康熙字典

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康熙字典
康熙字典(2005年の復刻版)

康熙字典』(こうきじてん、拼音: Kāngxī Zìdiǎn)は中国漢字字典である。康熙帝の勅撰により、代の『説文解字』以降の歴代の字書の集大成として編纂された。編者は張玉書陳廷敬ら30名で、6年の編集期間を経て康熙55年閏3月19日(1716年)に完成。全42巻、収録文字数は49,030にのぼり、その音義(字音と字義)を解説している。字の配列順は先行字書である『字彙』『正字通』が部首画数順、同部首内の文字の画数順によっているのに倣ったものだが、「康熙字典順」という呼称が使われているようにのちの部首別漢字辞典の規範となり、さらに情報化時代においてはUnicode内の漢字コードの配列順(Kangxi Radicals, U+2F00-2FDF)にも使われている。

版本[編集]

発行以来、各種の版が作られているが清朝内務府が発行した初版のものは「内府本(殿版)」と呼ばれる。日本では1780年安永9年)、『日本翻刻康熙字典』として翻刻された版が最初のもので「安永本」と呼ばれる。

構成[編集]

『康熙字典』の本文は『字彙』『正字通』と同じく子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の12集に分け、各集をさらに上中下の3部に分ける。都合本文は36巻である。本文の親字は部首の画数順、同一部首の中では部首を除いた部分の画数順に配列されている。部首の総数は『字彙』『正字通』と同じ214であるが、『四庫全書総目提要』に誤って書かれているのを孫引きして119としている書物が、『大漢和辞典』『日本国語大辞典(初版)』『漢籍解題』など多数ある。

巻頭には序、上諭、凡例、職名、等韻、総目、検字、弁似が置かれ、巻末には補遺、備考が置かれている。『四庫全書総目提要』によれば、このうち等韻、総目、検字、弁似、補遺、備考を各1巻と数えて全42巻とする。

巻頭の「序」は正式名称は「御製康熙字典序」。本書の優点を「部分班列、開巻了然。一義の詳らかならざる、一音の備はらざる無し」と述べ、編纂の目的を記し、「字典」の名の由来を明らかにする。「上諭」は康熙49年3月9日に康熙帝が臣下に対して新たな字書の編纂を命じた文書である。「凡例」は18箇条あり、編纂方針を具体的に述べる。そのうち、『正字通』に言及したものが9箇条に上り、編纂に当たって参考とした点の多いことを示している。「職名」は見出しには「康熙字典」とあり、総閲官2名、纂修官27名、纂修兼校刊官1名の計30名の姓名と職名を記す。「等韻」は等韻図及びその活用法を記す。「総目」は本文の総目次。「検字」はまず人偏、三水など部首が変形したものの属する部首を挙げ、次に、部首を見いだしにくい字の部首を画数別に示す。4画の項では仄、今、介などが人部に、云、互、五、井などが二部に属することがわかる。「弁似」は字形が類似しているが別の字であるものを「二字相似」から「五字相似」までに分けて収める。

巻末の「補遺」はその冒頭に「凡そ音義有りて正集に入るべくして未だ増入を経ざる者、為に補遺一巻を作る」とあり、音も義も備わっているのに本文に漏れた漢字を収めている。「備考」はその冒頭に「凡そ考拠すべき無く、音有りて義無く、或いは音義全く無き者、為に備考一巻を作る」とあり、先行する字典に収録されているものの字義が不明の漢字を収めている。

特徴[編集]

康熙字典は現代日本では主に字体の基準となる正字を示した書物というとらえ方をされているが、本書はあくまでも字義や字音を調べるための字書である。

康熙字典は近代以前に作られた最大規模の字書であり、字書の集大成ということができる。辞書史上極めて重要な書物である。最大の特徴はその収録文字の多さと解釈の詳細さである。本書は『字彙』『正字通』の収載字に加え『字彙補』『五音篇海』『龍龕手鑑』などに収録された奇字、僻字を極力収載している。字書としての収録字数は『五音篇海』よりも少ないため史上最大ではないが、漢字の網羅的なリストとして重要視されており、難字を調べる字典としての価値も大きい。近代以後の大冊の漢字辞典である『中華大字典』『大漢和辞典』『中文大辞典』『漢語大字典』は、いずれも康熙字典収載の親字をすべて収録している。

音韻は、過去の主な韻書として『唐韻』『広韻』『集韻』『古今韻会挙要』『洪武正韻』のすべてを参照して、それらの韻書の反切に異同がある場合はそれぞれの反切を示している。さらに、直音での音表記も示している。

