狛江市
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目次 |
[編集] 地理
[編集] 概要
多摩川中流左岸に位置する。市域の北端は国分寺崖線および野川、南端は多摩川にほぼ一致する。このため北から南方向に緩やかに傾斜しているが、概ね平地といえる。標高は20から30mの間にある。市域は「枝豆」の形をしており、市役所を中心とした半径約2kmの円内に収まる。
東は世田谷区、北・西は調布市、南は神奈川県川崎市多摩区に接し、これら3つの面積の大きな自治体に取り囲まれた形になっている。多摩川の川崎側の河川敷も一部市域に含まれる。
[編集] 河川
- 多摩川 - 本市の象徴ともいえる川。市内では逆S字型にカーブしており、優美な曲線による美しい風景を生み出している。両岸は堤防が完備されている。
- 野川 - 現在は国分寺崖線沿いに流れているが、以前は市北部を縦断した後、世田谷通りに沿って流れていた。1960年代に、水害対策で旧・入間川とともに現在のルートに改修された。旧流路の縦断部分は野川緑地公園となった。
- 根川(ねがわ) - 多摩川住宅の外周を流れ、多摩川に合流している。
- 六郷用水 - 現在の多摩川住宅南東部付近で多摩川の水を取り入れ、大田区まで延びた用水。現在の六郷さくら通り、いちょう通り、世田谷通り、次太夫堀公園というルートで流れた。いちょう通り以南は旧・野川を利用した。1960年代に埋め立てられ、上部は道路、下部は下水道幹線に用いている。世田谷通り「一の橋」から「二の橋」にかけての南側歩道の広い緑樹帯は用水の名残である。
[編集] 隣接する自治体
[編集] 市勢
- 人口:78,354人
- 男:39,095人
- 女:39,259人
- 世帯数:38,226世帯
- 人口密度:12,261.97人/km²
(2006年7月1日現在)
[編集] 面積
面積は6.39km²(639ha)。
東京都の市では最も小さく、全国では蕨市、鳩ヶ谷市に次いで3番目に小さい。
[編集] 人口
| 狛江市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 狛江市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は狛江市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
- 推移
郊外の農村であった1930年代までは3~4千人程度であったが、太平洋戦争が始まると9千人程度に増えた。高度成長期の1960~1970年代には急激な増加を見せ、一気に都市化が進んだ。この時期に市立小中学校が続々と開校した。
人口の推移
- 1万 - 1949年
- 2万 - 1960
- 3万 - 1964
- 4万 - 1967
- 5万 - 1969
- 6万 - 1972
- 7万 - 1984
※その人口を突破した年を表す
[編集] 人口密度
人口密度は都内の市区町村の中では17~19位(時期により変動がある)、多摩地域では武蔵野市に次ぐ2位となる。東京特別区を1つの市と考えた場合は、全国の自治体で4位となる。
- 人口密度の順位
- データは蕨、武蔵野は2004年9月、狛江、守口は2004年10月、23区は2004年3月のもの。
- 人口密度の項にも順位が掲載されている。数値は異なるが(年次不明)、順位は同じである。
[編集] 歴史
古代の武蔵国多磨郡狛江郷の地であり、5世紀の高句麗系古墳である狛江亀塚古墳(帆立貝形前方後円墳、後円部径約31メートル、高さ約6メートル、前方部幅約14メートル、前方部長さ約9メートル、前方部の高さ約1.5メートル、括れ部の幅約8.2メートル、前方部の先開きの扇形の造出のような壇がある。)がある。関東の古墳時代中期(5世紀頃)の標式遺跡和泉遺跡の所在地としても知られる。
[編集] 年表
- 1889年 - 町村制が布かれ狛江村となる。
- 1893年 - 神奈川県より東京府に編入される。
- 1926年 - 小田急小田原線が開通。
