運河駅
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| 運河駅 | |
|---|---|
駅舎(2012年12月)
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| うんが - Unga | |
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◄TD 18 梅郷 (2.3km)
(1.9km) 江戸川台 TD 20►
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| 所在地 | 千葉県流山市東深井字赤土405番地 |
| 駅番号 | ■TD 19 |
| 所属事業者 | 東武鉄道 |
| 所属路線 | ■野田線 |
| キロ程 | 33.2km(大宮起点) |
| 電報略号 | ウカ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
22,981人/日 -2011年- |
| 開業年月日 | 1911年(明治44年)5月9日 |
運河駅(うんがえき)は、千葉県流山市東深井にある東武鉄道野田線の駅である。駅名は、近くを流れる利根運河に由来している。駅番号はTD 19。
目次 |
駅構造 [編集]
上りは単式ホーム1面1線、下りは島式ホーム1面2線の計2面3線を有する地上駅。駅舎は上り大宮方面ホーム側に設置。下り柏方面ホームとは地下道により連絡している。かつては大宮方面側ホームの末端に構内踏切が設置されていた。トイレは大宮方面ホーム側にあり、バリアフリー対応の多目的トイレを併設する。
柏方面から続く複線区間は当駅までで、当駅から春日部駅までは単線区間となる。当駅 - 野田市駅間には複線対応の用地があるが、この区間の複線化事業は長い間未定であった。しかし、一部区間においての高架化・複線化が計画されている。駅周辺の土地区画整理事業の案も1990年代末頃から出ているが、周辺の住民意見、用地買収に問題があり、いまだに具体化はされていない。
2011年に当駅の橋上化が決定し、2013年春の完成を目指している(工事進捗の遅れにより2013年12月まで延期)。駅舎の橋上化に伴い、東口の開設と東口駅前広場の整備が計画され、トイレは多目的トイレを併設して改札内コンコース部に設置される[1]。
のりば [編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ■野田線 | 上り | 野田市・春日部・大宮方面 | |
| 2・3 | ■野田線 | 下り | 流山おおたかの森・柏・船橋方面 | 2番線は折り返し用 |
利用状況 [編集]
2011年度の乗降人員は22,981人である。近年の1日平均乗降人員は以下の通り。
| 乗降人員推移 | |
|---|---|
| 年度 | 一日平均乗降人員 |
| 2005 | 21,965 |
| 2006 | 22,472 |
| 2008 | 23,269 |
| 2009 | 22,766 |
| 2010 | 22,628 |
| 2011 | 22,981 |
駅周辺 [編集]
- 新川郵便局
- JAとうかつ中央運河支店
- 東深井地区公園
- 流山市立森の図書館(北部地域図書館)
- 流山市老人福祉センター
- 利根運河
- 運河水辺公園
- 運河橋
- ふれあい橋(ニールセン・ローゼ橋)
- 国土交通省関東地方整備局江戸川河川事務所運河出張所
- 千葉県道407号我孫子流山自転車道線
- 千葉県道5号松戸野田線(流山街道)
- 流山市立東深井小学校
- 流山市立西深井小学校
- 流山市立東深井中学校
当駅は流山市と野田市の境界に近い場所にある。東京理科大学へは、運河橋またはふれあい橋を渡る。橋の北側は一部を除き、野田市域である。
歴史 [編集]
- 1911年(明治44年)
- 1942年(昭和17年)5月29日 - 運河駅と柏飛行場の間に、兵器や物資の運搬を目的とした鉄道を敷設する計画「十余二軍部鉄道敷設に関する協議会」が田中村役場で開かれる。
- 1951年(昭和26年)4月1日 - 新川村と八木村の合併により、駅所在地が東葛飾郡江戸川町大字東深井字赤土405番地となる。
- 1952年(昭和27年)1月1日 - 江戸川町が改称したことにより、駅所在地が東葛飾郡流山町大字東深井字赤土405番地となる。
- 1967年(昭和42年)1月1日 - 流山町の市制により、駅所在地が流山市大字東深井字赤土405番地となる。
- 2008年(平成20年)10月10日 - 発車メロディの使用を開始。
- 2012年(平成24年) - 3月17日 - 駅ナンバリングが導入。
脚注 [編集]
- ^ 2013年度の鉄道事業設備投資計画 - 東武鉄道
隣の駅 [編集]
関連項目 [編集]
- 日本の鉄道駅一覧
- 迂回運河駅 - ロシアのサンクトペテルブルク市にあるサンクトペテルブルク地下鉄の駅。
外部リンク [編集]
- 運河駅 - 東武鉄道
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