宮沢和史

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宮沢和史
基本情報
別名 MIYA
出生 1966年1月18日(48歳)
学歴 明治大学経営学部
出身地 日本の旗 日本 山梨県甲府市
ジャンル ロック
民族音楽
職業 ボーカリスト
シンガーソングライター
俳優
担当楽器 ボーカル
ギター
活動期間 1986年 -
共同作業者 THE BOOM
公式サイト MIYAZAWA-SICK

宮沢和史(みやざわ かずふみ、1966年1月18日 -)は日本のロックバンド・THE BOOMGANGA ZUMBAのボーカリスト、シンガーソングライター俳優である。ニックネームはMIYA。身長171cm。

人物[編集]

山梨県甲府市出身。通称MIYA. 甲府市立千塚小学校甲府市立北中学校山梨県立甲府南高等学校明治大学経営学部卒業。1986年にTHE BOOMを結成、歩行者天国でのライブを積み重ねた後、1989年シングル「君はTVっ子」でデビュー。以来ほぼすべての楽曲を作詞・作曲している。グループの知名度を特に高めた楽曲として「島唄」「風になりたい」があげられる。

世界中を旅し、そこで得たインスピレーションで本格的な音楽を生み出してきた。楽曲はロックがすべての下敷きになってはいるが、沖縄民謡サンバケチャジャズテクノなど、さまざまなジャンルに造詣が深い。ソロミュージシャンとしても楽曲を多数発表している。シンガーソングライターとして楽曲提供も多数。また著書多数。以前には俳優としても活動し、ミュージカルやテレビドラマ、映画にも出演した。世界各国で歌われた「島唄」などは世界中で知られており、日本を代表するミュージシャンである。

妻はタレントでパーソナリティの光岡ディオン(1994年に結婚)。現在3人の子供がいる。

経歴[編集]

小学生の頃から音楽活動をしており、高校ではバンドを組んで学園祭で披露したりしていた。自身の音楽観に影響を与えたミュージシャンはYMO, U2, ポリススティングなど。1986年にTHE BOOMを結成し、歩行者天国(通称ホコ天)で2年ほど路上ライブを行い、人気を徐々に高めていった。

BOOMの音楽はアルバムが発表されるごとに全く違った内容になることが多く、あるときはスカ、またあるときは沖縄音楽、さらにブラジルなどと、変貌を遂げていった。

「島唄」のヒット以降、「THE BOOM=島唄(沖縄)」というイメージを持つ人、および、宮沢やグループのメンバーを沖縄出身だと勘違いする人が多くなった。

1994年11月21日、6thアルバム『極東サンバ』発表。これまでの沖縄音楽やアジアの音楽的要素から完全に脱却する。以降、1997年初頭にグループとしての活動を一時休止するまで、ブラジル音楽に傾倒(しかしコンサートでは「島唄」などこれまでの音楽も演奏されている)。この頃の代表曲が「風になりたい」である。

1996年5月、念願であったTHE BOOMのブラジルでのコンサートを3都市で行う(4公演)。

1997年1月に表立ったBOOMの活動を一時休止し、各自ソロ活動に専念。1998年3月5日には宮沢が長野パラリンピックの開会式でテーマ曲「旅立ちの時」を歌う。1999年にBOOMとしての活動を再開。以後は局地的な音楽をアルバムのコンセプトにすることはせず、さまざまなジャンルに挑戦している。

2000年には矢野顕子大貫妙子鈴木慶一奥田民生らと「Beautiful Songs」と題したコンサートを全国8ヶ所で行い、ライブアルバムをリリース(2002年にも再びこの5人でコンサートを行っている)。

2001年、アルゼンチンアルフレッド・カセーロがカバーした「SHIMAUTA」が大ヒットして日本でも話題に。国内では2002年に発売した「島唄」をまとめたシングルがリバイバルヒット。

2006年、新バンドGANGA ZUMBA結成。リーダーおよびボーカルを担当。THE BOOMとしての活動は停止。

2008年9月、ジルベルト・ジルの日本公演にスペシャル・プレゼンターとして参加し、また、THE BOOMとしての活動も再開。それからはTHE BOOMとGANGA ZUMBAの活動を並行して行っている。

2013年11月、頚椎症性神経根症治療のため約4か月の活動休止を発表した[1]

エピソード[編集]