- 1952年11月10日 - 町制施行。狛江町となる。
- 1970年10月1日 - 市制施行。狛江市となる。
- 1974年9月1日 - 豪雨による多摩川上流域ダム放水のため、堤防決壊。
- 1989年7月 - 喜多見駅~和泉多摩川駅間の複々線立体交差の工事着工。
- 1996年6月 - 石井三雄市長がバカラ賭博で巨額の負債を抱え、市長を辞職。
- 1996年7月 - 共産党員の矢野裕氏が市長が初当選、現在に至る。
- 1997年6月 - 小田急線の狛江市内の立体交差化の工事終了。
[編集] 市のシンボル
- 市章
- 狛江の「こ」をかたどったもの。中央部は多摩川の流れを表している。市制施行と同時に制定された。
- 市の花
- ツツジ - 市内の公園や街路に植えられている。
- 市の木
- イチョウ - 東京都のシンボルマークにも採用されている。市内では三中や狛江高校などで見られる。狛江高校の文化祭は「公孫樹祭(こうそんじゅさい)」と称するが「公孫樹」とはイチョウのことである。
[編集] 自治体交流
- 新潟県北魚沼郡川口町
- 1987年7月25日に「ふるさと友好都市」となる。市民まつりでは川口町のブースが設けられる。1988年には災害援助協定を締結。2004年10月に発生した新潟県中越地震では本市から援助が行われた。
- 八丈町 - 商工会女性部が交流。同じく市民まつりに参加する。
- 山梨県小菅村 - 多摩川の源流にあり、いかだレースを期に交流が始まる。
- 福島県田島町 - 商工会が交流。市民まつりに参加する。
[編集] 市政
[編集] 市長
[編集] 歴代市長
- 2008年 矢野裕
- 2004年 矢野裕
- 2000年 矢野裕
- 1996年 矢野裕
- 1992年 石井三雄
- 1988年 石井三雄
- 1984年 石井三雄
- 1980年 吉岡金四郎
- 1976年 吉岡金四郎
- 1972年 吉岡金四郎
- 年は選挙のあった年。
[編集] 市議会
定数は22人。直近の選挙は2007年4月22日(補欠選挙(定員1)は2008年6月22日)に行われた。
- 会派
- (与党)日本共産党 - 6名
- 日本共産党は矢野裕市長当選後も議席が4議席で議席占有率が25%を下回っていたために、明政クラブや公明党から市長不信任決議案が可決される可能性があったが、99年の市議選で6議席を獲得し、議席占有率が25%を超え、その可能性はなくなった。2003年、2007年の市議選でも共産党は6議席を確保した。
- (野党)明政クラブ - 8名
- 明政クラブは実質的に市議会自民党である。
[編集] 主な政治家
- 石井三雄(いしい さんゆう)
- 石井家は狛江村長・町長などの政治家や経済人を輩出するなど、この地区での旧家・有力者である。市議を1971年から4期16年務めた後、1984年、吉岡金四郎の後を引き継ぎ、市長となった。3期連続当選を果たし、小田急線立体化、再開発事業などを推進した。しかし、1996年6月、3期目の任期満了間際に辞表提出後失踪した。バカラ賭博による借金トラブルからであった。時折誤解されるが公費使い込みではなく全て私費である。その後、この件とは別の贈収賄容疑で逮捕された。1998年に二審で懲役2年・追徴金400万円の判決が下り、服役した。
- 河西信美(かさい のぶみ)
- 1944年生まれ。市川房枝の公設秘書などを経て、社会党の市議となる。社会党分裂後には民主党に属した。4期目の2001年に都議選に出馬し当選した。2004年の市長選に推され、石原慎太郎をはじめ自民党、民主党、公明党の国会議員や都議の精力的な応援も受けるが、矢野に敗れた。ホームページ(市長選後に閉鎖)には漫画家・石坂啓による似顔絵が掲載されていた。
[編集] 国政・都政
[編集] 国政
[編集] 都政
調布市とともに北多摩3区に属する。定数は2人。近年選出の議員は以下のとおり。
- 2005年6月
- 遠藤衛(自民)
- 尾崎大介(民主)
- 2001年6月
- 遠藤衛(自民)
- 河西信美(民主) - 2004年6月に狛江市長選挙に立候補のため辞職した。
- 1997年7月
- 遠藤衛(自民)
