ハルビン工業大学
| ハルビン工業大学 | |
|---|---|
| 大学設置 | 1922年 |
| 創立 | 1920年 |
| 学校種別 | 国立 |
| 本部所在地 | 黒竜江省ハルビン市 |
| ウェブサイト | ハルビン工業大学公式サイト |
ハルビン工業大学(はるびんこうぎょうだいがく、英語: Harbin Institute of Technology、英文略称:HIT)は、黒竜江省ハルビン市に本部を置く中華人民共和国の国立大学である。1922年に設置された。
目次 |
校訓[編集]
ハルビン工業大学の校訓は「規格厳格,功夫到家」である。
校徽[編集]
ハルビン工業大学の校徽は下部に鳥の羽に似せた開いた本でハルビン工業大学の学生が永遠に知識の世界で羽ばたくことを表し、「HIT」はハルビン工業大学の英文表記の略号である。「1920」はハルビン工業大学の設立年度で長い歴史を表現し、中央にある建物はハルビン工業大学の主楼である。
概要[編集]
ハルビン工業大学は1920年に黒龍江省ハルビン市で創設された。1954年に国内6校の重点大学に指定されて以来、一貫して国の重点育成対象大学となってきた。1996年には全国に先駆けてハルビン工業大学が211工程対象校となったほか、1999年には世界の一流大学を目指す9大学の一つにハルビン工業大学が指定された。ハルビン工業大学は理工系を主体としつつ、文学、経済学、法学などの学域をも網羅する総合大学である。ハルビン工業大学は特に宇宙工学の領域で優れた成果を残している。世界の耳目を集めた中国初の有人宇宙船「神舟」ではハルビン工業大学が故障診断システムなど重要な部分の開発に携わったほか、中国初の大学自主開発人工衛星「試験衛星1号」でもハルビン工業大学が主導的な役割を演じた。現在でも月探査プロジェクト(嫦娥計画)にハルビン工業大学は積極的に関与しており、中国宇宙工学の分野でハルビン工業大学が残してきた足跡は非常に大きい。ハルビン工業大学は校訓である「規格厳格,功夫到家」の伝統に則り、個性を育成と緩やかな管理を教学方針とし、優れたエンジニアとしての能力と協調性を兼ね備えた想像力あふれる人材の育成に努めてきた。ハルビン工業大学は創立以来10余万人の人材を輩出してきたが、そのいずれもが国家や学術領域の中枢人材や、著名な企業家となっている。日本の経済産業省は同大学がミサイル開発に関与している懸念があるとして、懸念者のリストである外国ユーザーリストに掲載している。
略歴[編集]
ハルビン工業大学1920年に「ハルビン中露工業学校」として創設された。当時、帝政ロシアが当地で東清鉄道を建設中で、ハルビン中露工業学校は鉄道技術者の養成機関として設立されたものだった。ロシアの教育制度が導入され、授業はすべてロシア語で行われた。1928年に所轄が中華民国東省特別行政区となり、校名も「東省特区工業大学校」に改称された。同年、それまで鉄道、機械系だけだった同校に法政学院と商学院が開設され、「ハルビン工業大学校」に改称された。ハルビン工業大学校は中ソ共同管理となり、張学良が理事会主席となった。満州国が建国されるとハルビン工業大学校は日本に接収され、授業は日本語で行われるようになった。1936年に「国立ハルビン高等工業学校」に改称され、1937年以降は日本式の授業が行われるようになった。「ハルビン工業大学」に改称されたのは1938年で、以降現在に至るまで、ハルビン工業大学の名称が使われている。第二次世界大戦後、ハルビン工業大学は中ソ共同管理に戻り、鉄道技術者の養成を主とした。学制は5年で授業はロシア語で行われた。ハルビン工業大学は新中国建国後の1950年に中国の管理する大学となり、当時の親ソ路線の下、ソ連の工業技術を摂取する大学とされた。1966年に始まった文化大革命はハルビン工業大学にも大きな影響を与えた。ハルビン工業大学は1970年に一部の人員と大部分の物資を重慶に移動するよう指示された。そして重慶でハルビン工程学院原子工程系と統合し、「重慶工業大学」に改組された。