  • 明治大学には一浪して入学している。実は現役時代、駒澤大学に合格していたが入学書類を紛失してしまったために仕方なく浪人したと本人は語っている。ところが明治大学合格後にその書類が自宅から発見されたとのこと。
  • 無類の釣り好きとして知られる。
  • ビートたけしと誕生日が同じ。また、彼の大ファンでもある。
  • 学生時代、レストランアルバイト(調理担当)をしており、料理が得意である。店長候補に挙げられ、一時は音楽と店長のどちらをとるか迷ったらしい。家でもよく料理をするそうだが、効率的に料理をする。曰く、「料理をしながら使用済みの食器類を洗い、料理が完成する頃には洗い物がほとんどない状態」だとか。
  • いい歌を作りそれを一人でも多くの人に伝えるため、CDの売り上げにはこだわっていない。現に「売れる歌は作らない」とコンサートで公言しているくらいである。
  • 「島唄」の影響か、沖縄出身だとよく間違えられる。本人曰く、「『沖縄(の出身)ですか』とよく言われていたけど、最近は『沖縄のどこですか』と聞かれる」。
  • テレビなどで山梨出身ということを振られると、たいてい「海のない所です」と言う。
  • 2001年に「島唄」がアルゼンチンで大ヒットしていることは本人は全く知らず、インターネットを見たスタッフに知らされたという。カバーしたアルフレッド・カセーロも、「島唄」の作者である宮沢に無許可でリリースしていた。しかし、後に宮沢自身がアルゼンチンまで出向き、カセーロと二人で島唄を聴衆と共に大合唱した。
  • 永谷園が1990年代末期に放送していたお茶漬けCMに宮沢そっくりの男性が出演していたが、この人物が宮沢ではないかとの噂がファンを中心に広まったことがある。宮沢本人もその話を周囲から聞かされていたらしく、テレビやラジオでこの話をしていた。また、1999年にデビュー10周年を迎えたTHE BOOMが『ミュージックステーション』に出演した際、タモリもこのことについて触れている。
  • 笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」に2度目の出演日が1995年1月17日だった(岸谷五朗の紹介)が、阪神・淡路大震災のため番組自体が休止。THE BOOMの全国ツアー中だったため、番組が通常放送に戻った翌週は出演できず、ツアー先の鹿児島から電話生出演。石田ゆり子を「お友達」として紹介した。
  • 歌声とはうって変わって、地声が低い。上記の電話出演の際、電話で話す宮沢の声を聞いたタモリが「宮沢くん、寝起き?」と尋ねたくらいである。本人は「よく言われます」と答えていた。
  • 福岡ソフトバンクホークスのファンで2003年には開幕戦の始球式をした。
  • 2005年に合併新設された甲府市立舞鶴小学校の校歌を作詞作曲。

ディスコグラフィ[編集]

CD[編集]

シングル(ソロ名義)[編集]

  1. Seven Days, Seven Nights(1998年2月18日)オリコン57位
    1. Seven Days, Seven Nights[3:35](作詞・作曲:宮沢和史)
    2. 抜殻[5:34](作詞・作曲:宮沢和史)
    3. Seven Days, Seven Nights (Instrumental)[3:35]
    4. 抜殻 (Instrumental)[5:34]
  2. ブラジル人・イン・トーキョー(1998年5月27日)オリコン77位
    1. ブラジル人・イン・トーキョー[2:45](作詞:ペドロ・ルイス/訳詞:宮沢和史/作曲:宮沢和史)
    2. 矮小な惑星[4:00](作詞:宮沢和史/作詞:レニーニ・宮沢和史)
    3. BRASILEIRO EM TOQUIO[2:45](作詞:ペドロ・ルイス/作曲:宮沢和史)
  3. 沖縄に降る雪(2001年11月7日)オリコン39位
    1. 沖縄に降る雪[5:42](作詞・作曲:宮沢和史/編曲:宮沢和史・高野寛
      • 日本通運「ペリカン便『この道は、あの人へつづく。編』」CMソング
    2. ゲバラとエビータのためのタンゴ~2001年の黙示録~[3:38](作詞:宮沢和史/作曲・編曲:オズバルド・レケナ)
    3. ちむぐり唄者 Monoaural mix[7:05](作詞:平安隆/作曲:宮沢和史/編曲:Monoaural)
    4. 沖縄に降る雪 Chari Chari mix[6:14](編曲:井上薫)
  4. コシカ/ひとつしかない地球(2005年4月22日)
    ※「ひとつしかない地球」教育団体「ラボ・パーティ」のために書かれたナンバー

シングル(その他)[編集]