- 田中智子(共産)
- 遠藤、尾崎氏ともに調布市を拠点とする。
[編集] 地域
旧狛江村は、和泉、覚東、小足立、岩戸、猪方、駒井の6村合併にて成立、各町名はその村名を引き継いでいた。昭和50年代に住居表示の実施で、現在の町名になった。
[編集] 中央部・西部(和泉地区)
和泉地区は市内最大の地区で、住居表示を機に5つの町となった。
- 和泉本町(いずみほんちょう)
- 市中央部。旧和泉地区の狛江通り以北の地域。市役所、狛江郵便局、狛江消防署、慈恵第三病院がある。
- 中和泉(なかいずみ)
- 六郷さくら通り以北と狛江通り以南の間の地域。小田急バス営業所がある。
- 元和泉(もといずみ)
- 市西部、多摩川沿い。六郷さくら通り以南、小田急線、世田谷通り以北の間の地域。狛江駅北口、西河原公園、都立狛江高校がある。
- 東和泉(ひがしいずみ)
- 旧和泉地区の小田急線、世田谷通り以南の地域。狛江駅南口、和泉多摩川駅がある。商店が多い。
- 西和泉(にしいずみ)
- 市西部。多摩川住宅の狛江市部分に一致する。市内最小の町。
[編集] 北部
- 西野川(にしのがわ)、東野川(ひがしのがわ)
- 市北部、野川沿い。元々、覚東(がくとう)、小足立(こあだち)地区であったが、両地区とも東西の2地域に別れ、それが交互に位置する(覚東-小足立-覚東-小足立という配置)という複雑な地区であったため、住居表示を機に「野川」に改めた。松原通りを境に東西に分かれている。
[編集] 東部
- 岩戸北(いわどきた)、岩戸南(いわどみなみ)
- 旧岩戸地区を住居表示実施時に世田谷通りを境に南北に分けた。東側で世田谷区喜多見に接する。喜多見駅の西側は岩戸北である。
[編集] 南部
- 猪方(いのがた)
- 市南部、多摩川沿い。住居表示実施前後で町名が変わらなかった。「狛江」と合わせると住所には「けものへん」がふたつ並ぶことになる。
- 駒井町(こまいまち)
- 市南東部、多摩川沿い。以前は駒井だったが「狛江」と間違えやすいので、住居表示実施時に「町」が付いた。三丁目の多摩川沿いの地区は元「宿河原(しゅくがわら)」地区で、対岸の宿河原に属していた歴史を持つ。
[編集] 字名・旧地名
住居表示上の町名ではないが古くからある地名を記す。現在でも商店、施設、交差点、バス停などに名を残すものがある。
- 駄倉(だぐら) - 主にいちょう通りの南側の地域。駄倉保育園がある。
- 松原(まつばら) - 狛江通りと松原通りの交差点付近。
- 御台橋(ごだいばし) - 松原通りと旧野川の交差点付近。野川の橋の名が由来。
- 田中橋(たなかばし) - 松原通りと六郷さくら通りの交差点付近。六郷用水の橋の名が由来。
- 一の橋、二の橋(いちのはし、にのはし) - 世田谷通りの岩戸付近。六郷用水の橋の名が由来。西が一の橋、東が二の橋。
- 銀行町(ぎんこうまち) - 狛江三叉路付近。近年まで狛江通り沿いに「銀行町児童遊園」があったが道路拡張で消滅した。この地域は「狛江銀座」の名でも呼ばれる。
- 千町耕地(せんちょうこうち) - 多摩川住宅の敷地は以前は耕作地であり、この名で呼ばれた。
- 半なわ(はんなわ) - 猪方の西側。
[編集] 主な集合住宅
- 多摩川住宅 - 都住宅供給公社が建設。調布市染地と狛江市西和泉にまたがる。
- 都営狛江アパート - 1967年完成。
- 都営東野川二丁目アパート
- 神代団地 - 住都公団が建設。調布市西つつじヶ丘と狛江市西野川にまたがる。
- グランノア和泉多摩川 - 猪方4丁目の大型低層マンション。2005年、三菱化成(現三菱化学)団地跡地に建設。
- 狛江ハイタウン - 市の北東端、野川の南側。1973年に完成。
- 狛江セントラルハイツ - 市役所北側。
- パークハイム狛江 - 小田急線多摩川鉄橋の南側。
- 豊栄狛江マンション - 1973年完成。
- 狛江コーポラス
- パークシティ成城 - 野川の北側。敷地は当市と世田谷区成城にまたがっている。住居表示は「棟の出入口が世田谷区にある」ことを理由に全戸が世田谷区となった。
[編集] 産業
[編集] 主な事業所
- 東京航空計器
