東村山駅

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東村山駅
東口(2006年12月24日)
東口(2006年12月24日)
ひがしむらやま - Higashi-Murayama
所在地 東京都東村山市本町二丁目3-32
所属事業者 西武鉄道
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 3面6線
乗降人員
-統計年度-
45,705[1]人/日
-2011年-
開業年月日 1894年明治27年)12月21日
乗入路線 3 路線
所属路線 新宿線
駅番号 SS 21
キロ程 26.0km(西武新宿起点)
SS20 久米川 (1.4km)
(2.9km) 所沢 SS22
所属路線 国分寺線
駅番号 SK 05
キロ程 7.8km(国分寺起点)
◄SK04 小川 (2.7km)
所属路線 西武園線
駅番号 SK 05
キロ程 0.0km(東村山起点)
(2.4km) 西武園 SK06►
ホーム(2005年7月28日)

東村山駅(ひがしむらやまえき)は、東京都東村山市本町二丁目にある、西武鉄道である。特急「小江戸」号を含む全列車が停車する。

乗り入れ路線[編集]

新宿線西武園線国分寺線の3路線が乗り入れ、4方向の列車が利用できる。西武園線は当駅が起点、国分寺線は当駅が終点である。ただし、国分寺線の列車の一部は新宿線本川越方面や西武園線と直通運転を行う。

駅番号については、新宿線がSS21、国分寺線と西武園線がSK05である。西武園線は以前は路線図上では新宿線のラインカラーが使われていたが、これは2011年12月の脱線事故以前は新宿線西武新宿方面との直通列車が乗り入れていた名残であり、2013年3月16日のダイヤ改正以降は、現在のダイヤの実情に応じて国分寺線と同じラインカラーに変更された。

所沢方面から拝島方面へ行く場合、通常は小平で乗り換えるが、時刻によっては東村山で国分寺線に乗り換えると小川拝島線下り列車に接続することがあり、その場合は東村山到着前の車内でアナウンスされる。

歴史[編集]

久米川仮停車場の開設[編集]

川越鉄道甲武鉄道国分寺停車場と川越を結ぶ目的で建設され計画時は東村山に停車場を作る予定はなかった。その理由を『東村山市史』では、東村山から一人も発起人が出なかったこと、同じく発起人がいなかったにもかかわらず小平村(現・小平市)に小川停車場が設置されたのは、青梅街道と交差するなど要衝の地であったことに対し、東村山が純農村地帯であったことをあげている。ところが、予期せぬ出来事により東村山に停車場が設置されることになった。それは、柳瀬川の架橋に対し地元住民が水害の恐れがあると反対したため、工事が中断。結局内務省の裁定で橋梁の設計変更を行うこととなった。しかし、工事が大幅に遅延したため、やむなく1894年明治27年)12月、橋梁手前に久米川仮停車場を設けて川越鉄道は暫定開業となり、こうして東村山に初めての停車場が誕生した。その後橋梁も完成し、翌年3月に川越停車場まで全通したため、久米川仮停車場は廃止されることになった。それを知った住民は停車場の設置を川越鉄道に陳情し、工事資金と用地を提供することにより8月に久米川仮停車場から国分寺停車場寄りに東村山停車場が開業することになった。西口ロータリーに設置されている「東村山停車場の碑」の裏面には寄付者とその金額が記されている。

村山貯水池建設と延長線建設[編集]

このように、周辺の主たる産業が農業であり、雑木林ばかりであった東村山停車場に転機をもたらしたのは、東京市による公共事業だった。明治時代末期、東京市は人口の急増による飲料水不足が深刻な問題となっており、その対策を模索していた。そして、大和村(現・東大和市)の地に人造湖を造成することとなり、1916年大正5年)から大規模な開発が行われることになった。東京市では、1920年(大正9年)に東村山停車場から建設現場までトロッコ軌道を敷設[2]、連日多摩川から採取した砂利セメントを国分寺を経由して東村山停車場でトロッコに積み換えて現場まで輸送した[3]

また同じ頃、都心へ直接乗り入れるべく東村山停車場から分岐して国鉄高田馬場駅に向かう路線の建設を決定し、1925年(大正14年)から用地買収に着手した。東村山停車場はその建築資材の搬入先となり、工事の進捗とともにこれらの建設の工事関係者の流入より、停車場前はカフェ、商店、下宿屋、映画館などが軒を並べて活況を呈した。

