大谷 幸夫(おおたに さちお、1924年(大正13年)2月20日 - 2013年(平成25年)1月2日[1])は日本の建築家、都市計画家。東京都生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。丹下健三の片腕として、広島平和記念資料館の設計を手伝う。東京大学都市工学科名誉教授。「住宅は中庭のあるのが基本」と言う。
作品 [編集]
構想と都市計画 [編集]
- 「麹町計画」- 水谷頴介とともにコートハウスを住居単位とした市街地再構成のケーススタディ。1961年
- 協同組合富山問屋センター団地 1964年-1967年
- 川崎市河原町高層公営住宅団地(川崎市幸区 / 1969年)
- 川崎駅西口地区市街地再開発計画 1970年
- 静岡県裾野市総合開発計画 1972年
- 松本城周辺整備調査計画 1973年
- 三井インダストリアルパーク住宅地区基本計画 1973年
- 三井物産相模湖社有地尾坊地区土地利用計画と施設計画 1973年
- 建物中庭の住居環境に関する総合的研究 1973年
- シンガポールコンベンションセンター世界貿易センター基本計画
- 川口駅西口地区整備計画(斉藤邦彦アンドアソシエイツと)1980年
- 旧東京教育大学移転跡地計画 1981年-1982年
- 長野市松代伝統的建造物保全対策事業 1982年
- 東京国際空港沖合い展開に関わる整備基本計画の景観調査 1983年
- 荒川区アメニティタウン計画研究・快適環境整備事業基本計画策定 1985年
建築作品 [編集]
論文 [編集]
脚注 [編集]
関連文献 [編集]
- 『空地の思想』
- 『大谷幸夫建築・都市論集』
- 『国立京都国際会館の建築』
- 『都市的なるものへ ー 大谷幸夫作品集』
関連項目 [編集]