- 京セラキンセキ
- アップル
- 財団法人電力中央研究所(CRIEPI) - 日本の発電技術の開発を担うシンクタンク兼研究機関。
- 東京電線工業 - 電子機器関連の配線材料を製造している。敷地の一部はユニディ狛江店になっている。
[編集] 過去にあった事業所
- 土屋酒造 - 岩戸南にあった造り酒屋。1990年代後半に長女が後を継ぎ、『夏子の酒』を彷彿とさせるなどと言われた。2004年夏に廃業となり、敷地が更地となり、マンション建設が行われた。
- 新宿高野狛江工場 - フルーツパーラーで知られる高野の工場が岩戸北のいちょう通り沿いあった。200x年に閉鎖された。
- デュプロ - 市役所の北に本社・工場があり、印刷関連機器を開発、製造していた。200x年に相模原に移転した。跡地はマンションになっている。
- 国際電気 - 跡地は都営狛江団地になっている。
- シグマ - 過去に岩戸南に所在。2005年9月に事業拡大のため神奈川県川崎市麻生区に移転
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] 道路
- 世田谷通り
- 都道3号。市内中心部を東西に走る。西側は、1990年代後半の小田急線高架化、和泉多摩川駅前再開発、多摩川水道橋の架け替えなどにより、全面的にリニューアルされている。
- 狛江通り
- 都道11号の一部。世田谷通りの「狛江三叉路」から旧甲州街道までを結ぶ。途中、小田急バスの狛江営業所があり、多くの路線が走る。同営業所脇には市内唯一の歩道橋がある。
- 松原通り
- 一中通り・公園通り
- 狛江通りの北側に平行に走る。松原通りより南が一中通り、北が公園通り。沿道に電力中央研究所、一中、市民グランド、狛江消防署、狛江郵便局、ユニディ、市民体育館などの諸施設がある。近年、路線バスも通るようになった。
- 六郷さくら通り
- 狛江駅北口から西に進み多摩川に至る道路。元々は「六郷用水」が通っており、それを埋め立ててできた。長らく「福祉会館通り」と呼ばれていたが、福祉会館が「あいとぴあセンター」にリニューアルしたため改称した。
- いちょう通り
- 狛江駅北口から東に進み、世田谷通りの新一の橋交差点に至る道路。六郷さくら通りの延長上にあり、同じく六郷用水を埋め立ててできた。狛江通りのバイパス的な存在。
- 品川道(しながわみち)
- 水道道路
- 猪駒通り
- 市南部を横断する道路。昔、多摩川の堤防はこの位置にあった。バス(狛11系統)が走る。商店が多い。
- 計画中の道路
- 外環道 - この付近では国分寺崖線と野川の間の地下を通る計画となっており、本市の場合、東野川地区がわずかにこれにかかる。
[編集] バス
小田急バスと京王バスが乗り入れている。また、2008年11月24日より、小田急バスへの委託により、コミュニティバス「こまバス」の運行を開始している(小田急バス狛江営業所#狛江市コミュニティバス「こまバス」を参照)。
[編集] タクシー
市内は長らくイースタンモータースの事業エリアであったが、規制緩和後、事業縮小をはかるイースタンモータースが狛江地区及び大田区蒲田にあった 営業所をグリーンキャブに売却、それ以後は主にグリーンキャブの事業エリアとなっている。 なお、イースタンモータースが請け負っていたANA関連やフジテレビ朝迎いの仕事も、乗務員とともにグリーンキャブが「協力」する形で引き継いだ。
[編集] 公共事業
[編集] 上水道
給水は市町村の事業であるが、多摩地域の多くの自治体は都水道局に業務委託を行っており、本市もそれに倣う。 市独自の水源は地下水で、現在も西野川に4ヶ所と和泉本町に2ヶ所の取水井戸を持っている。 都からの水は東村山浄水場から来ており、その水源の割合は「多摩川:利根川=3:7」となっている。 多摩川の分は羽村取水堰から取水しているものである。 市内の井戸と都の給水分の割合は「井戸:都=1:9」で、和泉本町の浄水場で両者は混合され給水される。
