下落合駅
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| 下落合駅 | |
|---|---|
下落合駅(2008年7月)
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| しもおちあい - Shimo-Ochiai | |
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◄高田馬場 (1.2km)
(0.7km) 中井►
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| 所在地 | 東京都新宿区下落合一丁目 |
| 所属事業者 | 西武鉄道 |
| 所属路線 | ■新宿線 |
| キロ程 | 3.2km(西武新宿起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
10,976人/日 -2009年- |
| 開業年月日 | 1927年(昭和2年)4月16日 |
下落合駅(しもおちあいえき)は、東京都新宿区下落合一丁目にある西武鉄道新宿線の駅。
駅名にある「落合」は、神田川と妙正寺川の合流点から生じた地名。西武グループ発祥の地であり、創始者の堤康次郎が自ら私邸を構える『目白文化村』として沿線開発された。
目次 |
[編集] 駅構造
相対式ホーム2面2線を持つ地上駅。ホーム長の関係上、8両編成までの列車しか停車することが出来ない。また、ホームが非常に湾曲しているため、電車到着時には「足元にご注意下さい」という注意喚起放送が自動で流される。
下り線専用改札(自動改札のみ)開設前は、改札口が一つしかなく当時は跨線橋も無かったため、上下線を連絡する乗客専用の小踏切が構内に設けられていた。
トイレは上りホーム中ほどにある。2008年度からのバリアフリー対応工事の進行により、ユニバーサルデザインの一環として「だれでもトイレ」が整備された。
2008年度には加えて跨線橋部分にエレベーターも設置された[1]。
[編集] のりば
| 1 | ■新宿線 | 田無・所沢・本川越・拝島線 拝島方面 |
| 2 | ■新宿線 | 高田馬場・西武新宿方面 |
[編集] 利用状況
2010年度の1日平均乗降人員は10,492人であり[2]西武鉄道全92駅中64位。 近年の1日平均乗降人員、乗車人員の推移は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗降人員 |
1日平均 乗車人員 |
|---|---|---|
| 1990年 | 8,364[3] | |
| 1991年 | 8,527[4] | |
| 1992年 | 7,405[5] | |
| 1993年 | 7,066[6] | |
| 1994年 | 6,921[7] | |
| 1995年 | 6,852[8] | |
| 1996年 | 6,800[9] | |
| 1997年 | 6,564[10] | |
| 1998年 | 6,290[11] | |
| 1999年 | 6,071[12] | |
| 2000年 | 6,260[13] | |
| 2001年 | 6,132[14] | |
| 2002年 | 5,896[15] | |
| 2003年 | 5,926[16] | |
| 2004年 | 5,767[17] | |
| 2005年 | 11,864[18] | 5,781[19] |
| 2006年 | 11,595[18] | 5,668[20] |
| 2007年 | 11,179[18] | 5,650[21] |
| 2008年 | 11,210[18] | 5,762[22] |
| 2009年 | 10,976[18] |
[編集] 駅周辺
- 聖母病院・聖母大学
- 星野通り(通称。聖母病院裏付近にある星野直樹の旧宅付近)
- 日本聖書神学校(学校法人聖経学園)
- 氷川神社
- 新宿区立中央図書館
- 東京富士大学
- 財団法人学徒援護会(内外学生センター) - 2008年移転
- エステー本社 - ロールカーテンにトレードマークのヒヨコが分割して描かれており、休業日や西日の強い午後などにすべて降ろされると、車窓からも目立つ。
- HOYA本社
- フジオ・プロ
- 神田精養軒
- おとめ山公園・下落合野鳥の森公園 - 元将軍家お狩り場
- 東京都下水道局落合水再生センター・都営バス小滝橋営業所 - 関東重工業跡地
- 落合中央公園 - 西武ポリマ化成跡地
- 神田川
- 妙正寺川
- 新目白通り(通称『十三間道路』、東京都道8号千代田練馬田無線)
- 新目白通郵便局
[編集] バス路線
[編集] 路線バス
[編集] 高速バス
関越自動車道を利用する西武バスおよび共同運行会社が運行する以下の高速バスのバス停(徒歩2分程)が新目白通り沿いにある。各地行きは乗車専用、池袋行きは降車専用。なお、高速バス乗車券取扱所としてセブンイレブン新宿下落合駅北店(下落合駅前交差点)のマルチコピー機で予約・発券[2]できるが、利用に際して制約がかかる点もあるため、予め旅行会社などの取扱箇所(近隣だと高田馬場駅周辺)で購入しての利用が望ましい。
[編集] 歴史
- 1927年(昭和2年)4月16日 - 村山線高田馬場(仮)駅~東村山駅開通に伴い、旅客駅として正式開業。現在地より東へ300M程離れた高田馬場側にあった。
- 1930年(昭和5年)7月3日 - 現在地に移転。東京護謨株式会社(自転車用タイヤ製造で創業した、西武グループ中核企業の一つ。後の西武ゴム → 西武ポリマ化成 → 西武ポリマ化工)本社工場や、関東重工業(航空機部品メーカー、後のフタバ産業)本社工場とも隣接。
- 1986年(昭和61年)4月26日 - 新駅舎使用開始[23]。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注
- ^ 西武鉄道 2008年度設備投資計画
- ^ 西武鉄道「駅別乗降人員」 (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成2年)225ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成3年)231ページ
- ^ 東京都統計年鑑(平成4年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成5年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成6年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成7年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成8年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成9年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成10年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成11年) (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成12年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成13年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成14年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成15年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成16年)
- ^ a b c d e [1] (PDF)
- ^ 東京都統計年鑑(平成17年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成18年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成19年)
- ^ 東京都統計年鑑(平成20年)
- ^ 『会社要覧』西武鉄道株式会社、1999年、100-103頁
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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