折尾駅

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折尾駅
本駅舎東口(2011年(平成23年)1月)※既に解体
本駅舎東口
(2011年(平成23年)1月)※既に解体
おりお - Orio
所在地 北九州市八幡西区堀川町1-1*
所属事業者 九州旅客鉄道(JR九州)
電報略号 オリ
駅構造 地上駅高架駅
ホーム 計6面7線
乗車人員
-統計年度-
16,322人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1891年明治24年)2月28日
乗入路線 2 路線
所属路線 鹿児島本線**
キロ程 30.1km(門司港起点)
陣原 (3.0km)
(2.1km) 水巻
所属路線 筑豊本線**
キロ程 10.8km(若松起点)
本城 (1.5km)
(2.7km) 東水巻
備考 直営駅
みどりの窓口
九 北九州市内
* 短絡線のホームは八幡西区北鷹見町に所在。
** 鹿児島本線陣原方および筑豊本線東水巻方は「福北ゆたか線」の愛称あり。筑豊本線本城方は「若松線」の愛称あり。
鷹見口
西口
新設された北口仮駅舎

折尾駅(おりおえき)は、福岡県北九州市八幡西区堀川町にある、九州旅客鉄道(JR九州)のである。JRの特定都区市内制度における「北九州市内」の駅であり、鹿児島本線及び筑豊本線ではその最西端の駅である。

東口前にあるロータリーを挟んだ向かい側に、かつては西日本鉄道(西鉄)北九州線終着駅である折尾電停があった。本項目ではこれについても記す。

概要[編集]

1891年(明治24年)2月28日九州鉄道により、また同年8月30日筑豊興業鉄道により、両社の折尾駅が別々の場所で開業した。1895年(明治28年)に両鉄道の乗換の利便性を改善するため、現在地に2社共同の折尾駅が完成。1階に筑豊興業鉄道の駅舎、2階に九州鉄道の駅舎と棲み分けることとなり、日本初の立体交差駅となった。1914年(大正3年)6月25日に九州電気軌道(後の西鉄北九州線)の折尾電停が開業し、乗換客の増加に伴い駅舎設備が手狭になったことを受けて、木造2階建ての駅舎が1916年(大正5年)11月5日に完成した(詳細は後述)。

折尾駅周辺で高架化(連続立体交差)事業が行わることとなり、駅舎は2010年平成22年)秋以降に取り壊され、移築される方針が発表された[1]が、用地の問題等から先送りになっていた[2](詳細後述)。しかし2012年10月より取り壊し工事が開始され、同月7日始発より、仮駅舎と北口を新設、従来東口にあった駅機能と駅前広場の大部分が北口に移転した[3]。なお、解体された旧駅舎のうち、化粧柱やその周囲に設置されていた円形ベンチなどシンボル的な部材の一部については、八幡西区役所折尾出張所内で展示・保管され、地域住民が閲覧可能となっている[4]

新駅舎完成については、当初平成28年度中(2017年3月迄)を予定していたが、北口暫定駅前広場や仮駅舎整備に必要な用地の取得に時間を要し、整備完了が当初計画に比べ約4年半遅れたことを受け、立体交差事業そのものの完成予定が平成31年度中(2020年3月迄)から約3年遅れの平成34年度中(2023年3月迄)に延期され、新駅舎の完成予定も平成32年度中(2021年3月迄)に延期されることとなった[5]

利用可能な鉄道路線[編集]

  • 九州旅客鉄道(JR九州)
    • 鹿児島本線 - 当駅の所属線[6]
    • 筑豊本線 - 本城方には「若松線」、東水巻方には「福北ゆたか線」の愛称が付けられている。また「福北ゆたか線」は運転系統上、鹿児島本線の黒崎駅 - 当駅間も含まれる。詳細は路線記事参照のこと。

歴史[編集]

