日本学生同盟
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日本学生同盟(にほんがくせいどうめい、略称:日学同)は、有力な民族派学生組織の一つ。全国学生自治体連絡協議会(略称は全国学協、初代委員長鈴木邦男)と並んで民族派学生運動の双璧を成した。
[編集] 沿革
左翼セクトに支配された早稲田大学の「正常化」を目指して1966年(昭和41年)につくられた「早稲田学生連盟」を基に、同年11月に結成された。中心となったのは、矢野潤、齋藤英俊(初代委員長)らで、主要な運動スローガンは「学園正常化」と「YP体制打倒」であった。
結成当初は早稲田大学雄弁会(海部俊樹、森喜朗、玉澤徳一郎、小渕恵三ら)との関係が強かったこともあって、自民党へ合流した日学同「自由派」などの分派も生まれた。その後更に数度の分裂を乗り越え活動を続けたが、2007年(平成19年)に解散した。
機関紙は「日本学生新聞」。ヘルメットは国防色。同盟歌は川内康範の作詞(矢野潤が交渉)。
三島由紀夫が楯の会を結成した際には、日学同同盟員の持丸博が積極的にこれに関与し、楯の会初代学生長に任命された(二代目が森田必勝)。また、草創期の楯の会会員の多くは日学同出身であった。OBには地方議員や作家等も多く、2012年現在も各方面で活動している。
[編集] 社会人戦線
ほかにも、国防問題研究会(昭和56年結成)、新民族主義青年同盟(昭和61年結成)、憲法問題研究会(平成12年三島研より独立)などの社会人組織がある。
[編集] 主な活動家
- 三島由紀夫と共に自衛隊で訓練を受けた楯の会の学生長。1970年(昭和45年)11月に、三島由紀夫が市ヶ谷台の陸上自衛隊東部方面総監部で、自衛隊に決起を呼びかけた後に自決した際、共に自刃。日学同は、楯の会入会後の森田を除名(組織防衛のためとされる)したが、その自決後は「憂国忌」を開催し、三島と森田を追悼している。
- 元『日本学生新聞』編集長。作家。中国問題研究家。
- フリージャーナリスト。著書の多くはヤクザを題材にしたものだが、戦後右翼の長老格であった中村武彦に取材した『或る日本主義者の半生』(廣済堂)等のいわゆる「右翼モノ」も数点執筆している。
- 近畿大学法学部時代に参加。現在は東京都議会議員。日本会議地方議員連盟副会長。
- 獨協大学在学中に全国学協に参加。日教組大会粉砕行動に挺身し、学友会(自治会)を死守。副委員長などを務めた。現在は東京都議会議員。