知床旅情

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知床旅情
森繁久彌シングル
リリース 1960年7月25日
レーベル 日本コロムビア
チャート最高順位
知床旅情
加藤登紀子シングル
リリース 1970年11月1日
ジャンル フォーク
レーベル 日本グラモフォン
ゴールド等認定
チャート最高順位
  • 1位(オリコン
  • 1971年度年間順位2位(オリコン)
加藤登紀子 シングル 年表
帰りたい帰れない
(1970年)
知床旅情
1970年
少年は街を出る
1971年

知床旅情』(しれとこりょじょう)は、森繁久彌が作詞・作曲を手がけた楽曲。初出時の題は『しれとこ旅情』。1960年発表。

目次

[編集] 解説

知床を舞台にしたご当地ソング。知床とは、北海道北東部に位置する知床半島一帯をさす[1]知床国立公園があり、2005年7月17日には世界遺産に登録された。

楽曲制作者は、俳優業のほかに歌手としてNHK紅白歌合戦への出場歴もある森繁久彌である。森繁が1960年の映画『地の涯に生きるもの』の撮影で知床半島羅臼に長期滞在した際に制作され、その最終日に羅臼の人々の前で『さらば羅臼よ』という曲名で披露された。1962年大晦日に放送された第13回NHK紅白歌合戦では、森繁自身によって披露された[2]

原曲は「オホーツクの舟歌」。徹子の部屋の第1回放送の中で、このタイトルで熱唱している。

なお、森繁は1975年3月にNHKホールで挙行された日本放送協会開局50周年記念式典において、昭和天皇香淳皇后の御前で「知床旅情」を歌唱している。

また1970年加藤登紀子がリリースしたアルバム『日本哀歌集』で取り上げ、同年にシングルカット。徐々に人気に火がついた。翌1971年にはオリコンのヒットチャートで7週連続の1位を獲得、同年のオリコン年間ヒットチャートで2位に輝いた。加藤盤の累計売上は140万枚[3]を記録。また、同楽曲で第22回NHK紅白歌合戦に初出場をしたほか、1969年に続いて2度目の第13回日本レコード大賞・歌唱賞を受賞している。同楽曲のヒットの要因としては、当時日本国有鉄道ディスカバー・ジャパンのキャンペーンを展開していたことの相乗効果もあったといわれている[3]

NHK紅白では、およそ20年後の第41回NHK紅白歌合戦でも加藤登紀子によって歌われた。2005年、第56回NHK紅白歌合戦の開催にあたりNHKが大々的に行ったアンケート「スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜[4]では、紅組対象の上位99位に入り、時代を超えて愛され続けていることを印象付けた。

目梨郡羅臼町にある、海に面した「しおかぜ公園」には、森繁久彌が出演した上記映画『地の涯に生きるもの』(原作は戸川幸夫「オホーツク老人」)の老人の像と、「知床旅情」の歌碑が建立されている。

歌詞には知床の名所・名物が多く登場する。例えば、斜里郡斜里町の町花が「はまなす」、その斜里町と本楽曲の歌碑がある「ラウス(羅臼)[5]」を結ぶ国道334号にある「」から「クナシリ」を望むことが出来る(「」は歌詞に登場する単語)。

一方、歌詞に「白夜(びゃくや)」が登場するが北海道では白夜は見られずフィクションである。

(但し、北海道東部は夏至になると、夜中の3時頃から東の空が白んで明るくなり夜が明けてくることから、その現象が本州の人間の感覚では「白夜」のように感じられたのではないかと推測される。)

本来「白夜」は「はくや」と読んでいたが「知床旅情」での「びゃくや」の読みで「白夜」という現象が日本で広く知られ一般化した。NHKでも「白夜」は「びゃくや」を標準読みにしている。

[編集] 製作者

知床旅情
作詞・作曲 - 森繁久彌

[編集] オホーツクの舟歌

森繁久彌はもうひとつの『知床旅情』とも言うべき楽曲を作詩・作曲している。

それは『オホーツクの舟歌』という曲で、その曲の歌詞は1番・2番で知床の冬の厳しさを歌い、3番で春の訪れを喜ぶとともに、かすかに見える国後を「我がふるさと」と言い、いつか帰れる日を願う、と言うものである。

この『オホーツクの舟歌』は、森繁久彌自身もレコーディングしているが、倍賞千恵子が主に歌っており、倍賞自身のアルバムに収録されている。

[編集] 関連作品

[編集] 関連項目

[編集] カヴァーした主な歌手

[編集] 脚注

  1. ^ 具体的に「知床」と名の付く市町村はない。
  2. ^ 合田道人著『怪物番組 紅白歌合戦の真実』(2004年、幻冬舎刊)に掲載の記録では、「知床旅情」でなく「しれとこ旅情」である。
  3. ^ a b 富澤一誠のフォークが好き! “ディスカバー・ジャパン”キャンペーンが後押しした大ヒット「知床旅情」、OnGen、2006年6月14日。
  4. ^ NHK紅白歌合戦で聴きたい曲を、はがき・インターネットなどで募ったもので、現時点では2005年のみ実施された企画となっている。
  5. ^ 加藤登紀子歌唱の1991年版だと「知床」に差し替えられている。
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