学習院女子大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
学習院女子大学
戸山キャンパス 正門
戸山キャンパス 正門
大学設置 1950年
創立 1847年
学校種別 私立
設置者 学校法人学習院
本部所在地 東京都新宿区戸山3-20-1
キャンパス 戸山(東京都新宿区)
学部 国際文化交流学部
研究科 国際文化交流研究科
ウェブサイト 学習院女子大学公式サイト
テンプレートを表示

学習院女子大学(がくしゅういんじょしだいがく、英語: Gakushuin Women's College)は、東京都新宿区戸山3-20-1に本部を置く日本私立大学である。1950年に設置された。大学の略称は学女(がくじょ)。

歴史[編集]

前史[編集]

1847年弘化4年)、仁孝天皇によって設けられた学習所女子教科が起源である。明治政府はそれまでの大名公家華族と呼び、その教育に力を入れた。華族のための学校として1877年明治10年)に設立されたのが学習院である。女子教科は1885年(明治18年)に華族女学校に改組されたのち、1906年(明治39年)に学習院に吸収され、その女学部となった。

女学部は1918年大正7年)、女子学習院として分離・独立した。女子学習院は初め永田町御料地に設置されたが火災にあい、青山練兵場の跡地を借り入れて、そこに1918年(大正7年)、新校舎を竣工し[1]、同年8月12日に移転[2]。同年11月14日、貞明皇后が臨席して開院式を挙行した[3]

太平洋戦争大東亜戦争)末期の1945年昭和20年)5月、アメリカ軍による東京大空襲(山の手大空襲)によって校舎が焼失した[1]

日本敗戦後の1947年(昭和22年)、根拠法である学習院・女子学習院学制の廃止に伴い、学習院と再度合併して財団法人学習院となり、宮内省管轄下の官立学校から私立学校に改められることとなった。空襲によって焼失した旧・女子学習院の校地は、現在の秩父宮ラグビー場の場所にあった[1]

沿革[編集]

1948年昭和23年)、高等女学校高等学校(学習院女子高等科含む)卒業生を対象とする各種学校として、1年制の「学習院女子教養学園」が設けられ、これが本学の源流となる。

  • 1948年(昭和23年) 5月、学習院女子研究科開設。
  • 同 8月、女子研究科が東京都知事の認可を受け、学習院女子教養学園(教養科、洋裁別科本科、洋裁別科高等科、洋裁別科研究部(6ヶ月制)、洋裁別科実習部(修了期限なし))開設。
  • 1950年(昭和25年) 学習院大学短期大学部(文学科)開設。
  • 1951年(昭和26年) 家庭生活科設置。
  • 1952年(昭和27年) 女子教養学園廃止。教職員の大半は短期大学部へ異動。
  • 1953年(昭和28年) 文学科を文科と改称し、短期大学部を学習院女子短期大学と改称。
  • 1961年(昭和36年) 文科を廃止して人文学科を設置。
  • 1998年平成10年) 学習院女子大学(四年制大学への移行)開学。
  • 2001年(平成13年) 女子短期大学を廃止。単位互換制度開始。
  • 2004年(平成16年) 大学院国際文化交流研究科(男女共学)設置。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 戸山キャンパス(東京都新宿区戸山3-20-1)
    • 学習院女子大学の他、学習院女子中・高等科もキャンパス内にある。女子中・高等科は併せて「学習院女子部」と称する。

象徴[編集]

校歌[編集]

校章[編集]

  • 桜をかたどったものである。

在学者数[編集]

  • 約1,700名(学部・大学院合計)

教育及び研究[編集]

  • 学部
    • 国際文化交流学部
      • 日本文化学科
      • 国際コミュニケーション学科
      • 英語コミュニケーション学科
  • 大学院(男女共学)
    • 国際文化交流研究科
      • 国際文化交流専攻(修士課程)
  • 附属施設
    • 女子大学図書館
      • 建物は1982年改築。同年日本図書館協会建築賞受賞。
    • 語学教育センター
    • 環境教育センター
    • 留学生センター

学生生活[編集]

学園祭[編集]

  • 毎年4月6日頃に「雅祭」(1日間)、10月17日~18日頃に「和祭」(2日間)が開催される。

福利厚生[編集]

  • 学校法人学習院には学習院系列校の学生生徒・教職員に対する福利厚生と学園生活上の様々なサービスを提供する「学習院蓁々会」という部署がある。蓁々会会長は学習院長が務め、学食や購買部・書店などを経営している。このため大学生協はない。

部活動・サークル活動[編集]

1889年、学習院全生徒の学生活動のための機関として「輔仁会」(ほじんかい)が設けられ、以後現在まで学習院全体の課外活動の中心機関となっている。同会は幼稚園から大学、更に学校法人学習院本部までの役員・教職員・学生・生徒・児童・園児が会員となる。会長は学習院長が兼務し、会員は毎年輔仁会費(他大で言うところの自治会費ではない)を納入する。学習院に在学する皇族と特別な功労者は名誉会員(会費徴収なし)となる。本部の下に各学校ごとの支部組織がある。

学習院の運動部、文化部、自治会等すべての課外活動は、輔仁会の事業の一端として位置づけられ、輔仁会の予算から経済的支援を受けている。学習院女子大学における輔仁会の支部は「学習院輔仁会女子大学支部」であり、支部長は女子大学学生部長が兼務する。運動部会(他大で言うところの体育会)・文化部会・独立団体があり、輔仁会に公認されている各部は「学習院輔仁会女子大学支部運動部会○○部」「学習院輔仁会女子大学支部文化部会○○部」等と称する。また女子大学は小規模であるため、学習院大学の団体と合同で活動している部もある。会歌として「学習院輔仁会会歌(新)」 ·「学習院輔仁会会歌(旧)」がある。また機関誌として『学習院輔仁会雑誌』がある。このほか輔仁会女子大学支部に属さず自主的に運営される同好会・非公認サークル等もある。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

施設[編集]

対外関係[編集]

同窓会[編集]

[編集]

  1. ^ a b c アイランズ 『東京の戦前 昔恋しい散歩地図』 草思社 平成16年1月30日発行第1刷
  2. ^ 『官報』第1816号、大正7年8月21日。
  3. ^ 『官報』第1888号、大正7年11月18日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]