市内には多摩川水道橋や水道道路などがあるが、これらは川崎市多摩区にある長沢浄水場と田園調布エリアを結ぶ「長沢系」のもので、本市への給水には直接関与しない。しかし前述した都の「東村山系」の事故時には、この長沢系も使えるようになっている。 また世田谷区喜多見の砧浄水場(敷地の一部は本市にかかる)は世田谷区南西部の給水を担っており、こちらも本市には関わらない。
[編集] 下水道
1969年から整備が進められ、1979年に市内全域が完備された。下水道完備の自治体としては全国で4番目である。
下水処理は大田区の東京都下水道局森ヶ崎水再生センターで行っている。
[編集] ゴミ処理
多摩地域の他市と多摩川衛生組合を構成している。焼却場などの処理施設は稲城市大丸の多摩川沿いにある。組合は長らく狛江市、稲城市、多摩市の3市で構成されていたが、1990年代に多摩市が脱退、府中市と国立市が加入し、現在は4市で構成されている。
最終処分場には日の出町の「二ツ塚廃棄物広域処分場」を利用している。処分場の設置者は「三多摩地域廃棄物広域処分組合」(略称「処分組合」)で、多摩地域の多くの市が属している。
収集業務は民間企業に委託している。
多摩地域の多くの市でゴミ収集の有料化が実施されているが(2004年10月時点で26市中12市)、本市でも2005年10月1日より実施されている。
[編集] 消防
[編集] 消防署
消防は市町村の事務であるが、本市は多摩地域の多くの自治体と同様に東京消防庁へ業務を委託している。119番通報は立川市にある方面本部につながる。多摩川対岸の狛江市市域での水難事故などでは川崎市消防局が出動する場合がある。
- 狛江消防署(東京消防庁第8方面)
- 南部地域には小田急線踏み切りによる遅延を防ぐために猪方出張所が設けられた。
[編集] 消防団
- 現在、第7分団まである。各分団に1台のポンプ車が配備されている。
[編集] 郵便
以前は調布郵便局の管内で郵便番号は182であったが、1979年に狛江郵便局ができ、郵便番号201となった。当時は、配達は狛江局、収集は調布局が行っていた。
東京都内の郵便番号は100番台が一般的だが、狛江局など多摩地域で新設された郵便局には、201~208番が付与されている。
[編集] 電話
電話普及期に世田谷区内の砧電話局から架線されたという経緯がある(現在は狛江局収容)ため、市外局番は市域のほとんどが03である。03は「23区の市外局番である」との“常識”が浸透しているため、本市は特異であるとの印象を与えるが、調布市や三鷹市の区部に接する地区(収容局が世田谷管内の場合)でもみられる。なお、調布市にまたがる多摩川住宅(西和泉)と神代団地(西野川)では、調布局の042が使われている。
[編集] 警察
多摩地域では2市に1つの警察署という事例が多く見られる。当市も調布警察署が調布市と当市を管轄している。庁舎は管轄地域の中心である調布市国領町の甲州街道沿いにある。しかし、市の中心に拠点がほしいという要望から「大型交番」が設けられたことがある。
- 調布警察署
- 市外の関連交番
- 多摩川住宅交番 - 調布市内にある。
- 喜多見駅前交番 - 成城警察署。
[編集] 学校
現在、市立小学校は6校、市立中学校は4校ある。少子化のため、中学校2校の統廃合が予定されている。名称は狛江第○という番号形式だったが、統廃合後の新名称はオリジナルなものとなっている。2004年度より中学校の2学期制が実施され、小学校についても検討されている。
[編集] 小学校
- 狛江第一小学校(1872年9月 - )
- 学区は市内中央部。私塾を併合して泉龍寺境内に開校。以後何度か校舎を移転した後、1987年に現在の地に。
- 狛江第三小学校(1957年10月 - )
- 学区は概ね世田谷通りと水道道路の間の地区。
- 狛江第五小学校(1968年4月 - )
- 学区は市内北東部。
- 狛江第六小学校(1971年4月 - )
- 学区は概ね水道道路以南の地区。
- 和泉小学校(2001年4月 - )
- 学区は市内南西部。四小と八小を統合してできた。敷地は元八小跡地で校舎は2002年に完成。ミニプラネタリウムを持つ。
- 緑野小学校(2005年4月 - )
- 学区は市内北西部。二小と七小を統合してできた。敷地は元二小跡地で校舎は2006年に完成。
