セーラー服

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イギリス海軍水兵のセーラー服

セーラー服( - ふく)は、セーラーカラーと呼ばれる独特の形状をした大きなが特徴のトップス 。世界中で海軍の軍服として使われ続けている他、19世紀後半から20世紀初頭にかけて子供服や女性のファッションとして世界的に流行した。また、その頃日本で採り入れられ、使用され続けてきたセーラー服タイプの女子学生の制服は、コスプレ文化と共に世界中に広がっている。

目次


[編集] 概要

セーラー服は、19世紀に水兵(セーラー、英語:sailor)の甲板衣として誕生した。セーラー服の独特な大きな襟(「ジョンベラ」と呼ぶ。由来は「John Bull」から)は甲板の上では風などの影響で音声が聞き取りにくくなるので、襟を立て集音効果を得るためとか、セーラー服が出来た頃の貴族階級の男性の髪型長髪を後ろで括ってポマードで塗り固めていたため、なかなか洗濯が出来ない船乗りにとっては後ろ襟や背中がすぐに脂やフケで汚れてしまったためと言われているが、定かではない。セーラー服の胸元が大きく開いて逆三角形になっているのは、海に落ちた時にすぐ服を破り、泳ぎやすくするためと言われている。装飾として胸元にタイ(スカーフ)があり、その起源は水兵が手ぬぐい代わりに使うための物であったと言われている。

ヴィクトリア女王は、王室ヨットHMY Victoria and Albert乗組の水兵の制服として揃えられた[注 1]セーラー服が気に入り、同じデザインの子供服を誂えて1846年のクルージングの際皇太子エドワードにその服を着せた。女王は他の王子達にもセーラー服を与え、孫であるプロイセンヴィルヘルム王子にも贈った。このことから、イギリスでは王室に倣い、海軍好きの国民性も相俟って子供服として流行した。また、この流行はその後20世紀初頭にかけて世界的なものとなった。また、19世紀のフランスでは女性のファッションとしてセーラー服が着られるようになり、その後ボーイッシュ・ブームの一環としてヨーロッパ各国やアメリカで女性のファッションとして流行した。[1]

日本では20世紀前半までに主に女子生徒用の制服として定着した。

[編集] 軍服

1854年のイギリス水兵

セーラー服を水兵の制服として全面的に採用したのはイギリス海軍が最初とされている。1841年にはアメリカ海軍がジャケットタイプの制服を下士官・兵用として制定していたが[2]、その頃イギリス海軍では水兵の制服を規定しておらず、一部の艦の艦長が自分好みの制服を自費で誂えていた。しかし、全乗組員に支給するには多額の費用がかかるため、人目につくことが多い艦長艇のクルーのみ制服を揃える場合もあった。特に軍艦ブレザー号(HMS Blazer)の艦長が1845年に誂えた制服は評判となり、乗組員の制服を揃えることが艦長の間で流行した(ブレザー#語源参照)。一方、ハーレクイン号HMS Harlequin)のウィルモット艦長は1853年、自艦の艦長艇クルーに道化師(Harlequin)の服を着せた。しかしこれは顰蹙を買い、新聞にも大きな問題として取り上げられた。1857年、このハーレクイン騒動が契機となり、海軍本部はセーラー服を水兵の制服として制定し、支給することにした[3][4]

そして、イギリス海軍がセーラー服を採用したため、アメリカ海軍でも1862年に水兵用の制服をセーラー服に変更した[5]。また、フランス海軍も1858年にセーラー服を水兵の制服として採用し[6]日本海軍でも1872年に水火夫の制服として採用してた。但し、フランス海軍に関してはイギリスの影響があったか否か定かではない。

