三宅村

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みやけむら
三宅村
MiyakejimaFlag.svg
三宅村旗
Miyake Tokyo chapter.svg
三宅村章
1969年6月27日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都 三宅支庁
なし
団体コード 13381-7
面積 55.50 km²
総人口 2,575
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 46.4人/km²
隣接自治体 (海に囲まれているので)なし
村の木
村の花 ガクアジサイ
他のシンボル アカコッコ
三宅村役場
村長 櫻田昭正
所在地 100-1211
東京都三宅村坪田1774
北緯34度4分32.8秒東経139度28分46.8秒
外部リンク 三宅村の公式サイト

三宅村位置図

― 区 / ― 市 / ― 町・村

特記事項 村役場は2011年現在阿古地区の仮庁舎に所在。
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三宅島

三宅村(みやけむら)は、伊豆諸島にある東京都の村である。

所属する郡はなく「東京都三宅村」が正式な表記である。所管する都の行政出先機関は三宅支庁

地理[編集]

伊豆諸島の北部に位置する三宅島及び無人島大野原島を村域とする。2000年雄山が噴火したことで知られる。

歴史[編集]

年表[編集]

  • 1878年(明治11年) - 東京府に移管。
  • 1923年(大正12年)10月1日 - 島嶼町村制施行。三宅島、大野原島を所管する出先機関は大島島庁(後に大島支庁)となり、伊豆村神着村伊ヶ谷村阿古村坪田村の5村が置かれる。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 大島支庁から分立、三宅支庁となる。
  • 1946年(昭和21年)10月1日 - 伊豆村、神着村、伊ヶ谷村が合併し三宅村成立。
  • 1956年(昭和31年)2月1日 - 三宅村、阿古村、坪田村が合併し、新・三宅村成立。
  • 1962年(昭和37年) - 噴火。
  • 1969年(昭和44年)6月27日 - 町章を制定する。[1]
  • 1983年(昭和58年) - 噴火。
  • 2000年(平成12年) - 雄山が噴火、住民は全員島外へ避難。
  • 2005年(平成17年) - 避難命令解除、住民が復帰を始める。

行政区域変遷[編集]

三宅村村域の変遷(年表)
月日 現三宅村村域に関連する行政区域変遷
1923年(大正12年) 10月1日 島嶼町村制施行。以下の村がそれぞれ発足。[2][3]* 伊豆村 ← 伊豆村単独で村制施行
1926年(大正15年) 大島島庁から大島支庁になる。
1940年(昭和15年) 4月1日 伊豆諸島の島嶼町村制が普通町村制に移行。
1943年(昭和18年) 4月1日 大島支庁から分立し三宅支庁になる。
7月1日 東京都制施行により、東京府、東京市が合併し東京都が発足。
1946年(昭和21年) 10月1日 伊豆村・神着村・伊ヶ谷村が合併し三宅村が発足。
1956年(昭和31年) 2月1日 三宅村・坪田村・阿古村が合併し三宅村が発足。
三宅村村域の変遷表
1923年
以前
大正12年
10月1日
大正12年 - 昭和64年 平成元年 現在
伊豆村 伊豆村 昭和21年10月1日
三宅村
昭和31年2月1日
三宅村
三宅村
神着村 神着村
伊ヶ谷村 伊ヶ谷村
坪田村 坪田村 坪田村
阿古村 阿古村 阿古村

人口[編集]

Demography13381.svg
三宅村と全国の年齢別人口分布(2005年) 三宅村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 三宅村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
三宅村(に該当する地域)の人口の推移
1970年 4,857人
1975年 4,631人
1980年 4,228人
1985年 4,167人
1990年 3,911人
1995年 3,831人
2000年 0人
2005年 2,439人
2010年 2,674人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

  • 村長 - 櫻田昭正(2012年2月15日就任 1期目)
  • 三宅村村役場 - 現在は、坪田の庁舎がガスの地域のため、旧阿古小学校を使って、臨時庁舎としている。
三宅村役場臨時庁舎 - 三宅村阿古497 

産業[編集]

三宅村の産業は漁業およびくさやの製造。他に明日葉の栽培、焼酎の醸造などがあるが、現在の基幹産業は観光である。かつて行われていた雄山の麓での酪農は噴火に伴い現在は行われていない。

地域[編集]

教育[編集]

  • 三宅村立三宅小学校(2007年学校再開)
  • 三宅村立阿古小学校(廃校)
  • 三宅村立坪田小学校(廃校)
  • 三宅村立三宅中学校(2007年学校再開)
  • 三宅村立阿古中学校(廃校)
  • 三宅村立坪田中学校(廃校)
  • 東京都立三宅高等学校

日本郵政グループ[編集]

(※2013年10月現在)

  • 三宅島郵便局(神着)
    ※土曜・休日の午前中にも郵便窓口を営業/ゆうちょ銀行ATMのホリデーサービス実施局
  • 三宅島伊豆郵便局(伊豆)
  • 三宅島伊ヶ谷郵便局(伊ヶ谷)
  • 三宅島阿古郵便局(阿古)
  • 坪田郵便局(坪田)

三宅村内の郵便番号は「100-11xx」「100-12xx」である。

交通[編集]

陸運[編集]

航空[編集]

  • 三宅島空港
    • エアーニッポン:羽田-三宅島間を結んでいる。2008年4月26日に一日一往復運航再開。当日の風向きにより火山ガスの濃度が高くなると予想された場合は欠航となる。なお、ANAマイレージクラブにおける同区間の基本マイルは115マイルである。
    • 東邦航空:ヘリコミューター。大島-三宅島(所要約10分)、三宅島-御蔵島(所要約20分)間を結んでいる。

道路[編集]

船舶[編集]

  • 大久保港(地方港湾)
  • 三池港(地方港湾)
    • 東海汽船:客船「かめりあ丸」もしくは「さるびあ丸」が東京竹芝桟橋との間を1日1往復就航している(所要約6時間)。錆ヶ浜港もしくは三池港のどちらかを寄港地とする。現在は三池港が火山性ガスの高濃度地域に指定されているため、錆ヶ浜港が優先的に使用され、錆ヶ浜港の波が高い場合に限り三池港が使用されている。ごく希に伊ヶ谷港に寄港する場合もあるので必ず寄港地を確認すること。

超高速ジェット船の就航を期待する声もあるが、本島への航路が国や東京都から補助金を受ける補助航路のため就航することができない、と東海汽船側は説明している。

三宅島オートバイレース大会[編集]

東京都石原慎太郎知事の提唱で、火山の噴火による災害の復興策としてチャレンジ三宅島モーターサイクルフェスティバルを開くことが正式に決まり、2007年11月に実施された。来島者数909人(三宅村発表)。村内の観光イベントとしては、最大規模の来島者を集めた。

三宅村は開催に必要な約3億円、村民一人当たり約10万円の負担となる見込みだったが、レースイベントが縮小されたこともあり経費は大幅に縮小された。

2008年7月、江東区青海の青海臨時駐車場に特設会場を作り、プレイベントを開催。島民約70人も参加し、オートバイイベントと島の観光物産を融合させた。

チャレンジ三宅島モーターサイクルフェスティバル08年は、10月17日から3日間開催される。

出身者・ゆかりの人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 図典 日本の市町村章 p90
  2. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会 『角川日本地名大辞典 13 東京都』 角川書店1978年ISBN 4040011309
  3. ^ 日本加除出版株式会社編集部 『全国市町村名変遷総覧』 日本加除出版2006年ISBN 4817813180

外部リンク[編集]

行政
観光