[編集] 統廃合された小学校
- 狛江第二小学校(1949年4月 - 2005年3月)
- 学区は市内西部。七小と統合され緑野小になった。
- 狛江第四小学校(1966年9月 - 2001年3月)
- 八小と統合し和泉小へ引き継いだ。多摩川住宅内の跡地を三中の移転先にする構想がある。
- 狛江第七小学校(1973年4月 - 2005年3月)
- 学区は市内北西部。二小と統合され緑野小になった。
- 狛江第八小学校(1975年4月 - 2001年3月)
- 四小と統合し和泉小へ引き継いだ。
[編集] 中学校
- 狛江第一中学校(1947年4月 - )
- 学区は市内中央部。四中との統合構想がある。
- 狛江第二中学校(1967年4月 - )
- 主に三小と六小の出身者が入学する。過去には小田急線以南すべてが学区、すなわち一小出身者も3分の1は二中に進んでいた時期があった。体育館は上から見て正方形で、舞台やコートはその対角線上に配置されるなど、他の学校ではあまり見られない形態を持つ。
- 狛江第三中学校(1973年4月 - )
- 学区は市内西部。小田急線沿いにある。元は民間の水道会社の敷地で、現在も一部の施設が残っている。敷地内のイチョウから得られるギンナンを販売し寄付する「ギンナン募金」行われている。旧四小の敷地に移転させ、跡地を図書館などにする構想がある。
- 狛江第四中学校(1980年4月 - )
- 学区は市内北部。再統合の構想がある。2004年秋、合唱コンクールの全国大会へ出場した。
[編集] 高等学校
- 東京都立狛江高等学校(1973年9月 - )
- 和泉多摩川駅から近い。2002年夏、全国高等学校野球選手権西東京大会でベスト8に進出した。
[編集] 大学
- 調布市にまたがる敷地に医学部国領キャンパス、附属病院がある。
[編集] 社会教育
[編集] 図書館
- 中央図書館
- 1977年11月に開館。開館時から最新式のバーコード管理。
[編集] 劇場・ホール
- エコルマホール
- 狛江駅北口「エコルマ」内にある。1995年に開館。市の外郭団体が運営する。芸能人やクラシックのコンサート、映画上映、市民の文化活動、小中学校の校外学習などに使われる。
[編集] 体育施設
- 市立
- 市民総合体育館・市民プール - 市西部にある。
- 市民グラウンド - 一中の隣地にある。
- 市民テニスコート・市民ふれあい広場 - 狛江高校の北にある。
- 多摩川緑地公園グラウンド - 多摩川河川敷の野球用グラウンド。
- 西和泉体育施設 - 閉校した四小の校庭と体育館を転用している。
[編集] 諸施設
[編集] 国の施設
[編集] 都の施設
- 東京都大気汚染測定室 - 伊豆美神社そばにある。
[編集] その他
- 送電線 - 市を北西から南東に貫いている送電線はJR東日本のもので、新潟県小千谷市の発電所から横浜市鶴見区の変電所を結んでいる。総延長は約300kmに及ぶ。なお、小千谷市は友好都市である川口町に隣接している。
[編集] 神社・寺
[編集] 神社
前述の通り、旧・狛江村は6村が合併してできた。各村には鎮守として1ヶ所ずつ神社があり、現在もこれを受け継いでいる。秋に例大祭を行っている。
- 伊豆美神社(いずみじんじゃ) - 和泉
- 小足立八幡神社 - 小足立
- 子ノ権現三島神社(ねのごんげんみしまじんじゃ) - 覚東
- 岩戸八幡神社 - 岩戸
- 白幡菅原神社 - 猪方
- 日枝神社 - 駒井
- 宿河原地区は多摩川対岸の神社の氏子であったが、狛江側に移ってからは日枝神社の氏子となった。
[編集] 寺
- 泉竜寺(せんりゅうじ) - 狛江駅の駅前にある。
- 玉泉寺(ぎょくせんじ) - 和泉多摩川駅の駅前にある。墓地を持つ。
- 慶岸寺(けいがんじ) - 市区境の狛江側にある。幼稚園を持つ。
- 慶元寺(けいげんじ) - 市区境の喜多見側にある。幼稚園を持つ。江戸の名の由来である江戸氏の氏寺として、鎌倉時代に江戸城内に建立され、室町時代にこの地に移転した。
[編集] イベント
