交響曲第8番 (シューベルト)

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フランツ・シューベルト交響曲第8番ハ長調は、1825年から1826年にかけて作曲された、4楽章からなる交響曲である[1][2]。歌曲王にふさわしい魅力ある歌唱的旋律にあふれた大曲である。

解説[編集]

概要[編集]

本記事で扱うシューベルトの交響曲は、古くより番号が様々に呼ばれ、20世紀初頭までは「未完のものを除いて7番目」なので第7番と呼ばれることが多かった。次いで、1951年オットー・エーリヒ・ドイチュがシューベルトの作品目録を作成しドイッチュ番号を振って以降は、未完ながら演奏される2曲(D729のホ長調のもの、および、D759のロ短調の「未完成交響曲」)を含めて第9番と呼ばれるようになった。その後ドイチュの死後の1978年にヴァルター・デュルWalther Dürr(独語版)、アルノルト・ファイルArnold Feil(独語版)らによってドイチュ番号の改定が行われ、自筆譜のままで演奏できるという意味で完成されていると認められる交響曲の8番目のものであることから第8番とし、テュービンゲンの「国際シューベルト協会」(Internationale Schubert-Gesellschaft e.V.)をはじめ多くの楽譜出版社がこれに従ったため、第8番とすることも多くなってきている。ただし、そういう場合でも混乱を招かないように、第8(9)番と紹介することも少なくない。

本記事の交響曲は「ザ・グレート」(The GreatDie große C-Dur)と通称されているが、この呼び名はシューベルトの交響曲のうちハ長調の作品に第6番と第8番の2曲があり、第6番の方が小規模であるため「小ハ長調」と呼ばれ、第8番が「ハ長調」と呼ばれることに由来する。この「ザ・グレート」はイギリスの楽譜出版社によって付けられたものであるが、本来はそのように「大きい方(の交響曲)」といった程度の意味合いしか持たない。しかしそのスケールや楽想、規模は(本来意図したものではないにせよ、偉大と言うニュアンスでも)「ザ・グレート」の名に相応しく、現在ではこの曲の通称として定着している。

指示通りに演奏してもゆうに60分以上かかる大曲であり、シューマンは曲をジャン・パウルの小説にたとえ、「すばらしい長さ (天国的な長さ)」[3]と賞賛している。ベートーヴェンの大規模交響曲と力強さとを受け継ぎ、彼独自のロマン性を加えて完成された作品となっており、後のブルックナーマーラー20世紀ショスタコーヴィチなどの交響曲につながっている。

シューマンによる再確認[編集]

完成直後の1826年、シューベルトは同曲の楽譜をウィーン楽友協会へ献辞を添えて提出したが、わずかな謝礼こそ得たものの、演奏困難との理由で演奏されることはなかった。1828年にも同協会に提出したが、同様に演奏されることはなかった。

この作品は、シューベルトの死後、1839年にシューマンが自筆譜を確認して世に知られるようになった。前年にシューベルトの墓を訪れていたシューマンは、同年1月1日にウィーンのシューベルト宅を訪れるまでは、シューベルトはあくまで歌曲や小規模な室内楽、ピアノ曲などを演奏する、気心知れた仲間内の演奏会「シューベルティアーデ」の作曲家という認識しか持っていなかった。彼の部屋を管理していた兄フェルディナントはシューベルトの死後そのままに仕事机を保管していた。シューマンは、その机の上にあった長大な交響曲を発見し、シューベルトを歌曲の作曲家と見ていた自らの認識を覆すその作品に驚愕した。シューマンはぜひこれを演奏したい、楽譜をライプツィヒの盟友メンデルスゾーンに送りたいとシューベルトの兄に懇願し、ようやく許可を取り付けてメンデルスゾーンのもとに楽譜が届けられたという。そしてメンデルスゾーン指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団演奏によって、この交響曲は初演された。ただしシューマンは初演には立ち会えず、翌年の再演でようやく聴くことが出来た。

グムンデン・ガスタイン交響曲[編集]

この交響曲は、かつては直筆譜の日付から1828年の作曲と考えられてきた。しかし用紙のすかし模様が25年ごろに用いられていたものと一致すること、28が25の読み間違いの可能性があることなどの理由から、現在では1825年から26年にかけての作曲であると考えられている。その後、シュトゥットガルトでD849にあたるホ長調の交響曲の筆写譜が発見されて、ギュンター・ノイホルト指揮のシュトゥットガルト放送交響楽団による演奏の録音が南ドイツ放送でFM放送され、また出版もされた。この作品が「未完成」の後に書かれた交響曲であり、「ザ・グレート」はグムンデン・ガスタイン交響曲の脱稿直後に取りかかった作品となる。

データ[編集]

構成[編集]

第1楽章[編集]

