のロスチャイルド家を代表する人物として、The Rothschild Groupを統括するダヴィッド・レネ・ロスチャイルド(David René de Rothschild)、Edmond de Rothschild Groupを統括するベンジャミン・ロスチャイルド(Benjamin de Rothschild)、RIT Capital Patnersを統括するジェイコブ・ロスチャイルドJacob Rothschild)らがいる。

[編集] ロスチャイルド家とワイン

シャトー・ラフィット・ロートシルト(日本語) フランスのボルドー。ロスチャイルド家が営むシャトー(ぶどう園)の一つ。フランスのボルドー地方の五大シャトーの一つで、ここで作られるワインは高い格式を持つ
Grüneburgschlößchen(ドイツ語) ドイツのフランクフルト。 1845年建造。 ドイツの分家によって建てられた邸宅。この建物は1944年に連合国軍の爆撃によって破壊された
Mentmore Towers(英語) イギリスのバッキンガムシャー。 1854年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘

ボルドーの赤ワイン生産者として、最高の格付けを得ている「5大シャトー」と呼ばれるブドウ園のうち2つが、ロスチャイルド家の所有となっている。そのうちシャトー・ムートン・ロートシルトは、ネイサン・ロスチャイルドの3男ナサニエルが1853年に購入したものであり、シャトー・ラフィット・ロートシルトはマイヤー・ロスチャイルドの5男ジェームスが1868年に購入したものである。1855年の格付けではラフィットが1級の評価を得たものの、ムートンは2級に甘んじた。だが、ナサニエルの曾孫のフィリップの努力により、1973年、異例の格付け見直しによりムートンも1級の地位を獲得する。

その後もフィリップとその一族は、カリフォルニアの「オーパス・ワン」、チリの「アルマヴィーヴァ」などのワインを手がけ、いずれも高い評価を獲得している。

[編集] ロスチャイルドと陰謀論

ロスチャイルド家は、反ユダヤ主義とあいまって絶えず反感、風刺、批判、陰謀論などの対象となってきた。とりわけ日本では、ロスチャイルド家が営む事業に関する日本語の正確な情報が少ないため、その陰謀論は独自の発展をとげている。(詳細は陰謀論の一覧を参照) 以下に代表的な陰謀論を示す。

  • ロスチャイルドは世界の富や銀行を操り、世界経済を支配している。
  • ロスチャイルドは国家間の戦争を助長しお金を儲けている。
  • ロスチャイルドは史上最大の富豪である。
  • ロスチャイルドはユダヤ教徒であるとともにキリスト教系の秘密結社イルミナティに所属している。

また、日本では、過去の栄華を示すために、ロスチャイルドが過去に資金を融資した実績がある政府や企業を「ロスチャイルド系の企業」として紹介されることがある。

これらの理論は、いわゆる「陰謀論」であるため、一般的に出典が示されない。

19世紀において、ロスチャイルド家の営む銀行はヨーロッパの金融業界の中で、少なからず影響力がある金融機関であった。スエズ運河の買収のためにイギリス政府に資金を融資したことや、リオ・ティントなど多くの企業の設立のために資金を融資したことは有名である。しかし、現在ではロスチャイルド家の営む銀行がヨーロッパの金融業界の中で占める地位は、かつてに比べ相対的に小さいものになっている。これには、ヨーロッパの投資銀行の業界の中でゴールドマン・サックスなどのアメリカの金融機関が徐々に影響力を持つようになったり、スイスのUBSやドイツのドイツ銀行のように資本市場から資本を調達したり合併や買収を重ねるなどして規模を大きくした金融機関が現れるなど、ヨーロッパの中で競合企業の影響力が大きくなっていったためである。また、アメリカでは、JPモルガン・チェースシティ・グループなどのアメリカの金融機関の力が大きく、ロスチャイルドの投資銀行はあまり影響力を持たない[2][6]。(世界の投資銀行の規模についてはInvestment bankingを参照)

現在のヨーロッパにはロスチャイルド家が営む金融機関より規模の大きい非公開企業は数多くあり(家具のイケアや、海運業のMSCや、プライベートバンクのピクテなど)、それらの創業者一族の中にはその資産が数兆円と小さな国の国家予算なみの規模のものもいる[8]。現在でもロスチャイルド家の一族の中にはスイスのEdmond de Rothschild Groupを統括するBenjamin de Rothschildのように個人で数千億円の資産を持つ者もいるが、史上最大の金持ちというわけではなく、ヨーロッパの富豪の一人に過ぎない。