- 多摩川いかだレース - 自作のいかだを用い、多摩川の五本松から河川敷グラウンド付近までのタイムを競う。1991年から毎年7月中旬に催されている。
- 狛江市花火大会 - 毎年7月下旬に開催。登戸側と共催。2005年からは行なわれていない。
- 市民まつり - 1977年から、毎年11月中旬に催されている。市役所前広場、一小、市民グラウンドなどが会場に使われる。パレードや露店が出たり、歌手やヒーローのショーなどが行われる。
- ほおずき市 -
- 狛江わんぱく駅伝 狛江青年会議所主催で行われていた青少年育成事業。25回の歴史を持つ。現在は実行委員会組織にて運営。第25回大会より狛江市民まつりと同時開催となる。
[編集] 街おこし活動
- 多摩川戦隊コマレンジャー
元々狛江関連の個人サイト上で創作されたものが、街おこしグループの目にとまり、2003年に実体化されることになった。市内のイベントなどに登場する。各地の「ご当地ヒーロー」と提携している。いわゆる「戦隊シリーズ」の設定に準じているが、頭部は映画『地球防衛軍』に登場する宇宙人「ミステリアン」に、胸の部分は『キカイダー』シリーズに登場する「ハカイダー」に類似した形状を持つ。
- 絵手紙発祥の地-狛江
2005年に狛江郵便局が実施した「絵手紙発祥の地-狛江・絵手紙発祥23周年記念キャンペーン」では、全国から募集した約1600枚の絵手紙が商工会の手を経て市内約1000ヶ所の店舗・事務所に配布された。この動きを受け、2007年には狛江市がこれを市の事業と位置づけ、市民による「絵手紙発祥の地-狛江」実行委員会が設立された。同委員会は、2008年3月、狛江駅前に「絵手紙発祥の地-狛江」と書かれた巨大な懸垂幕と横断幕、そして街灯フラッグを設置するなど活動。同年8月23日には、狛江市内各地域から選出された10組の親子をむいから民家園に集め、「第1回親子絵手紙サミット」を開催。これを記念して園内に丸型ポストモニュメントの設置も行った。同年10月には絵手紙創始者である「小池邦夫講演会」を開催。これと同時に、同委員会が製作した絵手紙マップや絵手紙はがき「小池邦夫童謡絵手紙」がお目見えした。また、市内の店舗等の協力により、26か所に「絵手紙・街角ギャラリー」を展開。これまでに集まった100名以上の絵手紙サポーターが季節ごとに絵手紙作品を提供する。さらに、同年11月に運行開始された狛江市コミュニティーバス「こまバス」には、側面に大きな「絵手紙発祥の地-狛江」のステッカーが貼られ、車内には絵手紙が展示されるなど、「絵手紙美術館」として市内を巡回している。
[編集] 狛江が発祥の活動
- 絵手紙 - はがきに水彩で絵を描き、一筆沿える形式の手紙。日本絵手紙協会の代表者が狛江市在住。狛江では、最初の絵手紙の教室が開かれ、その会は現在も存続している。狛江郵便局では、協賛するイベントを行っている。
- ゴム銃 - 割りばしを組み立てた銃でゴムを飛ばす遊びの発展形。日本ゴム銃射撃協会の代表者が狛江市在住で、地元の公民館や二中、三小ほかでイベントを行っている。
[編集] 著名な出身者・居住者
※プライバシー保護のため公表、公言しているものに限る。居住者は現在も居住しているとは限らない。
[編集] 芸能
- 原節子 - 女優。居住歴あり。
- 竹林進 - 映画監督。居住。監督したドラマ作品では本市内の多摩川での撮影も多かった。
- 紺野美沙子 - 女優。出身。
- 小野武彦 - 俳優。居住。『踊る大捜査線』で演じた刑事課長は「調布署に勤務していた」という設定がある。
- 斉藤暁 - 俳優。居住。狛江市民吹奏楽団でトランペットを吹く。
- 梅津栄 - 俳優。居住。
- 仲村秀生 - 声優。居住。市民向けカルチャー教室で朗読講座を持つ。
- 春野寿美礼 - 宝塚歌劇団花組元男役トップスター。出身。
- 池田光夫 - 音楽家。バンドネオン奏者。居住。故人。
- 田原健一 - Mr.Childrenギター。
- 中川敬輔 - Mr.Childrenベース。
- 鈴木英哉 - Mr.Childrenドラム。通称JEN。3人は中学校の同級生。JENを主人公にした「雨のち晴れ」という曲では、「1DK 狛江のアパートには 二羽のインコを飼う」という歌詞が登場する。