  1. 神様の宝石でできた島(1994年3月21日)
    ※「MIYA & YAMI」名義
  2. 二人のハーモニー(1995年5月1日)
    ※ 「矢野顕子&宮沢和史」 名義
  3. 旅立ちの時(1998年9月10日)
    ※「宮沢和史 with 久石譲」名義
  4. ひとりぼっちじゃない(2002年7月10日)
    ※「coba & 宮沢和史」名義。劇場版ポケットモンスター 水の都の護神 ラティアスとラティオスの主題歌。
  5. からたち野道/朱鷺 -トキ-(2003年3月19日)
    ※「RIKKI + 宮沢和史」名義
  6. ありがとう(2005年3月9日)
    ※「MCU feat. 宮沢和史」名義

参加楽曲(シングル)[編集]

  1. 笑ってみせてくれ(2008年6月25日)
    JOC北京オリンピック・日本代表選手団公式応援ソング。BAND FOR "SANKA"の一員として参加。中孝介岡平健治小田和正佐藤竹善トータス松本平原綾香藤井フミヤBONNIE PINK松たか子らとの共演。

アルバム(ソロ名義)[編集]

  1. Sixteenth Moon(1998年3月18日)
  2. AFROSICK(オリジナル・ポルトガル語ヴァージョン)(1998年7月8日)
    ※「MIYAZAWA」名義・全編ポルトガル語ブラジルリリース盤
  3. AFROSICK(1998年7月18日)
    ※日本盤
  4. AFROSICK(ポルトガル語ヴァージョン)(1998年10月16日)
    ※「オリジナル・ポルトガル語ヴァージョン」の日本盤
  5. MIYAZAWA(2001年11月28日)
  6. MIYAZAWA-SICK(2003年1月16日)
    ※ベストアルバム
  7. DEEPER THAN OCEANS(2003年6月3日)
    ※「MIYAZAWA」名義、輸入盤(イギリスでリリース)
  8. SPIRITEK(2004年1月28日)
    ※セルフカヴァー集
  9. TOKYO STORY(2004年11月1日)
    ※「MIYAZAWA」名義、輸入版(イギリスでリリース)
  10. 寄り道(2007年5月15日、通信販売・ライブ会場のみで購入可能)
    ※ライヴアルバム
  11. 寄り道 06/07(2008年2月27日)
    ※前作「寄り道」にDVDを添付した作品。CDの内容は前作同様。

アルバム(その他)[編集]

  1. LOVE IS DANGEROUS(1994年4月21日)
    ※「MIYA & YAMI」名義
  2. 音の棲むところシリーズ
  3. LIVE Beautiful Songs(2000年10月20日)
    ※「大貫妙子奥田民生鈴木慶一・宮沢和史・矢野顕子」名義で発表したライヴアルバム
  4. Brasil 100 〜BEST BRASILIAN MUSIC SELECTION〜(2008年12月3日)
    ※日本人のブラジル移民100周年を記念し、宮沢がJAL機内チャンネルのために選曲したブラジル音楽の曲を中心に収録したベストアルバム。

参加楽曲(アルバム)[編集]

  1. 野に咲く花(2010年2月3日
    浜田省吾が結成したユニット「Fairlife」の3rdアルバム『みちくさ日和』収録曲。リード・ヴォーカルとして参加。

映像作品[編集]

  1. AFROSICK LIVE IN OSAKA(1998年10月18日)
  2. afrosick(1999年3月)
    ※映像の全ての編集を、宮沢和史本人が担当。
  3. 未完の夜(2001年12月6日)
  4. afrosick(2003年1月16日)
    ※1999年に発売されたVHS作品をDVD
  5. MIYAZAWA-SICK(2003年1月16日)
  6. 宮沢和史/THE BOOM 二十一世紀の音霊(2004年3月10日)
  7. EURO ASIA 〜MIYAZAWA-SICK EUROPE TOUR '05〜(2005年6月18日)
  8. 寄り道2007 夏さがし(2008年2月27日)

楽曲提供[編集]