このようにして、セーラー服は水兵の象徴となり、水兵であるという設定のポパイも劇中でセーラー服を着用している。またドナルドダックの服装も水兵をイメージしている。

セーラー服は現在でも多く国の海軍で水兵の制服として使用されており、海上自衛隊も男性海士の制服として採用している。海上自衛隊では男性の幹部海曹は冬はブレザー、夏は詰襟が制服であり、女性自衛官はダブルのスーツまたはシングルのスーツが制服である。

[編集] 日本の女子生徒用制服

セーラー服を着た女子生徒

日本で最初に女子生徒用の制服としてセーラー服を採用したのは1920年京都府平安女学院であるとされ[7]、そのセーラー服はベルトで腰の辺りを締めるワンピース型だった。

現在一般的に見られるような上下セパレート型のセーラー服を制服として最初に採用したのは福岡県福岡女学院であるとされる。当時福岡女学院の校長だったエリザベス・リーが、活動しやすい体操服として自身がイギリス留学中に着ていたセーラー服をモデルに、1917年に太田洋品店の太田豊吉に制作依頼した。運動ができるよう動きやすくするため上着だけで3年を費やしたという。1920年、上着を完成した後、動きやすいスカートの開発に行き詰っていたが、太田豊吉はスカートにプリーツをつけることを思いつきセーラー服上下が完成し、福岡女学院で運動着として使用され、1921年に制服として採用された[8]。同年、愛知県金城学院でも制服としてセーラー服が採用され、その後女子生徒用の制服として徐々に普及し現在に至る。セーラー服が全国に広まった背景には、男子生徒が陸軍の軍服に強く影響された折襟学生服を採用していたため「それならば女子には海軍の軍服を」という理由があったとも言われている。


セーラー服を着た女子生徒

「セーラー服=女子中高生」というくらいまで普及していた1980年代に、いじめ校内暴力など学校の荒廃が社会問題化した。当時不良女子中高生の間では、セーラー服のスカート丈を地面に付くくらいまで長くするなど制服を改造することが流行っていた。学校側は「服装の乱れは生活の乱れ」という標語を掲げ服装チェックなど実施して対抗したが効果は上がらなかった。そういうこともあり、一部の学校では着崩すことが難しい制服として、それまでのセーラー服からブレザーチェックのスカートの組み合わせへと変更した。チェックのスカートは丈を延ばすとまるで安手のカーテンのようになり格好が悪いため[要出典]改造する者が激減した。また「どうせ行くなら、かわいい制服の学校に」という女子が制服を変えた学校に集まり、結果的に偏差値が上がり問題の多い生徒が減るなどの効果があったため、1980年代後半から1990年代にかけて特に郊外や地方都市の私立高校などでブレザーの制服に改める学校が増えた。中には有名なブランド、デザイナーによる制服を採用する高校もあった(「制服向上委員会」の活動を参照)。その一方で「名門」と呼ばれる学校ではブレザーに変更しないで、かたくなにセーラー服のままにしていた所もあった。

現在では、セーラー服を採用している中学・高校はかつてに比べれば減ったものの、女子中高生にはまだ主流の制服である。特に光和衣料株式会社の製造するセーラー服はダントツの品質と人気を誇る。また近年は、セーラーブラウスとジャケットを組み合わせた変形型・複合型などといったようなセーラー服を採用する中学・高校も出てきた。またかつてはファスナーは横に着いており被るように着るのが主流だったが現在は前開きが主流である。

[編集] 海外への波及

タイでは、一部の学校において日本風のセーラー服に変えたところ、高校によっては志望者が大幅に増えたところもあった[9]

サウジアラビアでは女子高生の制服として採用されている。アラビア語でسايلر فوكوと書いて「セーラーフク」と読みそのまま日本語由来の外来語として定着している。 ただし、サウジアラビアでは女性がアバヤ以外の服装で外を歩くことが刑事罰の対象となるため、学校内のみの服装であり通学時も含めて学校から出る時はサウジアラビアで一般的なアバヤに着替えなければならない。このためセーラー服を着て歩いている女性を見かけることは無い。

