塩田明彦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

塩田 明彦(しおた あきひこ、1961年9月11日 - )は日本映画監督脚本家京都府舞鶴市出身。立教大学卒業。

目次

[編集] 来歴

立教大学在学中に自主映画制作サークルであるパロディアス・ユニティーに所属し、自主映画を制作する。1983年『ファララ』がぴあフィルムフェスティバルに入選し、注目を集める。卒業後、黒沢清監督作品『神田川淫乱戦争』などに助監督として参加する。1989年には高橋洋らと同人誌「映画王」を発刊。「映画王」でのインタビューがきっかけとなり、大和屋竺と出会う。大和屋のもとで脚本を学び、1991年脚本家として独立。その後、山口貴義監督『ヤマトナデシコ』などで撮影、照明を担当する。 1996年、以前に持ち込んでいた企画が採用され、OV『露出狂の女』で念願の監督デビュー。1998年に『月光の囁き』、『どこまでもいこう』が同日公開され、劇場映画監督デビューを果たす。

[編集] 監督作品

[編集] 劇場映画

[編集] 自主映画

[編集] OV

[編集] TVドラマ

[編集] Webシネマ


[編集] その他の作品

[編集] 劇場映画

[編集] テレビドラマ

[編集] OV

[編集] 受賞歴

[編集] 関連項目

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語