ハルビンに残った部分は黒龍江工学院、ハルビン電工学院と合併し新「ハルビン工業大学」に再編された。1973年に国の指示で重慶工業大学はハルビンに戻りハルビン工業大学に編入されたが、一連の経緯を受けてハルビン工業大学は大きなダメージを受けた。文化大革命が終結した1977年、ハルビン工業大学は本科生の募集を再開した。78年には修士、82年には博士の募集も始め、84年には全国15大学の重点建設大学に指定された。さらに96年には全国に先駆けて211工程の対象大学に指定された。これらを通してハルビン工業大学は現在の中国東北部最高学府としての地位を不動のものとした。
特色[編集]
1996年、第1期211工程の重点建設校に入り、また、1999年には第1期「985工程」の重点建設大学となった。理工系を主とし、理学、工学、管理学、文学、経済学、法学が結び付き、多くの学科が揃う、オープンな国の研究型重点大学へと発展を遂げた。21の学部、80の本科専攻があり、9つの一級国家重点学科(力学、機械工学、機器科学・技術、材料科学・工学、動力工学及び工学熱物理、制御科学・工学、コンピュータ科学・技術、土木工学、管理科学・工学)、6つの二級国家重点学科(光学、電機・電器、物理電子学、通信・情報システム、飛行器設計、環境工学)を設けている。2007年の国家級重点学科ランキングでは工科系分野の国家重点学科設置数で第2位にランクされた。82の博士学位授与課程、148の修士学位授与課程があり、18の一級学科で博士学位の授与権、28の一級学科で修士学位の授与権を持つ。また、20のポスドク流動ステーション、8つの国家級重点実験室がある。
| ハルビン工業大学 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 哈爾濱工業大學 |
| 簡体字: | 哈尔滨工业大学 |
| 拼音: | Hāerbīn Gōngyè Dàxué |
| 発音: | ハルビン ゴンイェー ダーシュエ |
| 英文: | Harbin Institute of Technology |
年表[編集]
- 1920年 - 「ハルビン中露工業学校」として創設
- 1922年 - 「中露工業大学校」に改称
- 1928年 - 「東省工業大学校」に改称
- 1928年 - 「ハルビン工業大学校」に改称
- 1936年 - 「国立ハルビン高等工業学校」に改称
- 1938年 - 「ハルビン工業大学」に改称
- 1955年 - ハルビン業余工業大学をハルビン工業大学に編入
- 1970年 - ハルビン工業大学の一部を重慶市に移転し、ハルビン工程学院原子工程系と統合し「重慶工業大学」に改組
- 1970年 - ハルビン工業大学の一部と黒龍江工学院、ハルビン電工学院を合併し、新「ハルビン工業大学」に改組
- 1973年 - 重慶工業大学をハルビン工業大学に編入
- 2000年 - ハルビン建築大学をハルビン工業大学に編入
著名な出身者[編集]
政治・行政[編集]
- 孫運璿 - 中華民国行政院長
- 李鐘玉 - 朝鮮民主主義人民共和国政務院総理
- 李長春 - 中国共産党中央政治局常務委員、中央精神文明建設委員会主任
- 王兆国 - 中国共産党中央政治局委員、中華全国総工会執行委員会主席
- 劉忠徳 - 中華人民共和国文化部部長
- 欒恩傑 - 中国国家航天局局長
- 鄒家華 - 中華人民共和国国務院副総理、中華民国の教育者鄒韜奮の長男
- 葉選平 - 中国人民政治協商会議第一副主席、中国人民解放軍の元老葉剣英の長男
- 王勇 - 中華人民共和国国務院国有資産監督管理委員会主任
- 万鋼 - 中華人民共和国科学技術部部長
- 戚元靖 - 中華人民共和国冶金工業部部長
- 蒋耀平 - 中華人民共和国商務部副部長
- 鄭光廸 - 中華人民共和国交通部副部長
- 斉驥 - 中華人民共和国住宅都市農村建設部副部長
- 周鐵農 - 中国国民党革命委員会主席
- 朱育誠 - 国務院発展研究センター港澳研究所所長