  • 1891年明治24年)
  • 1893年(明治26年)6月30日 - 折尾 - 中間駅間の短路線が開通。
  • 1895年(明治28年)11月13日 - 九州鉄道・筑豊鉄道共用の折尾駅が完成。
  • 1897年(明治30年)10月1日 - 九州鉄道が筑豊鉄道を買収。
  • 1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道が国有化、官設鉄道に移管。
  • 1916年大正5年)11月5日 - 2階建て駅本屋(旧駅舎)が完成。
  • 1965年昭和40年)5月1日 - 貨物の取扱を新設の東折尾駅に集約し廃止。
    • この頃、貨物線を利用して、黒崎と中間方面を結ぶ短絡線経由の列車が運行されるようになり、折尾駅を通過するため、折尾駅に電車を停車させる運動が起こった。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR九州が継承。
  • 1988年(昭和63年)3月13日
    • 短絡線上に6・7番ホーム(鷹見口)設置。
    • 2番線に西口設置。(それ以前は朝のラッシュアワー時のみ開く改札口があった)
    • これらにより、旧駅舎は「東口」と呼ばれるようになる。
  • 2005年(平成17年)4月15日 - 折尾地区総合整備事業に伴う折尾駅周辺高架化事業の基本協定締結。
  • 2009年(平成21年)3月1日 - ICカードSUGOCAの利用を開始。
  • 2011年(平成23年)2月28日 - 折尾駅開業120周年記念の式典が催され、記念乗車券が販売される。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月20日 - 西口仮駅舎暫定利用開始。
    • 10月7日 - 北口仮駅舎利用開始。東口駅前広場のバス停が全て北口駅前広場に移転。

駅構造[編集]

鹿児島本線・筑豊本線(若松線)の発着する本駅舎と、黒崎駅 - 東水巻駅を直結する福北ゆたか線短絡線上の八幡西区北鷹見町にある通称「鷹見口」があり、両者は約150m離れている。鷹見口の場所には元々駅舎・ホームはなかったが、国鉄分割民営化後の1988年昭和63年)に設置された。本駅舎と鷹見口の間は改札外連絡となり、様々な特例措置が設けられている(後述)。

本駅舎は東口・西口・北口の3つの改札口を持ち、北口は直営みどりの窓口を設置[7]。西口と鷹見口はJR九州鉄道営業に業務委託している。自動放送導入駅。

旧東口駅舎は、駅舎の中央部分と鹿児島本線に隣接する側が2階建て・筑豊本線の直方側が1階建ての左右非対称構造になっているのが特色で、1895年(明治28年)当初の駅舎をベースに増築されており、「明治と大正のモダンな建築様式を重層的にうかがい知ることができるもの」と貴重性が提起されていた。設計者は、辰野金吾ともいわれている。利用客の増加により1916年(大正5年)現駅舎の外形でハーフティンバー様式の外壁の駅舎が竣工、1986年(昭和61年)駅前再開発と連動して建物の外形はそのままにコロニアル様式の外壁に改修された。

鷹見口の駅舎は折尾信号通信区があり、鉄筋コンクリート2階建てになっている。

鹿児島本線が高架駅、筑豊本線(若松線)と鷹見口が地上駅の立体交差構造になっている。各ホームとも明治時代に築かれた御影石(1・2番のりば)や赤煉瓦(3番のりば)に、コンクリートが地層のように積み重なり、嵩上げの歴史を示している。その古さからか大きな拡幅工事も行われなかったため、それぞれの階段が狭い。ホーム上屋等に木造部分が多く残り、4番・5番のりばの一部の骨組みは1935年(昭和10年)の改修時に米国のカーネギーやメリーゴーランド製、ドイツのクルップ製のレールを用いて作られたものが残っているなど、「レトロ」な雰囲気が見られる。

ホームは筑豊本線(若松線)が相対式2面2線(1・2番のりば)、鹿児島本線が単式1面1線(3番のりば)と島式1面2線(4・5番のりば)、福北ゆたか線(鷹見口)が相対式2面2線(6・7番のりば)となっている。1番のりばだけが非電化で、若松線および福北ゆたか線から同線への直通列車専用となっている。鹿児島本線ホームでの福北ゆたか線・若松線乗換案内では1番のりば発着列車が「東口階段 1番」、2番のりば発着列車が「西口階段 2番」、7番のりば発着列車が「鷹見口 7番」と表示されている。

のりば[編集]

本線のりば
1階 1・2 若松線 若松·直方方面
福北ゆたか線 (下り) 直方・新飯塚博多方面
2階 3 鹿児島本線 (下り) 香椎・博多・大牟田方面
4 鹿児島本線 (下り) 香椎・博多・大牟田方面
(上り) 小倉門司港方面
5 鹿児島本線 (上り) 黒崎・小倉・門司港方面
鷹見口 6 福北ゆたか線 (上り) 黒崎・小倉・門司港方面
7 福北ゆたか線 (下り) 直方・飯塚・博多方面
  • 特急列車を含めた全ての旅客列車が停車する。
  • エレベーターは1 - 3番のりば間のみ設置。6番のりばにはスロープが設置されている。また4・5番のりばと北口・東口間通路の間の階段には、エスカル(車いす用階段昇降機)が設置されている[7]