ハンセン病患者専用ホーム[編集]

かつては国立療養所多磨全生園に収容されるハンセン病患者や、東村山に多く所在していた感染症患者向け診療所に入所する結核患者を乗せた「病人車」と呼ばれる臨時列車が国分寺方面から入線し、一般客から隔離された専用の駅舎とホームが現在の東口側に存在していた(このころ改札口は西口しかなかった)。病院が1929年(昭和4年)に自動車を購入し、品川八王子赤羽三河島などの各駅に迎えに行くようになり「病人車」による患者輸送は廃止され[4]、専用の駅舎とホームはすべて撤去された[5]。その敷地は拡張された駅施設の下になっており、当時を偲ばせるものは全く残っていない。

戦時の糞尿輸送[編集]

東京都の依頼により1944年(昭和19年)から鉄道による糞尿輸送が行われることとなり、コンクリート製の貯溜槽が駅の北側に設けられた。地元の人からは溜もしくはくそ溜といわれていた。毎朝糞尿を積んだ貨車がやってきてたが一日で汲取ってしまったという。また1945年(昭和20年)1月にはこれの底が抜け落ち、周囲に糞尿を撒き散らした揚句地下水が汚染されたという事故も発生している[6]。使用廃止後は西武鉄道の社宅が建てられた。2011年に老朽化した社宅を壊したところ基礎の下からコンクリートの構造物が出土したため東村山ふるさと歴史館では学術調査をする予定となっている[7]

連続立体交差化事業[編集]

駅周辺の踏切では慢性化した渋滞が問題となっていたことから、東京都・東村山市・西武鉄道は東村山駅及び駅付近の新宿線、国分寺線、西武園線の約4.5kmの区間について鉄道を高架化し、道路と鉄道の連続立体化する構想について検討した[8]。間もなく事業化の方針が決まり、2012年、東京都が連続立体交差化計画を決定、2013年国土交通省より都市計画事業認可。2015年1月着工、2025年3月完成予定となっている。完成時には府中街道など5カ所の踏切が除去されるほか、駅は2面4線(新宿線上り本線、新宿線上り待避線・国分寺線上り・西武園線上り、新宿線下り待避線・国分寺線下り・西武園線下り、新宿線下り本線)の高架駅となる。

年表[編集]

  • 1894年(明治27年)12月21日 -川越鉄道 久米川仮駅として開業。
  • 1895年(明治28年)3月21日 - 久米川仮駅 - 川越駅 (21.2km) 開通に伴い、久米川仮駅廃止。
  • 1895年(明治28年)8月6日 - 東村山駅として営業開始。
  • 1916年(大正5年) - 東村山郵便局の集配開始に伴い、郵便物の受け渡しを始める。
  • 1927年昭和2年)4月16日 - 村山線開通。駅舎を新築する。
  • 1930年(昭和5年)4月5日 - 東村山駅-村山貯水池前駅(のち狭山公園前駅)間開業[9]
  • 1933年(昭和8年)7月12日 - 西武鉄道東村山-国分寺間乗合自動車営業開始[10]
  • 1944年(昭和19年)5月10日 - 東村山駅-狭山公園前駅間営業休止[11]
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 東村山駅-村山貯水池駅間営業再開[11]
  • 1948年(昭和23年)11月5日 - 東村山駅-国分寺駅間電化[11]
  • 1950年(昭和25年)4月6日 - 東村山駅-柳瀬信号所間複線運転開始[11]
  • 1963年(昭和38年)4月21日 - 上り6両編成対応ホーム使用開始[11]
  • 1971年(昭和46年)10月20日 - 橋上駅舎および東口ロータリー完成。
  • 1975年(昭和50年)6月2日 - 10両編成対応ホーム使用開始[11]
  • 1980年(昭和55年)3月17日 - 休日のみ運行の快速急行を設定、停車駅になる。
  • 1991年平成3年)2月14日 - 乗り換え跨線橋使用開始[12]
  • 1993年(平成5年)9月9日 - 自動改札機使用開始。
  • 1998年(平成10年)3月26日 - 快速急行の通過駅となり、休日ダイヤでは運休になる。
  • 2007年(平成19年)3月6日 - 9年ぶりに快速急行の停車駅になる。
  • 2011年(平成23年)12月24日 - 西武園発西武新宿行き各駅停車による脱線事故が構内で発生。
  • 2013年(平成25年)3月16日 - ダイヤ改正に伴い、特急「小江戸」の停車駅となる[13]