軍人・警察[編集]
- 李継耐 - 中国人民解放軍総政治部主任、上将
- 胡世祥 - 中国人民解放軍総装備部副部長、中将
- 李元正 - 中国人民解放軍総装備部副部長、中将
- 趙树義 - 中国人民解放軍海軍北海艦隊政治部副主任、海軍少将
- 董慶福 - 中国人民解放軍第二砲兵部隊副総参謀長、少将
- 戚慶倫 - 中国人民解放軍第二砲兵部隊副総参謀長、少将
- 楊鳳龍 - 中国人民解放軍第二砲兵部隊装備部副部長、少将
- 徐浜士 - 中国人民解放軍総装備部装甲兵工程学院副院長、少将
- 馮汝明 - 中国人民解放軍総装備部科学技術委員会常務委員、少将
- 劉慶貴 - 中国人民解放軍少将、酒泉衛星発射センター副司令員
- 呉年生 - 中国人民解放軍少将、酒泉衛星発射センター参謀長
- 孫錦雲 - 中国人民解放軍総参謀部第二部高級エンジニア、少将、総政治部主任李継耐の妻
- 王先金 - 中国人民解放軍海軍葫芦島保障基地司令員、海軍少将
- 郭鉄男 - 中華人民共和国公安部辺防管理局局長、武警少将
経済・経営[編集]
- 許達哲 - 中国航天科工集団公司総経理
- 馬興瑞 - 中国航天科技集団公司総経理
- 袁家軍 - 中国航天科技集団公司副総経理
- 竺延風 - 中国第一汽車集団公司総経理
- 耿昭傑 - 中国第一汽車集団公司総経理
- 蔡志明 - 香港旭日集団主席、2011年フォーブス中国香港長者番付の10位
- 李書福 - 浙江吉利控股集団創業者、董事長、2004年胡潤中国大陸長者番付の31位
- 劉迎霞 - ハルビン翔鹰集団創業者、董事長、2008年胡潤中国大陸女性長者番付の31位
- 張宏偉 - ハルビン東方集団創業者、董事長、2003年胡潤中国大陸長者番付の100位
- 張思民 - 深セン海王集団創業者、董事長、2001年フォーブス中国大陸長者番付の10位
- 石山麟 - 北京昌寧集団創業者、董事長、2001年フォーブス中国大陸長者番付の51位
- 宋殿権 - ハルビン光宇集団創業者、董事長、2001年フォーブス中国大陸長者番付の97位
教育・研究[編集]
- 孫家棟 - 中国製人工衛星プロジェクトの主導者、嫦娥計画の元総設計士
- 宋健 - 中国工程院院長、両院(中国科学院、工程院)院士
- 李静海 - 中国科学院副院長、院士
- 刘永坦 - 両院(中国科学院、工程院)院士
- 王家琪 - 中国科学院院士、中国科学院長春光学精密機械・物理研究所所長
- 欧進萍 - 中国工程院院士、大連理工大学学長
- 懐進鹏 - 中国科学院院士、北京航空航天大学学長
- 潘際銮 - 中国科学院院士、南昌大学名誉学長
- 方浜興 - 中国工程院院士、北京郵電大学学長
- 劉高聯 - 中国科学院院士、上海応用数学・力学研究所教授
- 贲徳 - 中国工程院院士、中国電子科技集団第十四所所長
- 袁家軍 - 中国空間技術研究院院長
- 邱小林 - 南昌理工学院院長
- 王祖温 - 大連海事大学学長
- 李培元 - 中国伝媒大学党委書記
- 王暁鋒 - 南京理工大学学長
- 張英傑 - 雲南民族大学学長
- 姚郁 - ハルビン工程大学副学長
- 張愛林 - 北京工業大学副学長
- 張自力 - 西南大学コンピュータ・信息科学学院院長
その他[編集]
- 陳虻 - CCTV放送
- 焦裕禄 - 中華人民共和国河南省蘭考県県委書記、新中国の国民英雄
学長の略歴[編集]
王樹国(1958年10月1日 - )は1989年にフランスのパリ高等工芸学院で工学博士号を取得。1993年にハルビン工業大学機械学部の教授に就任。国家「863計画」ロボット研究グループ副主任などを歴任し、2002年から現職。
日本人関係者[編集]
- 井上明久 - 客員教授、東北大学学長
- 酒井拓 - 客員教授、電気通信大学学長
- 古川憲治 - 客員教授、熊本大学副学長
- 池内克史 - 客員教授、東京大学教授
- 鈴木正之 - 客員教授、名古屋大学教授
- 佐藤喜彦 - 客員教授、新潟日報長岡支社長