その他施設[編集]

  • トイレは1、2番のりば、北口および西口改札内、東口および鷹見口改札外に設置されている[7]
  • キヨスクは3番のりばに設置されていたが、立体交差事業工事に伴い廃止された。かつては東口駅舎内にもあったが、駅舎内のすぐ横にam/pm(現・ファミリーマート)が設置され利用者が減少したことから撤去された。
  • 東筑軒による駅弁かしわめし)販売スタンドが、東口改札付近と、西口側通路の3番のりばへつながる階段の向かいに設置されている[8]。4・5番のりばでは、原則水曜日以外の8:00-13:00と14:00-16:00の間、弁当の立ち売りも行われている[9]。なお、同社は3番のりばでも売店兼立ち食いうどん店を経営していたが、キヨスク同様工事のため廃止され、その後西口改札外の同社本社ビル内に売店とうどん店を開店、営業している[8]

当駅利用の際の特例[編集]

  • 鹿児島本線水巻駅以西、あるいは筑豊本線本城駅以北と短絡線経由の列車の利用で東水巻駅以南を利用する際、東口⇔鷹見口間は徒歩連絡になるが改札を出入りしても途中下車とはみなさない(ただし、有人改札で乗り換えをする旨説明する必要がある)。
    • SUGOCA利用により通し運賃を適用する場合には自動改札にタッチしてはいけない[10]。自動改札にタッチした場合、折尾駅で運賃を打ち切られることになる。
  • 鹿児島本線の水巻駅以西と短絡線経由の列車の利用で筑豊本線の東水巻駅以南を利用する際、黒崎駅まで行って折り返すことができる(折尾~黒崎間の運賃は不要)。なお、この特例は6・7番のりばがなく直通列車がすべて折尾駅を通過していた時代から存在し、のちに開業した陣原駅で乗り継ぐ場合にも適用される[11]

駅弁[編集]

かしわめし

販売業者:東筑軒(西口の向かい側に本社がある)、主な駅弁は下記の通り[12]

  • かしわめし
  • かしわめしおりお
  • 大名道中駕籠
  • 鯖棒寿司
  • 幕の内
  • 驛物語
  • 玄界灘海の幸押し寿司
  • 特製折尾名物かしわめし
  • はかた地どり五目かしわ

かしわめしは、全国各地で開催される駅弁展示即売会などでも出品され人気を博すなど有名駅弁の一つである。

東口駅舎改札外のキヨスク形態の駅弁売場、3番のりばの立ち食いうどん・そば屋を兼ねた店舗、および西口側1階の3番のりばにつながる階段の正面の販売スタンドの3箇所で販売されている。

なお鹿児島線上りホーム(4番・5番のりば)では駅弁の立ち売りが実施されている。(2011年6月に販売員が体調を崩し自宅療養となり中止されていたが[13]、2013年2月から新たなスタッフで再開された[14]

利用状況[編集]

2012年度の1日平均乗車人員は16,322人である。

乗車人員推移[15]
年度 1日平均人数
2000年 18,910
2001年 18,892
2002年 18,036
2003年 17,214
2004年 17,025
2005年 16,799
2006年 16,607
2007年 16,481
2008年 16,484
2009年 16,031
2010年 16,096
2011年 16,378
2012年 16,322

駅周辺[編集]

周辺には学校が数多く立地しており朝夕の通学時間帯は学生で賑わう。

大学[編集]

短期大学[編集]

高等学校・中学校・小学校[編集]

駅名の由来[編集]

開業当時の地名(遠賀郡折尾町)が由来。

かつてこの一帯は山続きで、その姿が折り重なる尾根のように見えた事が折尾の地名の由来である。その歴史は古く、1444年には折尾郷と言う地名が存在していた。

高架化事業[編集]

折尾駅周辺の総合的再開発(折尾地区総合整備事業は3事業を一体的に実施)に伴い、折尾駅周辺連続立体交差事業として鹿児島本線(陣原~水巻駅間)と筑豊本線(本城~東水巻駅間および短絡線を含む)の延長約4.5Km(筑豊本線=約2.4km、鹿児島本線=約2.1km)を高架化する事業が進められている。具体的には、現在の鹿児島線の線路位置を軸にして筑豊本線を移設させ、高架完成後は駅部で3線が同一フロアに4面7線のホームが集約される予定である。平成31年度(2020年3月)までに完成予定としており、総工費は約350億円を見込んでいる。

