島唄 (THE BOOM)

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島唄(しまうた)は、日本のロックバンドTHE BOOMの楽曲である。

バージョン[編集]

「島唄」のバージョンの詳細は以下を参照。

  • 島唄
    1992年1月22日発売のアルバム「思春期」収録。
  • 島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)
    1992年12月12日発表の9枚目のシングル。沖縄方言により沖縄限定販売。
  • 島唄(オリジナル・ヴァージョン)
    1993年6月21日発表の11枚目のシングル。THE BOOM最大のヒット作となる。アルバム「思春期」とは別ミックス。
  • 島唄 2001
    2001年10月5日発表の25枚目のシングル。全体的にアレンジされたセルフカバー。
  • 島唄 2002
  • Shima-uta (acoustic) featuring IZZY
    2002年6月19日発売のアルバム「OKINAWA〜ワタシノシマ〜」収録。前者は2001のリミックス。後者は英語ver.
  • 島唄 Shima Uta
    2002年5月22日発表の26枚目のシングル。オリジナル、ウチナーグチ、2001の他、アルフレッド・カセーロのカバーが収録。
  • 島唄 (島唄20周年記念シングル)
  • 島唄(シンフォニック・オーケストラver.)
    2013年3月20日発表の34枚目のシングル。オリジナルバージョン発売から20周年を記念したセルフカバーバージョン。

経緯[編集]

THE BOOMは1992年1月22日発売のアルバム「思春期」で三線琉球音階など沖縄音楽の要素を取り入れた「島唄」を発表[1]。 またその年の12月12日には沖縄方言ウチナーグチ)で歌われた「島唄(ウチナーグチ・ヴァージョン)」を沖縄県限定でリリース、瑞穂酒造泡盛琉球泡盛 Xi(クロッシー)」のテレビコマーシャルソングに起用され(このCMも沖縄県限定)、沖縄だけで1万枚を超える売り上げを記録した(後に全国発売され、50万枚近くを売り上げている)。

一方、標準語で歌われた「オリジナル・ヴァージョン」のシングル全国発売の要望も高かったが、もともとその予定はなかったようである。THE BOOMのボーカルで「島唄」の作詞・作曲を担当した宮沢和史も当時の沖縄ブームに便乗したシングルリリースには否定的であったが、いろいろな人に意見を聞いた結果、「オリジナル・ヴァージョン」をシングル発売することにした。特に喜納昌吉(前参議院議員)から贈られた「(『島唄』を単なる沖縄音楽の真似事、と批判する者もあるが)音楽において、『魂』までコピーすれば、それはもうコピーなんかじゃないんだ」という言葉に背中を押された、と宮沢はTV番組でコメントしている[2]

こうして1993年6月21日、「島唄(オリジナル・ヴァージョン)」が全国発売となり、150万枚以上を売り上げる大ヒットとなった。その年にTHE BOOMは大晦日紅白歌合戦に出場、「レコード大賞」でも「ベストソング賞」を受賞した。また記憶に新しいのは、アルゼンチンアルフレッド・カセーロが日本語のままカバーした「SHIMAUTA」が2001年に地元で大ヒットし、サッカー2002年日韓ワールドカップアルゼンチン代表チームの応援曲に起用されたことである。その影響もあり2002年、THE BOOMの「島唄」とアルフレッド・カセーロの「SHIMAUTA」を収録した「島唄 Shima Uta」が改めてリリースされ、10万枚を売り上げるリバイバル・ヒットとなった(オリコン最高10位)。その年の紅白歌合戦にも「アルフレド・カセーロ&THE BOOM」名義で出場し、「島唄」を歌っている。又日本の高校野球では、地元・沖縄県勢選抜高等学校野球大会または全国高等学校野球選手権大会出場時に、攻撃の応援歌としてよく使用されている。

この歌について宮沢和史は1996年ねじめ正一とのテレビ対談において「坂本九の『上を向いて歩こう』のような歌を作りたかった」と述べている[3]。また、宮沢はニュース番組「NEWS ZERO」において、「沖縄戦があったことは知っていたが、集団自決ひめゆり学徒隊などのことを知らなかった。その無知だったことに対する怒りや、当時の軍事下の教育に対する疑問みたいなもので怒りがこみ上げて、地下のガマに残っている皆さんの魂を空に解放したいなみたいな思いがあって、東京で『島唄』を作った」と述べている[1][4]

BEGIN比嘉栄昇はTHE BOOMの「島唄」について、「BOOMさんの『島唄』は画期的だった。それまでは沖縄のミュージシャンは本土でどう歌えばよいか分からず、本土のミュージシャンも沖縄で歌うのは遠慮があった。その橋渡しをポンとしてくれたのがBOOMさんの『島唄』です。ありがたかった」と述べている[5]

当初沖縄では(主に沖縄民謡に関わっていた人たちに)「沖縄の人間でない人間が沖縄民謡の真似事をするなんてとんでもない」「本当に(沖縄音楽を)やりたいのなら沖縄に住め。そうすればあなたの子供ができるだろう」と痛烈に批判されTHE BOOMはショックを受けていたが、比嘉栄昇のエールを受けて非常に感謝した事を語っている。また、沖縄民謡協会でも20周年を受けて「最初はムカついたが、今は感謝している」とコメントしている[6]

THE BOOMの「島唄」と奄美・沖縄の「島唄」[編集]

島唄」は、もともと奄美群島民謡を指す言葉である。しかしTHE BOOMが沖縄のイメージの楽曲に「島唄」というタイトルを付けて大ヒットさせた為、「島唄」の語義が不正確になってしまったことを嘆く向きがある。一つは「島唄」=「琉球民謡」として一般に知られたことにより、もともと奄美群島の民謡を指す言葉であった「島唄」という言葉が琉球民謡を指しても使われるようになったこと。これは狭義の「島唄」(奄美民謡)の担い手(唄者)と、琉球民謡の担い手との双方の一部にこのことを嘆く立場が存在する。もう一つは、「島唄」=「THE BOOMの島唄」という認識が強くなってしまったことで、もともとあった伝統的な「島唄」の影が薄くなってしまったことである。

また、THE BOOMの「島唄」が全国的なヒットをしていた当時、沖縄県ではこの曲について批判的な意見も相次いだ[1]。「本土の人間に『島唄』の名を安易に使ってもらいたくない」という地元新聞への投書があったほどである。しかし、この曲を三線で弾いてみたいという若者が増え、伝統民謡離れ対策になったという。

カヴァーアーティスト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c “20年目の島唄への思い 宮沢和史さん”. NHKニュース (日本放送協会). (2013年4月26日). オリジナル2013年4月26日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2013-0426-1039-31/www3.nhk.or.jp/news/html/20130426/t10014199311000.html 2013年4月26日閲覧。 
  2. ^ いいはなシーサー」(テレビ朝日系列)2009年5月14日放送
  3. ^ にんげんマップ・歌で心を抱きしめたい」(NHK総合1996年11月11日放送
  4. ^ 2009年6月23日放送のニュース番組「NEWS ZERO」(日本テレビ
  5. ^ 2011年4月18日放送の「HEY!HEY!HEY!」(フジテレビ
  6. ^ 2013年5月30日放送の「めざましTV」(フジテレビ

外部リンク[編集]