- 杉山定久 - 客員教授、南富士産業代表取締役社長
- 田村幸雄 - 顧問教授、東京工芸大学教授
- 植田憲一 - 客員教授、レーザー新世代研究センター教授
- 中田一博 - 顧問教授、大阪大学接合科学研究所所長
- 富田眞治 - 顧問教授、京都大学細胞統合システム拠点特定拠点教授/事務部門長
- 萩原一郎 - 顧問教授、東京工業大学教授、日中自動車技術研究会会長
- 荒田吉明 - 顧問教授、財団法人近畿高エネルギー加工技術研究所名誉所長(副理事長)
- 泉原省二 - 客員教授、日本語教師、著書『日本語能力試験応試輔導』
- 小島 陽 - 客員教授、長岡技術科学大学学長
- 鎌土 重晴 - 客員教授、長岡技術科学大学教授・高性能マグネシウム工学センター長
海外協定校[編集]
世界22ヵ国の86校の大学と友好協力関係を結んでいる。国際交流協力におけるハルビン工業大学の方針はロシアとの交流を深め、欧米大学との協力関係を開拓し、アジアでの利益を高めることを掲げている。同校と友好関係にある日本の大学は早稲田大学、東京大学工学部、東京工業大学、北海道大学工学部、東北大学工学部、京都大学工学部、広島大学工学部、宮崎大学工学部、立命館大学、名古屋大学、千葉工業大学、山形大学、新潟大学、佐賀大学、上智大学、徳島大学、熊本大学、長岡科学技術大学、九州工業大学等である。九州大学とは都市環境及びスペースデブリ(宇宙ごみ)の研究分野で、大阪大学とは数学及び溶接の研究分野で、千葉大学とは都市計画、工業デザイン及びコンピュータの研究分野で、東京農工大学とは電気工学の研究分野で交流・協力がある。この他、ハルビン工業大学は日本のいくつかの有名な企業及び機関と共同研究を繰り広げており、例えば日本理研、宇宙航空研究開発機構、JASA、ドコモ、三菱等である。
主要付属機関[編集]
- ハルビン工業大学出版社 - ハルビン工業大学出版社は1983年に設立された。ハルビン工業大学出版社は大学教材を主として出版する学術性の高い出版社であり、設立以来、宇宙科学、通信工程、外国語教育などの幅広い分野で出版を行っている。
- ハルビン工業大学図書館 - ハルビン工業大学図書館は1920年に開設された。開設当初は蔵書数百冊の小さな規模であったが、1950年初頭に中国政府の管轄に入ってからは政府の手厚い支援を受け発展を遂げてきた。ハルビン工業大学は1954年に現在の第一校区に移った際に総面積が3千平方メートルを超え、蔵書数も40万冊に達した。2000年にハルビン建築大学と合併したことで、ハルビン工業大学図書館は2つの館を持つことになり、総面積は4万平方メートル、閲覧席は3千席を越えた。現在290万冊、他に100万冊の電子図書などを有する。第一校区館は工学、理工、管理学系、第二校区館は土木、環境工程、建築分館は建築学、都市計画学を主に所蔵している。
- ハルビン工業大学威海分校 - ハルビン工業大学威海分校は1985年に創設された。1996年にはハルビン工業大学汽車工程学院が威海分校に移転された。2002年に正式名称をハルビン工業大学(威海)に改称している。工学を主とし、他に理学、経済学、管理学、文学で合計38学科を開設している。学生数は約1万人である。
- ハルビン工業大学大学院深セン校
- ハルビン工業大学一校区幼稚園
- ハルビン工業大学二校区幼稚園
- ハルビン工業大学託児所
- ハルビン工業大学附属中学
中国版「アイビーリーグ」[編集]
2009年10月12日に北京大学、清華大学、浙江大学、ハルビン工業大学、復旦大学、上海交通大学、南京大学、中国科学技術大学、西安交通大学の9校(C9)は相互協力・交流の強化、教育資源の相互補完、ハイレベル人材の育成等を図るため、「一流大学人材育成協力・交流協議書」を締結した。中国版の「アイビーリーグ」結成に向けて第一歩を踏み出した。
外部リンク[編集]
- ハルビン工業大学ウェブサイト(英文)
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