この計画に伴い、現在のルネッサンス様式駅本屋、レンガ積み通路は取壊される予定となっている。JRは自社での保存には消極的であるが、市が門司港駅のような完全復元をするのであれば援助したいとの意向を持っている。駅本屋については、学識経験者が「木造駅舎の優美な姿は(国重要文化財の)門司港駅と並ぶシンボル。折尾の産業史を物語るだけでなく、地域の景観に溶け込んだ共有財産と言うべきで極めて価値が高い」と述べ、折尾駅舎保存と活用策の要望書を北九州市に提出。全国的に折尾駅舎の保存活用を望む声が高まり、署名活動やシンポジウムなどが実施された[17]

これを受け、2008年(平成20年)6月27日、折尾地区自治区会連合会・協同組合折尾商連などにより設立された「おりお未来21協議会」[18]が『折尾まちづくりビジョン』を北九州市に提出。「まちづくりビジョン・歴史的建造物の保全と活用に関する提言」として、現在の折尾駅舎は、文化の保存を主目的とする地域の人々が活用できる「生きた施設」として保全することを優先する事を求め、歴史的建造物を活用したまちを目指す、としている。2009年(平成21年)6月30日には、北九州市と「おりお未来21協議会」が『折尾駅舎保全・活用基本方針 (PDF) 』として、現駅舎を「南口駅前広場付近」または「堀川沿いの歴史公園」に移築する2案をまとめた[1]。レプリカでの再築は2018年以降としており、地域のシンボルとして保全するため、地域住民が自ら建物の維持管理から運営までを行い、駅舎保全に必要となる整備費(敷地取得費・建物保全費)は、住民が広く住民や企業へ寄付金を募る一方で、管理・運営費についても、原則、自主財源で賄うとしている。ただし現状では、仮改札口設置の前提となる暫定北口駅前広場用地の買収が進んでいない[2]

2010年(平成22年)9月、東口駅前広場の駅舎隣接のトイレ位置にも仮改札口を設置することが決定したことから、住民団体「歴史遺産『北九州市レトロ』を創る会」が2010年11月24日、駅舎中央部を曳き家方式で移動し、仮改札口として活用の上、駅舎を保存活用するよう要望を出している。[19]。これに対して市は「移動させて駅舎スペースが確保できるのか疑問。曳き家方式に駅舎が耐えられるか調査も必要だ」と話している。この要望に対し、市議会では建築消防委員会の閉会中審査を行った。市議会には別の団体からも保存を求める陳情が出されており、継続審査になっている[19]

2012年(平成24年)3月20日に西口の駅舎が仮のものに切り替えが行われ、2012年(平成24年)10月7日に暫定的な北口広場と仮駅舎の利用が開始され、東口のバス乗り場、タクシー乗り場、みどりの窓口等のほとんどの駅機能が北口へ移される。東口は現在の位置より20m南へ移動し存続する。

西鉄北九州線折尾停留場[編集]

折尾停留場
西鉄折尾停留場(2000年)
西鉄折尾停留場(2000年)
おりお - ORIO
所在地 福岡県北九州市八幡西区
所属事業者 西日本鉄道
所属路線 北九州本線
キロ程 29.4km(門司起点)
駅構造 高架駅
ホーム 3面2線
開業年月日 1914年大正3年)6月25日
廃止年月日 2000年(平成12年)11月26日
ホームと600形電車(2000年)

本駅舎の南向かいに西日本鉄道(西鉄)北九州線の折尾停留場があった。1914年(大正3年)6月25日九州電気軌道が折尾まで延長された際に開業した高架駅で、1942年(昭和17年)の西鉄成立により同社の駅となった。木造の駅舎があったが1982年(昭和57年)に火災で焼失し、その後駅前再開発に合わせて1985年(昭和60年)12月18日に3階建ての駅ビルに建て替えられた。駅舎建て替え後の駅構造は櫛形ホーム3面2線で、ホームは3階にあった。

2000年(平成12年)11月26日の北九州線全廃により駅としては廃止されたが、ビルは駅施設部分を除きその後も用いられていた。しかし、先述の折尾地区総合整備事業によりビルの敷地が「折尾駅南口駅前広場」の用地となっているため、2010年(平成22年)9月頃から解体され、一旦、仮市民トイレと駐車場になった。隣接のオリオンプラザも同様に2018年迄に解体工事が始められる予定。