「白百合の花が咲く頃」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:古川昌義
「あなたに会いに行こう」 作詞:大貫妙子、作曲:宮沢和史、編曲:高野寛
「TREASURE THE WORLD」 作詞:Dick Lee、作曲:宮沢和史、編曲:高野寛
「ちっぽけなボクにできること」 作詞:大倉智之・杉田篤史・グ=スーヨン、作曲:宮沢和史、編曲:幾見雅博・INSPi
「ありがとう」 作詞:MCU・宮沢和史、作曲:MCU・宮沢和史・ヤマヒロ
「ひがらがさ」 作詞:おおたか静流、作曲:宮沢和史、編曲:大村達司
「いちばん小さな島で」 作詞:織田裕二、作曲:宮沢和史、編曲:キハラ龍太郎
NO“FIN”」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:GANGA ZUMBA
「何もいらない」 作詞・作曲:宮沢和史
「愛は私の胸の中」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:喜納昌吉&チャンプルーズ
「あの海へ帰りたい」 作詞・作曲・編曲:宮沢和史
「島唄南の四季」 作詞:我如古盛栄、作曲:宮沢和史、編曲:井上鑑
「誰よりも遠くから」 作詞:宮沢和史、作曲・編曲:川村結花
「厚木」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:高野寛
「モクレンの花」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:高野寛・Tin Pan Family・弦一徹
「ピアノ」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:MARIA CASTRO BALBI
「あの頃と同じ空」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:高野寛
「時雨の森」 作詞:坂本美雨、作曲・編曲:宮沢和史
「We're gonna go home」 作詞:宮沢和史、作曲・編曲:佐藤正治
「僕の太陽」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:森俊之
「とある夏の日」 作詞:TAKA・宮沢和史、作曲:TAKA・宮沢和史・nzm、編曲:nzm
「国分寺1976」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:岸利至
「百恋歌」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:家原正樹
「Wind that blow to bikal」 作詞:宮沢和史、作曲・編曲:高橋幸宏
「僕等はもっとすごいはず」 作詞:CHAKA、作曲:宮沢和史、編曲:河野圭
「新しい日々」 作詞:CHAKA、作曲:宮沢和史、編曲:鶴来正基
「魂をコンドルにのせて」 作詞:アルベルト城間・宮沢和史、作曲:アルベルト城間、編曲:清水信之・アルベルト城間
「太陽の祭り」 作詞:宮沢和史、作曲:アルベルト城間
「鎌倉に向かう靴」 作詞:友部正人、作曲:宮沢和史
「永遠の詩」 作詞:宮沢和史、作曲:Sin、編曲:森俊也・STEPHEN
「愛よ愛よ」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:京田誠一
「月見草」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:宮沢和史・チト河内
「僕の部屋で暮らそう」 作詞・作曲・編曲:宮沢和史
「かげろう」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:宮沢和史・安斎直宗
「君だけがいない世界」 作詞・作曲:宮沢和史
「風のない朝 星のない夜」 作詞・作曲:宮沢和史
「月」 作詞:宮沢和史、作曲・編曲:Sinkiroh
「虹が出たなら」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:矢野顕子
「遠い町で」 作詞・作曲:宮沢和史、編曲:矢野顕子
「涙のようにきれいな星」 作詞:尾上文、作曲:宮沢和史、編曲:春野高広
「巡る想い」 作詞:RIKKI、作曲:宮沢和史、編曲:今堀恒雄
「地球の上で」 作詞:竹内海南江、作曲:宮沢和史、編曲:高野寛・宮沢和史
「花はただ咲く」 作詞:さくらももこ、作曲:宮沢和史

連載[編集]

書籍[編集]

  • 『セイフティ・ブランケット』シリーズ(1993-2004年)
    • セイフティ・ブランケット(1993年)
    • セイフティ・ブランケット 2(1996年)
    • セイフティ・ブランケット 3(1999年)
    • セイフティ・ブランケット 4(2004年11月2日)
    • セイフティ・ブランケット 1991-1998(2004年11月25日)
※同名本1-3をまとめた文庫版
  • 夜ふかしの凡人(1996年)
  • 『音の棲むところ』シリーズ(1996年、2000年、2007年)
    • 音の棲むところ(1996年)
    • 音の棲むところ 2(2000年)
    • 音の棲むところ 3(2007年7月31日)
  • 詞人から詩人へ(2000年)
  • 未完詩(2001年)
  • 宮沢和史全歌詞集(2001年11月22日)
  • 旅の響き(2002年2月25日)
※写真:中川正子 旅:宮沢和史
  • 寄り道(2005年6月29日)
※CD-ROM付き、コンサート会場での直接販売と通信販売のみ
  • 寄り道2(2006年6月8日)
※CD-ROM付き、コンサート会場での直接販売と通信販売のみ
  • 寄り道(上記の作品とは別物)
  • 言の葉摘み(2006年8月25日)
  • 足跡のない道(2008年6月18日)
  • BRAZIL-SICK(2008年12月3日)

出演作品[編集]

テレビ番組(レギュラー出演)[編集]

テレビCM[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

ミュージカル[編集]

ナガランド」(1992年、ディック・リー主演およびプロデュースのミュージカル)

ラジオ[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 宮沢和史(THE BOOM)歌手活動休止のお知らせ 2013年11月7日

外部リンク[編集]