また、ロスチャイルド陰謀論の中にはロスチャイルド家の築いた資産は複利を考えると現在では大きな金額になっているのではないかという推論もある。しかし、現在、ロスチャイルド家の一族の多くが住むイギリスとフランスでは相続税が導入され、最高税率は約40%となっており、資産を完全に受け継ぐことはできなくなっている。このため、ロスチャイルド家の中には、相続税を支払うために祖先から受け継いだ邸宅を政府が関わる財団に寄付したり、他人に売却するなどするものもいる。なお、右に掲載されている写真の邸宅のほとんどが、現在はロスチャイルド家の手から離れ、ホテルグループや政府系の機関など他法人の所有となっている。

[編集] ロスチャイルド家の家系と人物

Palais Nathaniel Rothschild(ドイツ語)オーストリア のウィーン。1878年建造。オーストリアの分家によって建てられた邸宅
Kasteel de Haar(英語) オランダのハールザイレンス。元は12世紀に建てられた城だったが、ロスチャイルド家によって1892年から1912年にかけて再建された
Rothschildschloss(ドイツ語) オーストリアのヴァイトホーフェン・アン・デア・イプス。元は13世紀に建てられた中世の城だったが、1875年にオーストリアの分家によって取得された
ロスチャイルド家の家系図についてはGenealogy of the Rothschild familyを参照。

[編集] ロスチャイルドに関する著作

Ascott House(英語) イギリスのバッキンガムシャー 元は農家の家であったが、1873年にイギリスの分家によって取得されて増築され、ロスチャイルド家の別荘となった。広い敷地を持ち、その敷地面積は13 km² になる
  • デリク・ウィルソン『ロスチャイルド──富と権力の物語』新潮社、1995年
  • フレデリック・モートン『ロスチャイルド王国』新潮社、1975年
  • ギー・ド・ロスチャイルド『ロスチャイルド自伝』酒井傳六訳、新潮社、1990年
  • ヨアヒム・クルツ『ロスチャイルド家と最高のワイン―名門金融一族の権力、富、歴史』日本経済新聞出版社、2007年
  • 横山三四郎『ロスチャイルド家──ユダヤ国際財閥の興亡』講談社、1995年
  • 広瀬隆『赤い楯』集英社、1996年
  • 藤井昇『ロツクフェラー対ロスチャイルド』徳間書店、1994年
  • 中丸薫『明治天皇の孫が語る闇の世界とユダヤ』文芸社、1998年
  • ジョン・コールマン『ロスチャイルドの密謀』成甲書房、2007年
  • ユースタス・マリンズ『世界権力構造の秘密』成甲書房、2007年
  • 菊川征司『闇の世界金融の超不都合な真実 ロックフェラー・ロスチャイルド一味の超サギの手口』徳間書店、2008年
  • 安部芳裕『金融のしくみは全部ロスチャイルドが作った』徳間書店、2008年 5次元文庫 680円(税込み)
  • 安部芳裕『日本人が知らない恐るべき真実』晋遊舎、2008年

[編集] 関連項目

Palais Freiherr Albert von Rothschild(英語) オーストリアのウィーン。1884年建造。オーストリアの分家によって建てられた邸宅
Hôtel Salomon de Rothschild(英語)フランスのパリ。1878年建造。フランスの分家によって建てられた邸宅
Villa Rothschild(ドイツ語) ドイツのフランクフルト近郊。1894年建造。ドイツの分家によって建てられた別荘。現在は高級ホテルとして使用されている
Halton House(英語) イギリスのバッキンガムシャー。1883年建造。イギリスの分家によって建てられた別荘
Villa Ephrussi de Rothschild(英語) フランスのコート・ダジュール。1912年建造。フランスの分家によって建てられた別荘

[編集] 出典

  1. ^ Banking activities organisation chart of Rothschild”. Paris-orleans.com. 2011年7月15日閲覧。
  2. ^ a b Paris Orléans Annual report 2010/2011”. paris-orleans.com. 2011年9月11日閲覧。
  3. ^ Banque privée Edmond de Rothschild Annual report 2010”. edmond-de-rothschild.ch. 2011年7月25日閲覧。
  4. ^ a b Compare All UK Investment Trusts - Money.co.uk
  5. ^ RIT Capital Patners Annual report 2011”. ritcap.co.uk. 2011年7月25日閲覧。
  6. ^ a b Bloomberg Global Financial Advisory M&A Rankings
  7. ^ Swiss Banks Buck Secrecy Squeeze With $53 Billion of Inflows Bloomberg
  8. ^ スイスの富裕層に関する記事 by Swiss info

[編集] 外部リンク

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