佐藤竹善

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佐藤 竹善
基本情報
別名 Chikuzen
出生 1963年5月5日(48歳)
血液型 O
学歴 神奈川大学中退
出身地 日本の旗 日本 青森県
ジャンル J-POPAORR&B
職業 シンガーソングライター
活動期間 1986年 -
レーベル ファンハウス、ユニバーサル
事務所 CIA
共同作業者 Sing Like TalkingSALT&SUGAR
影響 スティービー・ワンダーランディ・グッドラム

佐藤 竹善(さとう ちくぜん[1]1963年5月5日 - )は、日本シンガーソングライターキーボーディスト音楽プロデューサー。ロックバンドSing Like Talkingのフロントマンで、ボーカル・ギター・キーボード担当しており、小田和正との共同ユニットPLUS ONE塩谷哲とのユニットSALT&SUGARのボーカルでもある。血液型O型。日本国内に於けるAORカヴァー曲パイオニアである。

目次

[編集] 経歴

1963年青森県青森市生まれ。父・祖父・曾祖父に共通して「善」の文字が冠されていた事と「竹の様にすくすくと育って欲しい」という願いから「竹善」の名が付いた[2]。幼少時は演歌一筋だったが、中学1年の時にタンカーの乗組員をしていた親戚の影響でビートルズ赤盤に出会い、それ以降洋楽に傾倒。まもなくベースを購入し、近所の友達とバンドを組み、市内で音楽活動を始める。青森県立青森高等学校進学後、軽音楽部に所属。同部で藤田千章と知り合う。その他、邦楽では主にオフコースを好んで聴いていた。

高校3年の時には保育園からの幼馴染西村智彦らとバンド「リファイナー」で活動。同年、母親からクリスマスプレゼントとして買ってもらったビリージョエルライブアルバムに刺激を受け、ミュージシャンを志すが、『プロハンター』の影響で刑事にも憧れ、1982年、神奈川大学法学部に新聞奨学生として進学と同時に上京。この時、青森の大学への進学を考えていた藤田に「東京に出てプロになろう」と誘い(藤田は明治学院大学法学部に進学)、共に音楽活動を続ける。

1983年春、武蔵野音楽学院を中退して独自に音楽活動を続けていた西村智彦と再会。西村の(元リファイナー組を含む)音楽仲間らと「514バンド」を結成するが、翌1984年初夏に解散。1984年正月に西村が周囲に何も言わずに帰郷した際には、新川博のローディーを代理で務めた。ピアノキーボードを始めたのは22歳頃になってからで、シンセサイザーも新調していた。横浜市内のタワーレコードの店舗に通い詰め、AORの存在も知った。

1985年に514バンドを前身として新バンドを結成。翌1986年、「ヤングジャンプ・サウンド・コンテスト '86」に出場する際にバンド名をSing Like Talking(以下本項では「SLT」)とする。同年12月に「TRY AND TRY AGAIN」でグランプリを取り、ファンハウスのプロデューサー(当時)武藤敏史の元で修行[3]したのち、1988年9月30日にシングル「Dancin' With Your Lies」でデビュー。

デビュー前後(1987年-1989年)にコカコーラのCMソング「I feel coke」の「さわやかテイスティ I feel coke」のキャッチフレーズで一世を風靡し、SLTが参加したイベントライブで客の反応が芳しくない時にテコ入れとして演奏していた。

1994年からSLTの活動の合間に断続的にソロ活動を行う。1996年には塩谷哲とのユニットSALT&SUGAR小田和正とのユニットPLUS ONEを結成、同年、武道館ライブに進出。1997年からは誕生日近辺にイベントライブ「CROSS YOUR FINGER」を主催。歌手・バンド活動の傍ら若手ミュージシャンの発掘・指導も行う。本人に影響されたアーティストとして、コブクロの黒田、SEAMO等が有名。

1998年、SLTデビュー10周年の年に、本人の出身地である青森市の市制100周年を記念してSLTからシングル曲「HOME TOWN」を発表。

2010年からは青森市観光大使も務める[4]

2010年以降、SLTの活動再開が決定している。

[編集] 人物

  • 好きで自身のブログでも度々掲載されている[5]
  • 少年時代は野球柔道に勤しんでおり、中学時代に所属していた柔道部では有段者である上、県大会で上位に入賞した事もある。[要出典]
  • 酒は好きだが、冷やし中華、酢の物等、酸味のある食べ物や野菜は苦手。
  • 趣味は読書ダイエット
  • デビュー前、財津和夫からチューリップのメンバー加入のスカウトが来た事もある。[要出典]
  • 幼少時代は演歌しか聴いた事が無かったが、小学生の時大音量でクイーンの曲を聴いていた近所の青年からダビングしたカセットテープを貰い、それを契機として本人の音楽に対する意欲が高まったと言う。[要出典]

[編集] ディスコグラフィ

[編集] シングル

[編集] アルバム

  • FACT OF LIFE(1999年12月1日)
  • Okra(2005年11月2日)
  • INDIGO(2007年6月20日) 雑誌「ADLIB」で、評論家選定ADLIB AWARD2007にて、国内、総合でどちらも最優秀作品賞に輝いている。

[編集] カバーアルバム

  • CORNERSTONES(1995年1月14日)
  • CORNERSTONES 2(2002年12月18日)
  • THE HITS~CORNERSTONES 3~(2004年10月27日)
  • THE SELECTION OF CORNERSTONES 1995-2004(2005年3月30日)
  • CORNERSTONES+EXTRA TRACKS(2005年3月30日)
  • ウタヂカラ~CORNERSTONES 4~(2007年11月14日)
  • CORNERSTONES DOMESTIC MIX at the lounge(2008年3月26日)
  • CORNERSTONES INTERNATIONAL MIX on the floor(2008年3月26日)

[編集] ライブアルバム

  • Alive and Kickin'(2000年11月1日)
  • introducing CROSS YOUR FINGERS(2003年8月13日)
  • Big Time~Okra Tour 2005-2006~(2006年5月31日)
  • introducing CROSS YOUR FINGERS Vol.2(2007年1月17日)

[編集] バラードベストアルバム

  • 静夜~オムニバス・ラブソングス~(2008年12月17日)

[編集] その他

[編集] DVD

  • TWO BIT STORY(2000年6月16日)
  • FIVE BIT STORY(2002年12月18日)
  • CHIKUZEN SATO TANDOKU TOUR '04 “Welcome to my room”(2005年1月26日)
  • FIVE BIT STORY II(2005年11月30日)

[編集] 楽曲提供

他多数

[編集] 参加作品

[編集] 担当番組

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 本名は同じ字でたけよしと読む。
  2. ^ それ故、幼少時代から本人の名前が「ちくぜん」と誤読される事も多く、本人も開き直った為かこの芸名にしている。
  3. ^ 他ミュージシャンへの楽曲提供・コーラス参加、Chocolate Kids Jr.としての活動等
  4. ^ [1]
  5. ^ 楽天ブログの「第2回ねこ動画コンテスト」にて一般人の作品も入り混じっている中、佐藤本人の作品が3位に入賞した事もある。

[編集] 外部リンク

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