北川フラム

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北川 フラム(きたがわ ふらむ、1946年10月5日 - ) は、日本のアートディレクター

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[編集] 来歴

新潟県高田市(現上越市)出身。新潟県立高田高等学校東京芸術大学美術学部卒業。

代官山アートフロントギャラリーを運営すると共に、アートディレクターとして国内外の美術展、企画展、芸術祭を多数プロデュースする。1997年より越後妻有アートネックレス整備構想に携わり2000年から開催されている「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」では総合ディレクターを務めるほか、瀬戸内国際芸術祭でも総合ディレクターを務めている。

父は良寛研究家の北川省一建築家原広司は姉の夫。「フラム」は本名でありノルウェー語で「前進」を意味する。

[編集] 主な役職

[編集] 新潟市美術館運営問題

2007年から新潟市美術館の非常勤館長に就任し、美術館改革を進めようとしていた。  2009年に開催された第一回水と土の芸術祭2009年ではディレクターとなる。この芸術祭では、新潟市に特徴的な「水と土」の文化を発掘・発信するものであり、美術館でも水と土に因む関連作品が展示された。しかし空調を止めたこと等により、伝統的な手法で土と藁から作られた土壁の作品からカビが発生。マスコミで騒がれた。また、関連企画展「新潟への旅」展では、展示作品より蜘蛛が発生したことが再びマスコミ等で騒がれ全国的な話題となった。  このカビ・蜘蛛は、実際には直接人体や作品への影響を与えるようなものではなかったが、大問題として騒がれた。その背景には、美術館改革に伴う前職員、地元美術関係者との確執が原因していると見られる。[1][2]  この状況鎮めるべく、準備を進めていた「奈良の古寺と仏像」展の開催のために、新潟市長は2010年3月12日付けで館長職の解任を発表、3月末の任期満了を待たず更迭に踏み切った。

[編集] 脚注

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  1. ^ 新潟市美術館 独断運営でほころび 生え抜き学芸員放出 - 毎日新聞東京朝刊28頁社会面、2010年3月21日
  2. ^ 「ガバナンスに問題あった」北川前館長、新潟市美術館の運営検証委で - 朝日新聞東京地方版/新潟25頁、2010年5月14日

[編集] 主な展覧会・プロジェクト

[編集] 主な受賞歴

[編集] 著作・編著・共著

  • 私ではなく、不知火の海が(現代企画室)1981年
  • ART UNIVERSIADE - 菜の花里見発見展記録集 -(現代企画室)2003年
  • いま、そこにいる良寛(現代企画室)2004年
  • 希望の美術・協働の夢 北川フラムの40年 1965 - 2004 (角川学芸出版) 2005年
  • 大地の芸術祭 - 越後妻有アートトリエンナーレ2006 -(現代企画室)2007年
  • つながる日本海 - 新しい環日本海文明圏を築くために -(現代企画室)2007年
  • 逸格の系譜 - 愚の行方 -(現代企画室)2007年
  • M×M -建築家が語る「都市への処方」(前田建設工業(現代企画室))2007年
  • 大地の芸術祭 (角川学芸出版、2010年7月)

[編集] 外部リンク

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