東村山駅
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| 東村山駅 | |
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東口(2006年12月24日撮影)
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| ひがしむらやま - Higashi-murayama | |
| 所在地 | 東京都東村山市本町二丁目 |
| 所属事業者 | 西武鉄道 |
| 駅構造 | 橋上駅 |
| ホーム | 3面6線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
45,055人/日 -2008年- |
| 開業年月日 | 1894年(明治27年)12月21日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■新宿線 |
| キロ程 | 26.0km(西武新宿起点) |
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◄久米川 (1.4km)
(2.9km) 所沢►
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| 所属路線 | ■西武園線 |
| キロ程 | 0.0km(東村山起点) |
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(2.4km) 西武園►
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| 所属路線 | ■国分寺線 |
| キロ程 | 7.8km(国分寺起点) |
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◄小川 (2.7km)
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東村山駅(ひがしむらやまえき)は、東京都東村山市本町二丁目3番地32にある、西武新宿線、西武西武園線、西武国分寺線の駅である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
- 西武鉄道
[編集] 駅構造
各ホームを結ぶ跨線橋は2本ある。そのうち1本は駅舎と一体である。
ホーム配置は右図の通り。
[編集] のりば
図上部より以下の順番
| 1・2 | ■国分寺線 | 小川・国分寺(拝島;小川乗り換え)方面 |
| ■西武園線 | 西武園方面(一部) | |
| 3 | ■新宿線 | 所沢・本川越方面 |
| ■西武園線 | 西武園方面 | |
| 4 | ■新宿線 | 所沢・本川越方面 |
| 5・6 | ■新宿線 | 田無・高田馬場・西武新宿方面 |
[編集] 備考
- 新宿線は通常4・6番線を使用し、3・5番線は特急の通過待ちや通勤急行の待ち合わせに用いられる。
- 一部の西武園行列車は1・2番線から発車するものもある。
- 国分寺線からの新宿線(本川越方面)直通電車は4番線に入線する。
- 10年ほど前までは1 - 6番線までの番線番号が逆であり、1・2番線が新宿線西武新宿方面などとなっていた。
- 1・2番線は6両編成に、3 - 6番線は10両編成に対応している。
- 新宿線系統であるが、1 - 3番線は池袋線系統のメロディーを使用している。
[編集] 利用状況
1日平均の乗降人員
- 西武線同士の乗り換えは改札を通らないため計測されない。
[編集] 駅周辺
駅東口にはロータリーがあり、そこから真東に直線の道路が約1.2kmにわたって完成したことで、再開発が進みつつある。2008年時点では西口開発が進行中で、いわゆる「100mビル」が建設されようとしている。
[編集] 西口
- 東村山停車場の碑
- 東京都道128号東村山東大和線
- 東村山ふるさと歴史館
- 正福寺地蔵堂(都内唯一の国宝建築)
- 北山公園(菖蒲の名所)
- 八国山緑地
- 徳蔵寺 板碑保存館
- 東京都水道局東村山浄水場
- 東村山野口郵便局
- りそな銀行
- 飯能信用金庫東村山支店
- セブン-イレブン
- ファミリーマート
- スーパーカネマン野口店
[編集] 東口
- 「志村けんの木」
- 府中街道(東京都道・埼玉県道16号立川所沢線・埼玉県道・東京都道17号所沢府中線)
- 東村山市役所
- 東村山税務署
- 東村山警察署
- 東村山図書館
- 東村山郵便局
- 日本郵便東村山支店
- 東村山市役所前郵便局
- 東京都立東村山高等学校
- イトーヨーカドー
- 各種チェーン店店舗多数
[編集] バス
[編集] 路線バス
- 西口
- 東口
[編集] コミュニティバス
東口
- グリーンバス(西武バス・銀河鉄道)
- 多摩北部医療センター
- 多摩北部医療センター経由 新秋津駅
- 諏訪町循環
- 久米川町循環
[編集] 歴史
- 1894年(明治27年)12月21日 - 久米川仮駅として開業。
- 1895年(明治28年)3月21日 - 久米川仮駅〜川越駅 (21.2km) 開通に伴い、久米川仮駅廃止。
- 1895年(明治28年)8月6日 - 東村山駅として営業開始。
- 2007年(平成19年)3月6日 - 快速急行の停車駅になる。
第二次世界大戦終了の数年後あたりまで貯溜槽が駅の北側に設けられていた。1945年1月にはこれの底が抜け落ち周囲に糞尿を撒き散らした揚句地下水が汚染したという事故も発生している。[1]
古くは国立療養所多磨全生園に収容されるハンセン病患者や、東村山に多く所在した感染症患者向け診療所に入所する結核患者を乗せた「病人車」と呼ばれる臨時列車が国分寺方面から入線し、駅構内には一般客から隔離された専用の駅舎とホームが存在した。戦後は「病人車」による患者輸送が廃止となったため、専用の駅舎とホームはすべて撤去された。現在その敷地は拡張された駅施設の下になっており、当時を偲ばせるものは全く残っていない。
[編集] 隣の駅
[編集] 注釈
- ^ 東村山市史研究第10号
[編集] 関連項目
- 志村けん - 1976年、「東村山市の知名度を高めた」功績により東村山市長から感謝状を贈られた。この時感謝状授与記念と志村への激励の証として植えられたケヤキの木が駅東口にあり、「志村けんの木」と呼ばれている。1995年、東村山駅開業百周年記念イベントの司会を担当した。
- 東村山音頭
[編集] 外部リンク
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