駅構造[編集]

島式ホーム3面6線の地上駅で、橋上駅舎を有する。

各ホームを連絡する跨線橋は2本あり、所沢・西武園寄りのものは駅舎と一体である[14]。各ホームと改札階、東口・西口地上部と改札階をそれぞれ連絡するエレベーターエスカレーターが設置されている[14]

トイレは改札内コンコース部に立地し、多機能トイレを併設する[14]

のりば[編集]

図上部より以下の順番

ホーム 路線 方向 行先 備考
1・2 国分寺線 - 小川国分寺方面 一部西武園行き
3 新宿線 下り 所沢本川越方面  
西武園線 - 西武園ゆき 一部1番ホーム
4 新宿線 下り 所沢・本川越方面  
5・6 新宿線 上り 高田馬場西武新宿方面  
  • 新宿線は通常4・6番ホームを使用し、3・5番ホームは特急との緩急接続に用いられる。また2013年3月16日の改正までは平日朝に通勤急行との接続にも用いられていた。かつては西武園からの急行と所沢方面からの各停の接続も(5・6番ホームにて)していた。
  • 一部の西武園行列車は、1番ホームから発車するものもある(国分寺線から直通するもの、3番ホームが新宿線列車の特急退避で使用できない場合も1番ホームで発着する)。
  • 国分寺線からの新宿線(本川越方面)直通電車は、3番ホーム(列車によっては4番ホーム)に入線する。
  • 新宿線からの国分寺線直通列車は2番ホームに入線する。そのため新宿線下りや西武園線と平面交差するため夕方の直通列車ではたびたび第一場内手前で入線交換待ちをしている姿が見受けられる。
  • ダイヤ乱れ等で所沢方面から東村山行きが来た場合は3番ホームを使って折り返す。
  • 1997年春まではホーム番号の付番が逆であり、1・2番ホームが新宿線西武新宿方面などとなっていた。
  • ホーム有効長は、1・2番ホームが6両編成に、3 - 6番ホームが10両編成に対応している。
  • 駅東側の6番ホーム隣には1本側線があるが保線用とされており、旅客の列車が入ることは無い。
  • 駅の久米川寄りには小さな保線基地がある。
  • 基本的に10両・8両・6両停止位置は所沢寄りに定められているが、特急車両又は4両編成はホーム中程に停車することを定められている(4・6番ホームの4両停止目標を除く)。
  • 新宿線の5番ホームから西武園に向けて発車することができるが、前述した脱線事故以降、当該区間の出発信号機・場内信号機には使用停止の「×」印が付けられており2013年現在は使用できない状態である。5番ホームから西武園方面へは競輪開催時の南入曽車両基地からの回送列車に使用されていた。かつては競輪開催時に一部の西武園行きが5番ホームから出ていたこともある。


利用状況[編集]

2011年度の一日平均乗降人員は45,705人で[1]、西武鉄道全92駅中20位である[15]

近年の一日平均乗車人員の推移は下表の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
新 宿 線 国分寺線 西武園線 出典
1992年 15,992 5,167 279 [16]
1993年 15,814 5,230 266 [17]
1994年 15,195 5,493 249 [18]
1995年 15,066 5,555 246 [19]
1996年 14,830 5,674 238 [20]
1997年 14,849 5,679 205 [21]
1998年 14,836 5,674 148 [22]
1999年 14,806 5,587 145 [23]
2000年 14,923 5,663 148 [24]
2001年 15,066 5,652 142 [25]
2002年 15,022 5,677 137 [26]
2003年 15,336 5,850 142 [27]
2004年 15,216 5,888 151 [28]
2005年 15,419 6,055 151 [29]
2006年 15,542 5,978 156 [30]
2007年 15,814 5,874 161 [31]
2008年 16,222 6,036 159 [32]
2009年 16,329 6,197 159 [33]
2010年 16,299 6,323 162 [34]

発車メロディ[編集]

