マニエリスム
マニエリスム (Manierismo;Maniérisme;Mannerism) とはルネサンス後期の美術で、イタリアを中心にして見られる傾向を指す言葉である。美術史の区分としては、盛期ルネサンスとバロックの合間にあたる。イタリア語の「マニエラ(maniera:手法・様式)」に由来する言葉。
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[編集] 概念
ミケランジェロに代表される盛期ルネサンスの成果は圧倒的であり、芸術は頂点を極め、今や完成されたと考えられた。ミケランジェロの弟子ヴァザーリはミケランジェロの「手法(マニエラ maniera)」を高度の芸術的手法と考え、マニエラを知らない過去の作家に対して、現在の作家が優れていると説いた。16世紀中頃からのマニエリスム期には、ミケランジェロの「マニエラ」を変形させて用いた作品が特徴的である。例えばシスティーナ礼拝堂の壁画「最後の審判」に見られるような、曲がりくねり、引き伸ばされた人体表現が多用された。この蛇状に曲がりくねった姿態を「フィーグラ・セルペンティナータ (figura serpentinata)」と呼び、盛期ルネサンス芸術の明快で調和の取れた表現とも、バロック芸術の動感あふれる表現とも異なった特有の表現として位置づけることができる。
建築の分野では、ヴィニョーラは、古典的形態要素を自由に組み合わせ大胆な平面の建物を設計し、パラディオはファサードの列柱の柱を大小混在させた(古典主義では同じ大きさの柱を並べる)。
盛期ルネサンスまでの芸術作品は教会や広場など公共施設に置かれることが多かったが、マニエリスム期の作品の多くは宮廷などの閉じたサークル内で鑑賞された。ブロンズィーノ「愛のアレゴリー」のように様々な寓意をちりばめた理知的な作品もあるが、模倣表現から型にはまった生気の欠けた作品が多いとして「マンネリズム」という蔑称になった。
しかし、マニエリスムも独立した表現形態であり、抽象的な表現に見るべきものがあるとして20世紀に再評価されるようになった。
時代背景としてはローマ略奪以降、宗教改革の時代の不安な社会情勢がある。
[編集] マニエリスム期の代表作
[編集] 絵画
- ドメニコ・ディ・パーチェ・ベッカフーミ Domenico di Pace Beccafumi (1486-1551)「キリストの黄泉下り」
- ポントルモ Pontormo(Jacopo Carucci, 1494-1556)「十字架降下」
- バッキアッカ Bacchiacca (1494-1557)「マグダラのマリア」
- ロッソ・フィオレンティーノ Rosso Fiorentino (1495-1540)「十字架降下」
- ジュリオ・ロマーノ Giulio Romano (1499?-1546)「巨人族の没落」
- ジローラモ・ダ・カルピ Girolamo Da Carpi(1501-1556)「機会と忍耐」
- パルミジャニーノ Parmigianino (1503-1540)「首の長い聖母」
- ブロンズィーノ Agnolo Bronzino (1503-1572)「愛のアレゴリー」
- ダニエレ・ダ・ヴォルテッラ Daniele da Volterra(1509頃-1566)「キリスト降架」
- フランチェスコ・サルヴィアーティ Francesco de' Rossi (Il Salviati)(1510–1563)「ダヴィデのもとへ行くバテシバ」
- ジョルジョ・ヴァザーリ Giorgio Vasari (1511-1574)「ゲッセマネの祈り」
- ジュゼッペ・アルチンボルド Giuseppe Arcimboldo (1527-1593) 連作『四季』など
- ソフォニスバ・アングイッソラ Sofonisba Anguissola (1532-1625)「スペイン王妃エリザベート・ド・ヴァロワの肖像」
- アレッサンドロ・アローリ Alessandro Allori (1535–1607) 「大公妃ビアンカ・カッペロの肖像」
- エル・グレコ El Greco(1541-1614)「受胎告知」
- バルトロメウス・スプランヘル Bartholomäus(Bartholomeus)Spranger(1546-1611)「ウェヌスとアドニス」
- ヘンドリック・ホルツィウス Hendrik Goltzius(1558-1617)「人類の堕落」
- ミケランジェロ・メリージ (カラヴァッジォ)Michelangelo Merisi da Caravaggio (1573-1610)「聖母の死」「聖マタイの殉教」
[編集] 彫刻
[編集] 建築
- ミケランジェロ サン・ロレンツォ教会図書館
- ジュリオ・ロマーノ 自邸
- ジョルジョ・ヴァザーリ ウフィッツィ宮殿(1560-)
[編集] マニエリスム手法を採用した作品
[編集] 関連文献
- アンドレ・シャステル 『ローマ劫掠―一五二七年、聖都の悲劇』 越川倫明ほか訳 筑摩書房、2006年。
- 森洋子・若桑みどり編 『マニエリスム 世界美術大全集 西洋編15』 小学館、1996年。
- 若桑みどり 『マニエリスム芸術論』 ちくま学芸文庫、1994年、初版岩崎美術社(岩崎美術選書)。
- マリオ・プラーツ 『官能の庭 マニエリスム・エムブレム・バロック』 若桑みどりほか訳、ありな書房 1992年。
- グスタフ・ルネ・ホッケ 『迷宮としての世界 マニエリスム美術』 種村季弘・矢川澄子訳
美術出版社、初版1966年、新版1987年→岩波文庫全2巻、2010年12月-11年1月。 - グスタフ・ルネ・ホッケ 『文学におけるマニエリスムI.II 言語錬金術ならびに秘教的組み合わせ術』
種村季弘訳、現代思潮社 1971年、新版1977年。 - ワイリー・サイファー 『ルネサンス様式の四段階』 河村錠一郎監訳、河出書房新社、1976年、新版1987年。
- ヴァルター・フリートレンダー 『マニエリスムとバロックの成立』 斎藤稔訳、 岩崎美術社:美術名著選書、1973年。
- アーノルド・ハウザー 『マニエリスム ルネサンスの危機と近代芸術の始源』
若桑みどり訳、上中下巻.岩崎美術社:美術名著選書、初版1970年。
[編集] 外部リンク
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