字義についても『説文解字』『玉篇』『広韻』『集韻』をはじめとした先行字書を参照してこれらにある字義を収載している。それまでの字書と比べてすぐれた大きな特色は、すべての字義に対して字書及び古典籍からの用例を示している点である。音韻、字義のいずれについても、出典名は書名に加えて篇名も表示されており、すべて文字を四角で囲んで示しているから一目瞭然である。なお、康熙字典独自の見解を示すときは必ず「〇按」と示した後に書かれている。

『説文解字』以来のそれまでの中国の字典と同様、康熙字典は熟語を収録していない。この点は、日本の近代以降に編纂された漢和辞典とは大きく異なっている。従ってすべての語義は字義に分解する形で解説されている。また、索引が付されていない点も大きく異なっている。

欠点としては短期間に多数の人の手で作られたために誤りや不正確な記述が多いこと、編集方針が徹底しなかったことによる例外が多数見られること、等が挙げられる。刊行当初は勅撰の字典であるために無謬であるとされ、欠点を述べることは許されなかったが、のちに清朝自らが欠点を認め、臣下に改訂を命じている。具体的な補正については次々項で述べる。

字体・書体[編集]

康熙字典で正字とされたものは当時の清朝考証学での『説文解字』の研究などに基づいた復古主義的な傾向を見せており、中には『説文解字』の小篆の字形を楷書に改めることで新しく造字されたものも含まれている。このような康熙字典に基づく正字体系を特に「康熙字典体」などと呼ぶことがある。ただし「玄」を「TRON 3-ED64.gif」と書くように康熙字典では皇帝の名を避諱して闕画をする字もあるほか字形の不統一などの問題点も見られ、それらの問題点を解消したものを「いわゆる康熙字典体」と呼ぶ。本文で使用されている字形は、文字学の伝統に従って先行の字書の字形を継承している。特に『正字通』の影響を大きく受け説文などに示された小篆を楷書の字形に復元したものに改められており、一般に用いられていた楷書に由来する明朝体の字形とは異なっている。現に当時の通用楷書で書かれている序文「御製康熙字典序」(康熙帝の勅命を受け、陳邦彦が起草)においては康熙字典本文と異なる字形の楷書体が多く用いられており、本文と序文の間で字形が異なっている。

しかし康熙字典の刊行後は金属活字開発において正字の規範としてこの字典が用いられたため、年次が下るにつれて字形が「いわゆる康熙字典体」に近づく傾向を見せる。現在日本で「旧字体」と呼んでいるものは、おおむね「いわゆる康熙字典体」のことである。一口に旧字体といっても、伝統的・歴史的に用いられてきた楷書体と「いわゆる康熙字典体」は一致しないものも多数含まれている(例を挙げると、「婁」「眞」「來」「麥」「」「壞」「顏」「」「舍」「處」などである。また「定」「崎」などは常用漢字にもそのまま採用されているが、これらも伝統的な楷書体とは異なる[1])。わが国の書道界ではこれらの字体は近代以降に造られたとする説が一般になっているが唐代の書や碑にも見られるものばかりである。

補正[編集]

康熙字典の考証、補完として以下のものがある。

『字典考証』12巻は、1827年道光7年)、清の道光帝の命により王引之らが『康熙字典』の全文を見直し、1831年に完成した道光版と、初版の内府本との異同を列記したもので、中華書局版の巻末に付されている。

日本の安永本(1778年安永7年)刊)に付載された都賀庭鐘の「字典琢屑」は『字典考証』に先だつ補正の試みである。

日本の渡部温の『康煕字典校異正誤』(1887年明治20年))は1万以上の補正を行っており、『標註訂正康熙字典』の欄外に記されているほか、上海古籍出版社の王引之校訂本の巻末に付載されている。

『康熙字典』の字音を考証した著述として王力の『康熙字典音読訂誤』(1988) がある。

脚注[編集]

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  1. ^ 江守賢治著『解説字体辞典』を参考にした

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

関連書[編集]

  • 渡部温 『標註訂正康熙字典』 講談社
  • 『康熙字典』 中国・中華書局
  • 『康熙字典 王引之校訂本』 中国・上海古籍出版社
  • 『中華字典研究 第一輯 2007 海峡両岸『康熙字典』学術研討会論文集』 中国・中国社会科学出版社
  • 『中華字典研究 第二輯 2009 『康熙字典』曁詞典学国際学術研討会論文集上・下』 中国・中国社会科学出版社