2014年12月1日より、発車メロディ東村山音頭に変更されている。
4番線(新宿線下り)、5番・6番線(新宿線上り)で流れる部分が異なる。
なお、待避の関係で3番線に入る列車もあるが、こちらの列車に関しては非対応である(池袋線上り列車のメロディが流れる)。

駅周辺[編集]

東口[編集]

志村けんの木(2009年8月22日)

駅東口にはロータリーがあり、そこから真東に直線の道路が約1.2 kmにわたって完成したことで、再開発が進みつつある。

西口[編集]

2009年に駅前広場が整備され、併せて駅舎に直結した高層マンションが建設された。

バス路線[編集]

東口[編集]

西口[編集]

隣の駅[編集]

西武鉄道
新宿線
通勤急行(平日朝間上り方面のみ運転)
田無駅 (SS17) ← 東村山駅 (SS21)所沢駅 (SS22)
急行・準急・各駅停車
久米川駅 (SS20) - 東村山駅 (SS21) - 所沢駅 (SS22)
国分寺線・西武園線
各駅停車
小川駅(国分寺線)(SK04) - 東村山駅 (SK05) - 西武園駅(西武園線)(SK06)/所沢駅(新宿線)(SS22)
  • 国分寺線、西武園線の電車は、全列車が各停である。


かつて特急「小江戸」が通過駅だった当時、6月に北山公園で開催される「菖蒲まつり」期間中に特急「小江戸」が臨時停車していたことがあった。また、2012年にも西武鉄道創立100周年を記念し、西武新宿発19時台と20時台の下り4本が9月24日 - 30日の期間に臨時停車していた[35]。2013年3月16日のダイヤ改正より特急「小江戸」の停車駅となり全列車停車駅になった。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「駅別乗降人員(一日平均)の推移」No.4 2007年度 - 2011年度 新宿線・拝島線・西武園線・国分寺線・多摩湖線・多摩川線 (PDF) - 西武鉄道
  2. ^ 所有者東京市(武蔵水電東村山駅-清水村間2.25哩)工事用材料運搬『鉄道省鉄道統計資料. 大正10年度』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  3. ^ 当時、多摩湖線はまだ開通していなかった。
  4. ^ 「多磨全生園患者自治会『倶会一処(くえいっしょ)』」(一光社、1979年)
  5. ^ 昭和15年実見した人によれば荒れ放題であったという『東村山市史研究』No.22、2013年、91頁
  6. ^ 東村山市史研究第10号
  7. ^ 大藪裕子「東村山に造られた糞尿卸場貯留槽と下肥利用」『東村山市史研究』第22号
  8. ^ 連続立体交差化計画 - 東村山市役所
  9. ^ 「地方鉄道運輸開始」『官報』1930年4月12日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ 『全国乗合自動車総覧』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー)
  11. ^ a b c d e f 『写真で見る西武鉄道100年』、ネコ・パブリッシング、2013年、233-236頁
  12. ^ 『会社要覧』西武鉄道株式会社、1999年、100-103頁
  13. ^ 2013年3月16日(土)ダイヤ改正について - 西武鉄道
  14. ^ a b c 東村山駅 駅構内マップ - 西武鉄道
  15. ^ 駅別乗降人員 2011(平成23)年度 1日平均 (PDF) - 西武鉄道
  16. ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
  17. ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
  18. ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
  19. ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
  20. ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
  21. ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
  22. ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
  23. ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
  24. ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
  25. ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
  26. ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
  27. ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
  28. ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
  29. ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
  30. ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
  31. ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
  32. ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
  33. ^ 東京都統計年鑑(平成21年)
  34. ^ 東京都統計年鑑(平成22年)
  35. ^ 東村山駅・新所沢駅に特急電車が停まります!

参考文献[編集]

  • 武井武「川越鉄道の創業」『多摩のあゆみ』通巻11号、1978年
  • 益井茂夫「公文書からみた川越鉄道」『多摩のあゆみ』通巻73号、1993年 - 工事延期の願い、停車場設置願いなどの史料
  • 柳井潔「百歳を迎える川越鉄道」『多摩のあゆみ』通巻73号、1993年 -「東村山停車場の碑」の由来について
  • 仲清「川越鉄道久米川仮停車場の位置について」『東村山市史研究』通巻8号、1999年 - 地元古老への聞き取り調査や公文書による久米川仮停車場の位置の検証

関連項目[編集]

外部リンク[編集]