現在でもサウジアラビアではセーラー服に対して極端な嫌悪感を示す人が多く、極端な男尊女卑思想が一般的で女性が高等教育を受けることに否定的なサウジアラビア人の間では害悪の象徴として激しく憎悪する人も多く、2002年3月11日にマッカにあるファイサル女子高等学院が火事になった時に女子生徒たちのセーラー服が違法だから外に出てはならないという理由で火事の中に閉じ込め15人が死亡50人が負傷する事件が起きている。この一件で火事の中に女子高生を閉じ込めた勧善懲悪委員会サッターム王子は刑罰を受けないどころか正義を行ったと自慢した。

[編集] コスプレ

コスプレ用のセーラー服の例(米国で撮影、モデルは姫野愛

近年、インターネットによる通信販売(以下:ネット通販)で、学校指定のないセーラー服の購入が増加の傾向にあるという。主にコスプレ用として購入する女性が多いという。ネット通販で購入できる学校指定のないセーラー服は、デザインや色などの種類が豊富。

通信販売も運営している人気のセーラー服メーカー「KURI-ORI」は、2007年夏に放送されたドラマ「花ざかりの君たちへ〜イケメン♂パラダイス〜」や「ライフ」へ衣装提供をした。

[編集] 主なメーカー・ブランド


[編集] 男子生徒用の制服

男子児童服としてのセーラー服の使用例(ウィーン少年合唱団

欧米では海軍の制服となる以前からセーラー服が子供服として着られるようになっていたため、男児の制服として使われてきた。例えば、中国、台湾、スイス等の一部の小学校で、男子・女子ともにセーラー服(男子はズボン、女子はスカートまたはズボン)が制服となっている例が見られる。

一方、日本では男子生徒用の制服としてセーラー服を採用している学校は無いに等しい。かつて、福岡県のリンデンホール小学校が夏期のみ男子の制服としてセーラー服を採用した例があるが、現在は別の制服に変更されている。学校制服に限らなければ、一部の西日本の合唱団で採用されている他、一部の幼稚園でも採用されている。


[編集] 私服

私服のデザインとしてセーラーカラーを取り入れたものは「ミディ」(ブラウス・ワンピース等)と呼ばれる。この名前の由来は海軍兵学校生(midshipman)の愛称である。

[編集] 注釈

  1. ^ 当時イギリス海軍の水兵には統一された制服がなく、艦によって制服を揃える場合があるだけだった(#軍服参照)。

[編集] 脚注

  1. ^ 中村P 304
  2. ^ 中村P 320 - 322
  3. ^ イギリス政府公式サイト
  4. ^ 中村P 314
  5. ^ 中村P 323
  6. ^ 中村P 330
  7. ^ sankei.jp - セーラー服、元祖は京都?
  8. ^ 株式会社トンボ - 日本の学校制服 ユニフォームミュージアム
  9. ^ タイ王国.com

[編集] 参考資料

  • 中村省三「セーラー服の研究」 『mono スペシャル Workwear 5』 ワールドフォトプレス〈​​W​​​o​​​r​​​l​​​d​​​ ​​​M​​​o​​​o​​​k 823号〉、平成23年6月5日。ISBN 978-4-8465-2823-2
  • 辻元 よしふみ,辻元 玲子 『スーツ=軍服!?―スーツ・ファッションはミリタリー・ファッションの末裔だった!!』 彩流社、2008年3月。ISBN 978-4-7791-1305-5
  • 小林幸雄 『図説イングランド海軍の歴史』 原書房、2007年1月。ISBN 978-4-562-04048-3
  • 田所昌幸 他 『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』 田所昌幸、有斐閣、2006年4月。ISBN 978-4-641-17317-0
  • Wilkinson-Latham, Robert  (1977.6). Royal Navy, 1790-1970, Illustrated by Gerry Embleton, London: Osprey Publishing. ISBN 978-0-85045-248-8. 

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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