高架橋駅の橋桁は赤煉瓦造りのアーチ橋で、現存する大正期の長大な赤煉瓦高架橋は折尾と同年に竣工した東京の新永間市街地線高架橋のみ。 東側3連アーチの東端は直下を通る生活道路と斜めに交わるため、アーチを斜めにする「ねじりまんぽ」(まんぽはトンネルの意)と呼ばれる特殊工法が使用され、日本最大級である。通常のトンネルと隣接するのは折尾のみで、土木技術史の教科書的存在といわれている。「ねじりまんぽ」は、全国に20数例確認されているのみで、先述の折尾地区総合整備事業で保存活用の方向で検討される予定[20]

隣の駅[編集]

九州旅客鉄道
鹿児島本線
快速(下記以外の列車)
黒崎駅 - 折尾駅 - (ラッシュ時は海老津駅) - 赤間駅
準快速
黒崎駅 - 折尾駅 - 水巻駅
快速(小倉 - 福間間各駅停車)・普通
陣原駅 - 折尾駅 - 水巻駅
福北ゆたか線(鹿児島本線・筑豊本線)
快速・普通
陣原駅 - 折尾駅 - 東水巻駅
若松線(筑豊本線)
本城駅 - 折尾駅
西日本鉄道(廃止)
北九州線
折尾東口駅 - 折尾駅

脚注[編集]

  1. ^ a b “JR折尾駅 移築複製を正式発表 北九州市と地元まちづくり組織 場所、活用法2案を提示”. 西日本新聞. (2009年7月2日). http://www.nishinippon.co.jp/nnp/culture/heritaging/fukuoka/20090702/20090702_0001.shtml 2013年3月27日閲覧。 
  2. ^ a b “北九州市 折尾駅舎解体を延期 用地取得難航、来秋以降に”. 47NEWS. 西日本新聞. (2009年9月26日). http://www.47news.jp/localnews/hukuoka/2009/09/post_20090926071532.html 2013年3月27日閲覧。 
  3. ^ JR折尾駅・駅前広場 移転のお知らせ”. 北九州市. 2014年1月10日閲覧。
  4. ^ 旧折尾駅舎のシンボル的な部材の展示・保管について”. 北九州市. 2014年1月10日閲覧。
  5. ^ 事業期間の見直しについて”. 北九州市. 2014年1月10日閲覧。
  6. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 JTB1998年NCID BA37545636
  7. ^ a b c 折尾駅構内図 JR九州 (PDF)
  8. ^ a b JR折尾駅周辺の売店”. 東筑軒. 2014年1月10日閲覧。
  9. ^ 立ち売り紹介”. 東筑軒. 2014年1月10日閲覧。
  10. ^ 「SUGOCA」のカード内残額利用乗車の場合”. SUGOCA. 九州旅客鉄道. 2013年3月27日閲覧。
  11. ^ 運賃計算の特例”. きっぷのルール. 九州旅客鉄道. 2013年3月27日閲覧。
  12. ^ 『JR時刻表』2010年8月号、交通新聞社1974年、 402頁。
  13. ^ 立売 山口さん 退社についてのお知らせ”. 立売りの情報. 東筑軒. 2013年3月27日閲覧。
  14. ^ 立ち売り情報室”. ピヨピヨの部屋. 東筑軒. 2013年3月27日閲覧。
  15. ^ とうけい北九州(運輸・通信) JR乗降客人員
  16. ^ ヤマダ電機HPテックランド北九州八幡店店舗からのお知らせ
  17. ^ “第三回折尾駅舎の保存と活用シンポジウム”. 西日本新聞. (2008年1月27日). オリジナル2008年3月8日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20080308165018/http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/20080127/20080127_003.shtml 
  18. ^ 北九州市建築都市局. “住民参加のまちづくり(おりお未来21協議会について)”. 折尾地区総合整備事業. 北九州市. 2013年3月27日閲覧。
  19. ^ a b “レトロ駅舎、解体の危機 最古の立体交差・JR折尾駅”. 朝日新聞. (2011年1月2日). オリジナル2011年1月5日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110105113736/http://www.asahi.com/national/update/1225/SEB201012240069.html? 2013年3月27日閲覧。 
  20. ^ 朝日新聞. (2010年10月7日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]