- 小林勝 - ザ・クロマニヨンズのベース。出身。
- 品川祐 - お笑い芸人。居住歴あり。「広報こまえ」平成21年新年号に矢野市長との対談が掲載された。
- 近藤春菜 - お笑い芸人。居住。[1]「広報こまえ」平成20年1月1日号にて狛江市長と対談。
- 小林正寛 - 俳優。居住。
- 大久保剛 - 音速ラインベース。出身。
[編集] スポーツ
- 高山善廣 - プロレスラー。以前居住していたと「坂口道場」開場時に自身公式ウェブにて発言。
- ドン荒川 - プロレスラー。居住
- 野田朱美 - 元サッカー女子日本代表。狛江二小-狛江一中卒。
- 中田浩二 - プロサッカー選手。鹿島アントラーズ所属。2002年・2006年FIFAワールドカップ日本代表。帝京高校在学時は狛江に居住し通学。当時テレビ密着自宅取材あり。
[編集] 放送
- 笠井信輔 - フジテレビアナウンサー。出身。母校の狛江高校で講演を行っている。
- 小林美紀 - 秋田放送アナウンサー。出身。
- 小川和幸 - 北海道放送アナウンサー。出身。
- 上野聡行 - 熊本県民テレビアナウンサー。出身。
[編集] 文学・芸術
- 宮尾登美子 - 居住歴あり。中央図書館に宮尾コーナーがある。
- 菊地秀行 - 居住歴あり。
- 青山光二 - 居住。2003年、90歳で川端康成文学賞を受賞し話題になった。
- 荒木経惟 - 1977-1982年に居住。自身の作品に狛江付近の情景が描かれたもの多数。
- 石原千秋 - 出身。夏目漱石の研究者。
- 以下のページも参照されたし。
- 高野玲子 -居住。猫の銅版画で有名。
[編集] 政治
[編集] 学界
[編集] 狛江を舞台にした作品
- 『野々村病院物語Ⅱ』1982年11月2日から1983年5月3日までの全26回、TBS系列で放送されていたテレビドラマ。時々、和泉多摩川辺りを自転車で走る柏原よしえが映るが、ほとんどはセットでの撮影のため、当市でのロケはあまりない。オープニングで映る映像は当市から川崎市を撮影した物である
- 『おれはキャプテン』 - コージィ城倉作。『週刊少年マガジン』2003年9月24日号(41号)から連載開始。狛江市立狛駒中学校の野球部を舞台にした作品。冒頭、当市の紹介から始まるが、その後、市関連の描写はほとんどない。
- 『西狛江中学3年B組』 - 2004年1月2日フジテレビ系で放送された『新春ドラマ 愚痴2』で、5本のオムニバスドラマの内の1本。
- 『3年B組金八先生』 - 金八先生は、足立区に赴任する前は世田谷の中学に勤務しており、狛江に住んでいた。1作目の第1話では狛江駅ホームでロケが行われている。第2話での引っ越しの際には「駅から徒歩15~20分の場所に住んでいる」旨のセリフがある。ちなみに、市内在住俳優の小野、斉藤、梅津らは父兄役などで出演歴がある。
- 『太陽にほえろ!』 - 小田急線・多摩川鉄橋下付近の河川敷は第81・92・223・406・454・463話ほか度々ロケで使用されたほか、野崎刑事(長さん)は"多摩川沿いの団地"に居住の設定であった。
- 『虹のかなた』 -主人公小川ちひろ(尾崎千瑛)の通う小学校は実在しない狛江市立狛江東小学校(ただし実際のロケ地は、八王子市内?)。その通学路は、狛江市内の多摩川の河川敷付近である。居候先の叔父の経営するうどん店「けむりや」は、東和泉6-15-1(6丁目は架空の住居表示)に立地する。叔父の娘奈緒子(水黒遥日)がコマレンジャーと撮影している場面や『コマレンジャースナック』を食べている場面も登場。
[編集] 外部リンク
- 東京空間遊歩人 - 解像度25cmの航空写真。23区が対象となってるが、本市の全域が見られる(狛江の地名で検索可能)。撮影は2001年で、工事中の多摩川鉄橋や、更地状態のパークシティ成城などが確認できる。
- 狛江ゐき - 狛江のお店や病院のガイドとなるPukiWiki。
- 狛江タイムズ - 1996年からある狛江市情報サイト。
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