Andante. Allegro ma non troppo

ハ長調、2/2拍子、序奏付きソナタ形式。ホルンの伴奏を伴うユニゾンでおおらかに始まる。この開始部分はシューマンの交響曲第1番「春」やメンデルスゾーンの交響曲第2番、ブラームスのピアノ協奏曲第2番のモデルとなっている。この序奏部分が楽章全体を構成する主要なモチーフを提示している点に大きな特徴がある。第1主題は音の大きく動く付点のリズムと3連符に特徴がある。第2主題が5度上の属調であるト長調ではなく、3度上のホ短調で書かれているのも大きな特徴。変イ短調に始まるトロンボーンの旋律が第3主題とされることもあるが、動機としては序奏の旋律の断片である。リズミカルなモチーフを主体として主題が構成されている点には、尊敬してやまなかったベートーヴェンの特に交響曲第7番と多くの共通点を持つ一方で、大胆な転調や和声進行にはシューベルトらしさが満ちあふれている。第662小節から最終685小節にかけて、序奏の主題が、音価を2倍に引き伸ばされた形で(結果として序奏と同じテンポに聞こえる)2度力強く再現され、楽章を終える。なお、この手法をシューベルトは交響曲第1番第1楽章ですでに用いている。

なお、初版においては拍子が4/4拍子に改竄されていた。現在では、本来の自筆譜通り(2/2)に戻されている。

第2楽章[編集]

Andante con moto

イ短調、2/4拍子、展開部を欠くソナタ形式。ABABAの形式となっている緩徐楽章。主としてオーボエが主旋律を担当するAは、スタッカートが特徴のリズミカルな動機を主体とし、かつ3つの異なる旋律から構成され、ピアノとフォルテシモの頻繁な交代を特徴としている。Bはヘ長調で書かれ(7番第一楽章と同じ調性関係)、Aとは対照的に息の長いレガートを主体とした下降旋律を特徴とする。シューベルトの面目躍如たる美しい旋律。対旋律の美しさも特筆に価する。第148小節から12小節に渡るホルンと弦との対話はシューマンが絶賛した。再現部では、Bは主調の同主長調であるイ長調で再現する。第330小節からのコーダではAが短縮された形で再現する。

第3楽章[編集]

Scherzo. Allegro vivace

ハ長調、複合三部形式、3/4拍子の大掛かりなスケルツォ。ベートーヴェンのスケルツォよりはメヌエットの性格を残している。後のブルックナーの後期作品を思わせるような息せき切るような主部の旋律と、シューベルトらしい旋律に溢れた雄大な中間部トリオ(イ長調)の対照が効果的である。

第4楽章[編集]

Finale. Allegro vivace

ハ長調、2/4拍子、自由なソナタ形式。1,155小節にも及ぶ長大なフィナーレ。第1楽章同様付点のリズムと3連符、そしてこの楽章ならではのオスティナートと強弱のコントラスト、激しい転調に特徴があり非常に急速で息を付かせない。ところどころ同じ和音が数小節にわたって続くところを如何に聞かせるかが、演奏者の腕の見せ所である。シューベルトはピアノソナタ第18番以降、同音連打を積極的に導入しており、このフィナーレでも存分にこれが展開される。

開幕の付点音符を素材とするハ長調の第1主題は非常に躍動的で、確保された後ト長調で抒情的な第2主題が木管によって朗々と歌われる。劇的な展開の後に変ホ長調でこの曲の真の展開部。クラリネットが奏する第1・2主題と全く異なる旋律はベートーヴェンの交響曲第9番の「歓喜の主題」が改変されて引用されており、ベートーヴェンに対するオマージュと考えられる。歓喜の歌も含めた展開、やや変型された再現部の後、コーダでは2つの主題と歓喜の歌が組み合わさって堂々たる終結を迎える。

演奏上の問題[編集]

第1楽章においては、序奏がコーダで再現されるところで、両者のテンポ設定をどうするかが問題となる。原則としてモダン楽器で演奏されることの多かった時代は、「自筆譜の拍子及びメトロノームに忠実に基づいてテンポ設定をすると、コーダが速すぎて楽章全体のクライマックスを破壊しかねない」という意見が一般的であった。これは、オーケストラの規模やモダン楽器の音色の特性上、どうしても奇異に聞こえる可能性があったため、多くの録音ではテンポを徐々に落としたりANDANTEに戻している。しかし、ピリオド楽器でコーダをそのままの速さで演奏すると、これが気にならない。

そして上述のとおり、終楽章の同じ和音の連続をどう処理するかが問題となる。シューベルトの多くの作品で見られることだが、自筆譜に書かれた記号((>)だが、アクセントにしては異様に長く、デクレッシェンドにしては短い)はアクセントなのかデクレッシェンドなのか判然としない書き方も見られる。「どちらでもない」演奏が一般的だが、時に極端な解釈も見られる。特に最後の小節に関しては、それまでの楽曲の流れを重視して強奏で終わることが通例となっている。ピリオド楽器で手がけても、終楽章で弦楽器に要求されるBPMは一秒間に12パルスを超えており、現代人にとっても簡単ではない。

脚注[編集]

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  1. ^ Neue Schubert-Ausgabe(新シューベルト版)
  2. ^ Musikwissenschaftliches Institut, Neue Schubert-Ausgabe, Schubert-Datenbank. 2013-04-03 閲覧。
  3. ^ himmlische Länge. Robert Schumanns Artikel zu Schuberts C-Dur Symphonie 参照。日本では「天国的な長さ」として紹介されていることが多いが、「天国 Himmel」の形容詞形 himmlisch は「素晴らしい」という賞賛の表現でもある(現代英語の heavenly にも同種の意味がある)。また、当時、婚約者であったクララに宛てた私信にもこの表現が使われている。両者の前後の文脈を見ても、字義通りに天国に喩えたと読むのは唐突で不自然であり、議論の余地がある。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]