ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

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ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
Koninklijk Concertgebouworkest
本拠地のコンセルトヘボウ}
基本情報
別名 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
出身地 オランダの旗 オランダ アムステルダム
ジャンル クラシック音楽
活動期間 1888年 -
共同作業者 常任指揮者
マリス・ヤンソンス
公式サイト www.concertgebouworkest.nl

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(ロイヤル・コンセルトヘボウかんげんがくだん、オランダ語: Koninklijk Concertgebouworkest コーニンクレイク・コンセルトヘバウ・オルケスト)は、オランダアムステルダムに本拠を置くオーケストラである。オランダ語における略称は KCO であるが、英語表記のRoyal Concertgebouw Orchestraの頭文字を取って RCO と表記される事もある。旧称アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

歴史[編集]

戦前まで[編集]

コンセルトヘボウとはオランダ語で「コンサートホール」を意味する言葉で、アムステルダムにコンセルトヘボウがオープンした1888年にコンセルトヘボウの専属オーケストラとしてアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団は産声を上げた(ただし、このオーケストラとホールとは別法人として運営されている)。

初代常任指揮者にはウィレム・ケスが就任、草創期のコンセルトヘボウの指導にあたった。このオーケストラが一躍世界のスターダムに躍り出たのは24歳の若さでコンセルトヘボウの第2代常任指揮者に就任、その後半世紀に渡ってコンセルトヘボウに君臨したウィレム・メンゲルベルクの功績である。

メンゲルベルクは厳格なリハーサルをオーケストラに強い、彼の完全なる手兵となるアンサンブルを築いた。リヒャルト・シュトラウスは自作の交響詩英雄の生涯』をこのコンビに献呈した。また、マーラーもしばしばコンセルトヘボウの指揮台に立ち、マーラー没後もその弟子のクレンペラーらが1920年に世界で初めての「マーラー音楽祭」を催し、コンセルトヘボウのマーラー演奏の偉大な伝統は確立されていった。

戦後[編集]

ブルーノ・ワルターの指揮によるマーラー 交響曲第4番のリハーサル風景(1946年)

1945年第二次世界大戦が終結すると、メンゲルベルクは大戦中ナチス・ドイツの占領下にあったオランダにおける親独行為(アムステルダムはおろかドイツ占領地でのベルリン・フィルなどの演奏会にも出演していた)を追及されてオーケストラを追放され、スイスへの亡命を余儀なくされた。メンゲルベルクは二度と指揮台に立つことはなく、1951年に亡命先で没した。

メンゲルベルクの後任には、1931年からコンセルトヘボウの指揮者陣に加わり、1938年からメンゲルベルクと並んで首席指揮者を務めていたエドゥアルト・ファン・ベイヌムが就任。ベイヌムはメンゲルベルクのロマン派的演奏とは対照的な新古典主義的解釈による演奏を身上とする指揮者でコンセルトヘボウに新風を吹き込んだ。

1959年、健康に恵まれなかったベイヌムがわずか57歳の生涯を閉じると、オランダ人シェフを据えるという不文律に従い、若きオランダ人指揮者ベルナルト・ハイティンクが常任指揮者に抜擢された。しかし、その若さと実力に不安があったため、ベテランのドイツ人指揮者オイゲン・ヨッフムが補佐として常任指揮者に加わり、変則的な双頭体制に入ったが、1964年には双頭体制は解消され、ハイティンク一人が常任指揮者の任に当たることになった。ヨッフムはその後も死の直前まで客演指揮者としてたびたび登場した。

1988年、創立100周年を迎えたコンセルトヘボウはベアトリクス女王より「ロイヤル」(Koninklijk:王立)の称号を下賜され、現在の名称「ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」に改称された。また、創立100年を期にハイティンクは常任を退き、イタリア人のリッカルド・シャイーが双頭体制時代を除き、オランダ人以外で初めて常任のポストを手にした。デッカ・レコードにブラームスやマーラーの演奏を残したが、音楽評論家中野雄によるとハイティンクがシャイー時代のコンセルトヘボウについて「(メンゲルベルク、ベイヌム、ハイティンクと受け継がれた)コンセルトヘボウの伝統の音は失われた。もう戻らないだろう」と語ったという。

2004年9月からはマリス・ヤンソンスが常任指揮者となっている。また同年に自主制作レーベル「RCOレーベル」を設立して、全作品SACDハイブリッドで発売を開始している。現在では東欧の優れた奏者が多数入団しているため、イギリスの音楽雑誌「グラモフォン」のオーケストラランキングで2位程度の高水準を維持している(2008年には1位獲得)。同誌や日本の「レコード芸術」誌が発表するオーケストラ・ランキングではベルリン・フィルウィーン・フィルと共に常にベスト3を占め続けている。本場ものが好まれる日本では、他の2団体ほど頻繁に招聘されないが、重厚さに艶やかさを併せ持ったサウンドと高い技術は一貫しており、ドイツ音楽を中心に幅広い適応性を示す団体である。東欧と関係が深く純ドイツ風とは異なった伝統を持つウィーン・フィルや、戦後急速に国際化したベルリン・フィルに比べても、ゲルマン風サウンドという点ではひけをとらず、ことにオランダ人のクォーターでもあるベートーヴェンは本場ものに準ずる。

首席指揮者以外では、マーラー、クレンペラー、ヨッフムのほか、レナード・バーンスタインキリル・コンドラシンジョージ・セルカルロ・マリア・ジュリーニがたびたび登場している。

首席指揮者[編集]

ウィレム・メンゲルベルク

外部リンク[編集]